9・一人
9・一人
その場にうずくまり、叫ぶように泣いているロアリー。
呆然とした顔で立ちすくんでいるレニー。
三人の中で唯一、フィニアだけがまだ理性を保っていた。
もっとも、だからと言って何かができるというわけではない。溢れてくる涙を拭うことができる、それくらいだ。
本来なら、むせび泣いているロアリーを慰めたかった。『ケインの死』は抽象的すぎたが、ロアリーの涙は現実的すぎるからだ。
だが、その親友は。もはや慰めるとか、そういう雰囲気ではなかった。ロアリーが放っているのは、果てしない絶望感。苦しみと、悲しみ。…彼女に今、何と言えるだろうか?
とても居たたまれず、フィニアはつい何歩か、後ずさりした。
ふと、背後に気配。
ぼんやりと振り向くと、ケインが、いつもの無表情で、ロアリーのことを見ていた。
「…ん?」
ケインのことを凝視する。普段と同じ、彼の姿。
「……」
フィニアはいつものように、視線はそのままに、軽く頭を下げて挨拶をしてみた。ケインも軽く片手を上げて返してくる。
「えーと…?」
また泣き崩れているロアリーの方を見る。
頭を必死にフル稼動させる。落ちつけ、大丈夫だ。だから、えーと、つまり…
そしてフィニアは、勢いをつけて後ろを振り向いた。
ケインが、やっぱり、無表情で立っている…!
「…ひゃああああああぁああああぁああ!」
ようやくフィニアは、頭の中が整理され、悲鳴を上げて驚くことができた。
「なんだ、どうし…わあああぁあああああああ!」
レニーは絶叫し、腰を抜かしている。
一番ケインの存在に気づくのが遅れたのは、泣き崩れていたロアリーだった。しかしその後の行動は最も速かった。スプリンターのような瞬発力で、ケインに駆け寄り、抱き着く。
「ケイン! ケイン! ケインだぁ! ケインだよぉ!」
「なんだ? ロアリー? 一体、どうしたんだ?」
「だって、ケインだよ! ケインだもん! 生きてたよぉ! わああぁぁあん…」
その後は、言葉にならない声を上げ続けている。
「…よくわからないのだが」
ロアリーに抱きつかれたまま「お手上げ」のポーズをしてみせるケインだ。彼に、フィニアが言う。
「だ、だって私たち、ケインが殺されたって、聞いて…」
「殺された? 俺が? 誰に?」
「え…そこまでは知らないけど」
「すまん、さっぱり理解できん。で、ロアリーはどうしたんだ?」
ロアリーは泣きじゃくりながら何かを喚いたが、その内容は誰にも伝わらなかった。フィニアが代わりに訊ねる。
「ケインこそどうしたの? どういうこと?」
「部屋に帰ろうとしていたら、タクシーから見慣れた三人組が降りてきて、慌ててこの敷地内へ走っていくのが見えた。だから後を追っかけてきたんだ」
「?」
どうも話が噛み合わない。
「なあ、一体どうしたんだ? 何があった? どうしてロアリーはこんなに泣いている?」
レニーが補足するように説明する。
「ロアリーは、お前が死んだって聞かされてさ、それにほら、あ、ケイン! そうだお前、結婚したのか!?」
「結婚?」
『結婚』
その言葉をケインが言った瞬間、ロアリーは、ビクッと痙攣するように震えると、またも地面へ崩れ落ちた。今度はケインから逃げるように、這いずって、後ずさっている。
「ご、ごめん、なさ…。えへへ、私、バカだよね。無神経で、ホントに…」
嗚咽を続けながら、謝りながら、必死に喋ろうとしている。
「こういう、とき、奥さん、が、抱きつくべきだよね。ごめ…、なさい。本当に、もう…」
「…待て。事情が飲み込めない」
恐る恐る、レニーが声を出す。
「ほらケイン…そっちに、アリアさんがいるぞ」
「アリア?」
「ああ。俺達だけじゃなく、向こうの方にも行ってやれよ…」
軽く背中を押されたケインは、ゆっくりと足を運び…アリアの前に立った。僅かの間、二人、見つめ合う。
そして。
ケインは、軽く頭を下げると、言った。
「…始めまして」
アリアも、優雅にお辞儀をしてから、言う。
「始めまして。こちらこそ…」
……
「え?」と声を出したのは、誰だっただろうか。
レニーはそのまま、ロアリーは口を大きく開け、フィニアは目を見開いた姿で。
三人は、その場で固まった。
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