戦いの火蓋
◆
──地獄絵図。
目の前で繰り広げられる光景を、俺は絶え間なく走りながら眺めて、素直にそう思った。
これのどこが楽しい勉強時間、だ。これじゃあただの戦場じゃないか。
数十分前の自分をぶん殴ってやりたい。お前はあの戦闘中毒者に何を期待していたんだ、と。
そんな行き場のない怒りに、わなわなと拳を震わせる俺の耳に、ある意味では警告ともいえる言葉が飛び込んできた。
「──ほとばしれ!」
そんな幼い声が聞こえ、反射的に頭を全力で左側にずらした数瞬後、耳元を紫電を帯びた銀色の影が掠めていった。ぱちぱちという音とともに、耳の先に鋭い痛みが走る。
「あっぶね……」
大きく円を描く様に走り続けながら、通り過ぎていった脅威を視界の端に収める。その時点で瞬時にその影の正体を悟った。
それは──金属操作の術式で操られた鉄球に、雷系の術式を上乗せした複合攻撃。
つまり、それは。
超常の力で編まれ、超常の力で操られるもの。
──霊術。
今や世界に浸透した、最古にして最新の技術。
さっきの予備放電程度では冬のドアノブ位の攻撃力しかないが、直撃すればスタンガンでボディーブローをかまされたのとなんら変わらない威力のものだ。怪我では済まない。
本来ならば、この霊術が常識と化したこの世界のおいてさえ、普通の人間に向かって放っていい術式ではない。しかし。
「くそ。なんだこれ」
悪態をつきながら見回した体育館の中には、そのレベルの術式がまるでドッチボールの玉か何かのように飛び交っていた。正に悪夢である。
もっと観察して、後々戦う時の材料にしたい、という欲が働くが、しかし今はそこまで周囲に気を配っている余裕はない。
「っふ!」
呼吸を切り替える。
足を止めて、左手を床につく。姿勢を低く保ったまま、先の鉄球の弾道の先、その発射元へと意識を向けた。
「うーん。はずれちゃったねー」
そこでは、肩ごろまで伸びた髪を頭の左側に結び上げた少女が、ひゅおんひゅおんとその体の周りを囲うように飛ぶ鉄球の障壁の中で首を傾げていた。
「うごきはよそくしてたはずなんだけどねー」
それに、その隣に立った少女が答えた。先の鉄球の子供と同じ顔だが、髪を左に結んでいるのと、突き出した両腕からバチバチと未だ放電している辺りが異なっている。
彼女らが、今俺が相手をしている四人小班のうち、ロングレンジ・オフェンス二人組、双子少女である。
もう一人は完全支援型の後方担当、おとなしめの少女で、双子の後ろで追加の補助術式を掛けている。小学生の使う未熟な術式にしては、効力が高そうなところを見ると、あれは恐らく風系の『固有術式』、加速の加護か何かだろう。そして、残る一人が──、
「すきだらけだぜ、まさご!」
火炎を纏った竹刀が、赤熱の軌道を描きながら迫る。熱波がそれを振りかぶる少年の前髪と、犬歯をむき出しにした好戦的な笑みを揺らしていた。
「熱っ、いな!」
バックステップで、避けた。空振りした刃に打たれた防術加工の床が青色を放ち、炎を曲線を描きながら反射した。飛び散った火の粉が中空ではじけて消える。
「ちっ!」
「甘い!」
舌打ちする少年を視界にとらえながら、後退した勢いそのままに、姿勢を下げ、そのまま回し蹴りじみた足払いを放つ。
少年の行動を終えた空白、基軸である左足を捉えたその牽制は、軽いその体を崩すには十分だった。少年は後ろへと倒れ、竹刀が纏っていた炎は立ち消えた。
立ち上がろうとする隙を見逃さず、俺は距離を取る。ここで勝負を決めに行くことは出来たが──、
「「ほとばしれ!」」
紫電と鉄球が、今度は別々に、つい数瞬前に俺が立っていた場所を打ち抜く。入れ違いに、霊術の構築とチャージが終了していたらしい。
攻撃力を持った牽制。徹底的にリーダーを狙わせないタイプの、スイッチ戦略をとっているらしいその攻撃は、決定打を受けない代わりに、マンネリ化しやすい。
その証拠にこのパターンの近似の打ち合いは、既に七回目だ。狙いは徐々に正確になってきているが、そこ止まり。おそらくはこれ以上は無駄だ。
いい加減、打破するのも教育者の役目だろうな。
「スイッチ、か」
そんな考えの下、思ったことをそのまま口に出す。わざと向こうに聞こえるように。
「っつ!」
息をのむ音。少年の完成間近だった術式構築が停滞する。後方の三人も合わせて驚きの表情を抑えられなかった。
気付かれたか、というところだろうか。
というか、これだけ防御回避されておきながら、まだ気付かれていない、と思っているあたりが、まだまだ小学生である。可愛いところもあるじゃないか。
さて──どう出る少年少女。