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ゼロ  -D.E.Q.-  作者: 雨木あめ
序幕Ⅰ 日常という名の
3/10

はじまりはじまり(02)

   ◆


 時間が、すこしだけ巻き戻る。

 それは夢の中だけの、特権。 


   ◆



「研修?」

 俺は思わず疑問の声をあげていた。

 ここは私立緋鏡学園高等部、第2職員室。春休み、かつ、時間がちょうど昼休みの中ごろのためか、教員の姿はまばら。お世辞にも広いとは言えないその部屋では、それぞれの教員の個性がよく出ている机が行儀よく整列していた。

「そうです」

 聞きながら思わず目をそらして周りの様子を観察していた俺に、コピペしたような温和な笑顔にアンバランスに小さな眼鏡をおまけでくっつけたような教師は、あくまで穏やかな口調で続ける。

「霊術科に在籍する生徒には、霊術を世間一般よりも深く知る者としての心構えとして、夏休み中に霊術関連の研修を受けてもらうことになっているのです。坂木君も知っていますよね」

「はい、まあ制度ぐらいは」

 普段生活で使われている霊術とは違う、より原初のものに近い、言ってみればより不思議な性質を持っているそれを学ぶものとしてはその心構えも、その力がどこで使われているのかを正しく学ぶ必要がある。

 ライターの火をつける感覚で、火炎放射器を使うわけにはいかないだろう。

 たとえるなら、一般校でいうところのインターンシップの発展版みたいなものだ。もしくは中学の職業体験。

「なら話は早い。その制度に則って、君にも研修をしてもらいたいのですが……」

「ちょっと待ってください」

 ぴしっ、と手の平を前に差し出して、手元の書類をめくる教師にストップを出す。

「なんですか?」

「今、春休みですよね。それも新年度開始1週間前の」

「そうですね」

 温和な笑顔にほんの少し、何を当然のことを、という疑問が混じる。

「なんで今から夏休みにする研修の話なんかするんですか?」

 しかし残念ながら俺のほうも当然すぎる疑問を彼にむかってぶつけることになる。まだ数か月も先のことを今から決めておく必要があるのだろうか。しかもこの年度初めの忙しい時期にわざわざ、だ。

「…………」

 ごく当たり前の質問だったはず、なのだが。眼鏡の教師の顔が笑顔のまま固まってしまった。まさしく二の句を継げない、といった様子である。

 しかし困った。質問に答えてもらえないのでは、話の続けようが──

「そんなところで突っ立って何をしてるんだ坂木。また零点でもとったか」

 そんなことを思っていたところに、そんな遠慮のない不機嫌な声が響いた。

「……浮柄先生。いきなり出てきて、失礼なことを言わないでください」

 ものすごく聞き覚えのあるその声に

「失礼でもなんでもない。私は思ったことを言うだけだ」

 後ろで一つ結びにし長い黒髪を揺らし、隣の席に座る。170オーバーの長身にあった長い足を組み、黒のジャージの前を開け放ち、

「お前も長い付き合いだ、知っているだろう」

 ふん、と鼻をならして笑う勢いで言い放つ。

「ええ。だからこそ、事実と違うことは訂正させてもらいますよ。誤解をもたれるのは嫌ですし」

 そこで唐突に我に返ったスマイル眼鏡先生から援護射撃が入る。

「そ、そうですよ浮柄先生。高校生にもなって零点なんて。生徒に向かってそれはあまりにも──」

「俺が零点をとったことがあるのは浮柄先生の霊術実技だけです」

 が、残念なことにその射撃は的外れだった。俺からしてみれば、援護のつもりで俺のガラスのハートを思いっきり打ち抜こうとしていたようにしか見えない。強化ガラスだったからよかったものを。

「…………」

 またしても絶句するミスター眼鏡。

 そんなこんなで、霊術実技担当にして我らがクラスの担任、浮柄鈴の登場だった。

「それで」仕切りなおすように「零点でなければなんの話をしていたんだ、坂木」

「いえ、それについては俺もよく解かってなくて。詳しくは」

 こちらにどうぞ、と全力の苦笑いをしていたティーチャーオブグラスに向かってジェスチャー。

「解かってなかったんですか!?」

 今度は完全に驚きの感情をあらわにするスマイリング教師。百面相、大変だな。

「佐伯先生。うちの坂木が今度は何をやらかしたんですか?」

 言葉面こそ丁寧だが、口調はいつものぶっきらぼうなままだ。あと地味に失礼ではなかろうか。

 そしてそうか、この教師の名前は佐伯というのか。助かった、流石にそろそろ呼び名に困っていたところだった。

「い、いえ。義務研修の話なんですがね」

 佐伯はそこで言葉を切って、


「坂木君が、『昨年』の夏休みにやるはずだった研修を修了していなかったものですから──」


 などと、さらっと俺の知らない爆弾な感じの事実を言い放った。

「──はあ?」

 思わず、言葉遣いが素に戻る。敬語を使う、といった基本的な事項すら、忘却の彼方へ向かうほどの衝撃を俺は脳の後ろに受けていた、気がする。

「ちょ、ちょっと待って下さい」なんとか敬語能力は取り戻した「そんな話、まったく聞いた覚えないんですけど」

 確かに去年の夏は、といある事情でそれどころでは無かったけれど。それはうまいことごまかされて報告されているはずだ。それに本来夏休み中に行うはずだった講習等も、済ませている。今更そんな大物が出てくるはずがない、と思いたいのだが。

「そんなはずは……。君の場合確かに夏季休業中は別の研修で延期届が出ていますけれど。その後、速やかに義務研修を行う旨を通知するように、担当教官に職員会議で確かに伝達したはずですし」

「何も聞いてませんよ俺……」

 うろたえる俺の前で、

「あ」

 と、佐伯の机に置いてある書類を勝手に見ながら、何かを考え込んでいた様子の浮柄が、唐突にそんな声を上げた。ちなみに俺のクラスの担当教官は、言うまでもなく浮柄鈴、その人である。

「あ……なんですか、浮柄先生?」

 俺は極力冷静に、努めて笑顔で訊ねた。

「なんでもない。……ちょっと待ってろ」

「なんでもないわけあるかあ!」

 笑顔の仮面か5秒ももたず崩壊した。全部あんたの伝達ミスじゃないか。俺の春休みのラストが消滅しかけてるんだぞ!

