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二人  作者: 佐々木 英治


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5・二人で、一緒に

5・二人で、一緒に


 


 彼とは、頻繁に会うようになっていた。

 アリア・ランドールにとって、こんなに急速に人間関係が進展したということは、生まれて初めてのことだった。

 もともとが、内気で消極的なのだ。特に異性に対しては、慎重そのもの。…というより、どうしても積極的になれない。


 だけど。


 彼だけは特別。


「私、ケインさんと一緒にいると、楽しいです」

「私もですよ」

「もう少し…仲良くなりたいわ」

 なかなか衝撃的な発言も、違和感なく出てしまう。

「アリアさん…。もう少しって、どれくらいですか?」

「私と一緒にいる時でも、ケインさんが身構えないくらいに」

「…俺、身構えてます?」


「ええ。だって…ケインさんって、普段はその口調じゃないのでしょう?」

「口調?」

「いつもは『私』って言ってても、時々『俺』って言ったりします」

 彼は苦笑した。

「鋭いですね…。でも、それはアリアさんも同じでしょう? まだ他人行儀だ」

「えと、私は、いつもこうなんです。昔から。だから気になさらずに、ケインさんも普段通りに振舞ってほしいんです」

「じゃあ…そうします。いや、そうしよう」

 二人で少し、笑った。


……。


 彼と会っていると、いつも楽しかった。趣味が似通っていた、ということが最大の原因でもある。

 特に読書と、聴く音楽。アリアが読んでいた本や、好きな音楽のほとんどを彼が知っていたおかげで、話題には事欠かなかった。

 いつのまにか、アリアはもう、すっかり彼に夢中になっていた。


 だから、今夜。


 初めて彼を、自分の家に招待した。


「ここがアリアさんの家? 随分立派だな」

 広い、一戸建てだ。


 応接間へ招き、特上のワインを開ける。二人でグラスを軽くぶつけあった。


 …普段はあまり飲まない酒を飲んで、酔ってしまったのだろうか。いつもは聞き役のアリアが、今日は喋る側になった。


「この家、お父様とお母様が残してくれたんです。私一人だと、広すぎます…」

「…ご両親は?」

「事故で、亡くなりました」

「それは失礼…」

「いえ。もう何年も前のことですし。それと叔父のほうも高齢でしたので、この前、亡くなりました。それで遺産が全部、私の方へ回ってきてるんです。おかげで不自由なく暮らせてますけど」

「他に身寄りは?」

「もう誰もいませんわ。それで、この歳でしょう?」

「歳? 30にも届いていないのに…」

「ええ。でも焦ってるというか、寂しいというか、不安というか…。恥ずかしいことですけど、だから結婚したくて、結婚相談所というか…お見合い仲介センターに登録もしてましたわ。男性からの問い合わせはほとんどなかったみたいですけどね。私、そんなに見栄えよくありませんし」

「そんなことはない」

「でも、問い合わせがほとんどなかったのは事実ですよ」

 やや自虐的に呟く。すると、彼は少し怒ったような口調で言った。


「…アリアさん。容姿にコンプレックスがあるね? 自覚しているかな?」

「ええ…。あるいは性格か、丁寧すぎる喋り方のせいかもしれませんけど…。同世代の人たちと打ち解けづらいんです。年配の方や、子供とならすぐに仲良くなれるのに」

「いや、俺とも仲良くなれた」

「それはケインさんが親切だったからですわ」


 彼はしばし黙った後、言った。

「俺は、あの公園で本を読んでいる貴方を見て、美しいと思った。だから絵に描いた」

「禅や仏教を理解しようとしているクリスチャンに興味を持ったのでは?」

「それは、その後のことだ。俺は貴方を、総合的に見て、興味を持ったんだ。…美しさとは何だ? 学校の成績表や、銀行の預金残高と同じように、数字で画一的に表せられる物? それは違うはずだ。美しさとは、その本質にある。アリアさん、自分を卑下なさらないで下さい。それは冒涜に近い」

「ありがとうございます…」

 彼に言われて、やはり、このことも話しておいたほうがいいかと思った。


「お見合いの仲介センター。以前までは問い合わせがほとんどなかったんです」

「ええ」

「でも。あることがきっかけで、問い合わせが殺到するようになったんです」

「あること、と言うと?」

「…叔父の死。そして、それに伴って遺産が私に回ってきたこと、ですわ」


 それを聞いた彼は、やや怒ったように言った。

「解約を薦める」

「ええ。もう辞めました」

 二人で顔を見合わせ、笑い合った。


……。


 長い間、アリアは喋り続けた。昔の話。今の話。そして、未来の話。


 対人関係が苦手で、友人も少なく、孤独なこと。

 孤独感。帰ってきても、広すぎる家。


 …あるいはずっと、誰かに喋りたかったのかもしれない。アリアは夢中で喋った。


 途中から、泣いていた。

 彼はそっと、肩を抱いてくれた。


 彼の胸に抱きついて、泣いた。うわ言のように、言い続けた気がする。『寂しい』と。


 そう、彼と会って楽しくても、別れる時にはいつも悲しくなる。

 広い家に、一人だけ。暗闇のような、孤独感。


「ケインさん、お願いがあります…」

「なんだい?」

「今日、帰らないで下さい」

「……」

「もう、寂しいのはイヤなんです! 独りなのはイヤ。お願いします! 今日だけで、いいです。今日だけ、今日だけは、一緒にいてください!」


「ダメだよ…」

 その、絶望的な返答の後に。彼はこう言った。

「明日からも、一緒にいよう?」

「!?」


…もう、独りじゃ、ない!


「ケインさん、好きです。大好き!」

「俺も好きだよ、アリア…」


 彼は、初めて。

 『さん』づけをしないで、名前を呼んでくれた。


 


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