はじまりはじまり(03)
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ぱちり、と目が開き、途端、蛍光灯の強烈な光が流れこむ。眼窩の底が軋むように痛んで、その苦痛で俺は自身の置かれた状況を理解した。
「生きてたか……」
絞り出すように、心底の安堵を形にする。目を覚まして最初に呟いたセリフがこれであるあたり、どれほど命の危険を感じたのか察してもらうとありがたい。
ふう、と息をついて、自身がどこかのベッドに伏せていることに気が付いた。
「ここは」
とりあえずは現状把握だ。そんな考えのもと、俺は寝っころがったままあたりを見回す。
時折ふと鼻をつくアルコールの臭い。ベットの周りを覆うように設置されたカーテンの隙間の向こうに、棚や小さめにつくられたソファーやテーブルが並べられていた。
その白で統一された景観に、俺は確かに見覚えがある。もう遥か昔に思えるような、色あせた記憶の片隅、俺がまだこの初等部に通っていた時代の思い出の中のヴィジョンと重なっていく。
「……保健室、だな」
「そう。だから、感謝なさい」
そんな、懐かしい、とでも言っとくか位の気持ちでもって、完全に独り言のつもりで放ったセリフに、意外なことに返答があった。
「セナ、か」
首だけを声のしたほうに動かし、その主の名を呼ぶ。
ツリ目がちの少女は、腕を枕もとの丸椅子に腰掛けて、棚に肘をついて笑った。
「どうだった? 私の蹴りの味は?」
「走馬灯が見えた」
暗転した意識のなか、見たくも無い回想の夢を見た。どうして俺がこんなところに居るのか、という夢。少々都合が良すぎる気もするが、事実なのだから仕方がない。
「それは重畳ね。寝言を聞く限り随分限定的な走馬灯だったみたいだけれど」
不機嫌そうな顔で、俺を蹴り飛ばしてあまつさえコンボまできめた張本人、里見世那が呟く。
「ああ、死んでなくて何よりだ。体もこんな風に、っつ、痛いし」
体を起こして、俺は言う。ちくちくと体の至る所が痛むが、まあ、このくらいなら後一時間もしないうちに全快するだろう。
しかし、あれだ。体全体に残留する痛みが、皮肉なことに、寝起きでぼんやりとする俺の脳に生の実感を与えているというのは、困ったものだ。
「ちょっと、いきなり起きちゃダメでしょ。そこらじゅう打撲と擦り傷だらけなんだから」
「それを与えた張本人が言うのか!?」
「あれはアンタがバカやってたからでしょうに。ああもう、ちょっと待ってなさい」
そう言うと世那は立ち上がり、救急セット持ってくるから、と去り際に言い残してカーテンの向こうに去っていった。
「……ふう」
その後ろ姿を見て、俺はどんな感情が詰まっているのか自分でもわからないため息を、ついたのだった。