 そんな怒りをスルーして、浮柄は後ろを向いて電話をはじめてしまった。その隙に佐伯が話を進めようと、こちらを向いてにっこり笑う。

「本来は緋鏡市内の別機関に委託するのですが、今回は特例として、内部──つまりは、この学園の初等部の臨時教員として出向いてもらいます。幸い、初等部は今週から新学期が始まっていますし……」

「ちょ、ちょっと待って下さい。教員ですか?」

「はい、そうですよ。普通なら研究院や防護院などでの研修なのですが、緊急なので仕方がありませんね」

「俺、教員免許とかありませんよ? 問題になりませんか、それ」

「大丈夫ですよ。通常の教科なら新聞沙汰ですが、霊術科の教員免許は、高校卒業時に発行されますから。ダメ押しとして、坂木くんも一応教員課程は受けていましたよね。中等部での教育実習も済んでいる、と」

 くそ、気まぐれでとっていた教員課程をここで盾にもってこられるとは……。何が裏目に出るか解らんな、人生。

 まあいい、なら次はその教員課程をこちらが逆手に取ってしまおう──、

「でも、俺が教えられるのは、霊術理論含む座学だけですよ。原則として、霊術の教員は基本的にレベルの同一な実技担当と座学担当の二人組ツーマンセルですよね」

 一人では、霊術教育は出来ないのだ。初等部の先生とはレベルが違いすぎて話にならない上に、基本的にすでに組分けされているし、教育実習の時も生徒2人組で出向いている。

 具体例としてコンビではないが、目の前の佐伯さんは座学、浮柄は実技担当の教員である。それぞれ別個の資格というわけではないが、高校理科における生物と化学教師が暗黙で区分けされているのと似たようなものだと思ってもらっていい。

「ああ、そういえばそうですね。どうしましょうか……」

 よっし。と心でガッツポーズを決めていた、その時。

「……実技教員の面なら問題ない」

 勢いよく携帯電話ガラケーを閉じながら、今まで誰かと会話していた浮柄教諭がこちらを向いた。ガッツポーズが舌打ちに上書きされる。

「今適任者に連絡して承諾を取った」

 あまりの嫌な予感に眉をひそめる。

「一応聞きますが、誰ですか、その物好きは」

「里見だ」

「うぐ……」

 くそ、やっぱりか。抜け穴があるとすれば、そこだけだった。いたいところを突かれてしまった。

「ああ、彼女なら適任ですね」ぱらぱらと書類をめくり「ほら、教育実習も里見さんとの二人組ですし」

 佐伯さん。あなた、笑いながら言ってるが、ことの重大さ、解ってないだろ?

「坂木、お前のお目付け役だと言ったら即OKだったぞ」

 モテモテだなお前、と的外れなことをまったく関心なさげに呟く。

 あいつの場合は、それこそお目付け。里見の家のお仕事ってやつが入っているんだよ。そんなことわかっているくせに。

 いいだろう。それならそれで断り方を考えるまでだ。

「ええ、里見さんには、忙しいのにいつも迷惑をかけてばかりなので──」

 里見さんに負荷のかからないように、教員という研修方法の再検討、ないし教育実習の単位をそこに充てる特例措置を──

 なんてそれっぽい言葉で、交渉の口火を切ろうそしたところで。


「砕け──『浮花』」


 異音の言葉と共に、締め切られて無風のはずの室内に、一陣の風が吹いた。

「う、わ……」

 数瞬遅れて、反撃の火種を文字通りかき消されて声も出ない俺の後ろ、五メートル先の黒板が派手な音を立てて放射状にひび割れた。

 その暴力の出所は、解りきっている。

「いいから黙って行け。な?」

 見たことのない笑顔に反した浮柄のドスの聞いた声。その、かざした手のひらの前には、緑色の燐光を放つ小さな幾何学模様の集合体──霊陣。それが展開されて、役目をなした後、光を放つ花弁の群れとなって散っていくところだった。

 生活必需品になったものとは一線を画す霊術の発動のために起動する、原初の奇跡の名残。

 たとえ霊術科の学生であろうと、未成年は使用許可がなければ使えず、専門の教育を受けていない一般人には発動どころかそもそも理解することさえ不可能な、法規制されている『攻撃性のある術式』を、公共の場で、それもあろうことか生徒に向かって使いやがった、この女。110番だ、警察を呼べ、今すぐに。

「こ、この不良教師!」

 おもわずポケットのスマートフォンに伸びていた手を握りしめ、叫ぶ。が、それは誰にも受け取られることなく、むなしく職員室に響いていっただけで。

 そして、つまりこれが冒頭に至る事の顛末な訳だ──。

 

 ……まあ。

 後から佐伯に聞いた話だが、このとき『横暴だあ!』と叫ぶ俺に対して、うんうん、と職員室の教師全員が静かしかし深くにうなずいていたらしいけれども。

 ──はあ。


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