10・アリアと真相
10・アリアと真相
「ど、どういうことなの? ケインは、そのアリアさんと結婚したって、聞いたけど…」
ようやくフィニアがそう声を出したが、ケインは緩く首を振った。
「いいや、彼女とは初対面だが」
アリアも小さく肯く。
「ええ。初めてですわね」
「じゃあ、待ってよ。アリアさんは誰と結婚したの? ううん、じゃあ殺されたのは、誰なの!?」
しばしの沈黙の後、ケインがアリアに訊ねる。
「…アリアさん、と言いましたね。貴方は『ケイン・フォーレン』という男と結婚した」
「ええ」
「彼と出会ったのはいつです? 最近のことですか? 2ヶ月以内?」
「えーと…ええ、そうですわ。2ヶ月くらい前になります」
「失礼ですが、アリアさんは財産をお持ちですか?」
「両親や叔父の遺産があるので、恵まれているほうだと思います」
「彼は身分証を提示しませんでしたか? ハンターのライセンスとか」
「ええ。ハンターのライセンスです。あと車の免許証もですわ」
「車の免許? 見せてもらえますか?」
アリアは、夫が持っていたハンターの免許と、車の免許をケインに差し出した。ケインはハンターの免許のほうは一瞥しただけで、車の免許証に見入っている。
「何かあったの?」
フィニアは、その車の免許証を見て、つい声を上げた。「ケイン・フォーレン」の名前や、住所などのデータは見慣れた物だったが、顔写真だけが、ケインのものではなかった。知らない、誰か別の男の顔。
「…誰なの? この人」
フィニアの声に、アリアが不思議そうに訊ねてくる。
「私の夫ですわ。あら? 貴方達、彼とは友人だと…」
「いえ、この人は…知りません」
「…どういうことでしょう?」
ケインが呟くように答える。
「これは偽造ですね」
「偽造!?」
「と言っても、たいしたものじゃない。カラーコピーして貼りつけただけの手抜き品だ。よく見れば、素人にも簡単に見破れる。ほら、ここの辺りとか」
「ホントだ。ヘンになってる…」
「すぐ剥がれるね。だから『彼』も、これはあまり見せたくなかったはずだ。おそらくハンターの免許のほうを、よく見せただろう。アレは本物だからな」
「あの、一体、どういうことでしょう…」
「アリアさん。彼の身分を証明するものはこの二つだけですか?」
「ええ」
「この写真つきの車の免許は、この通り偽造です。一方、ハンターの免許ですが、あれは保険証と同じで写真が入ってません。だから身分証明に不便だということで、今度、写真つきのカードタイプのものに切り替わることになりました」
「それは聞きましたわ」
「重要なのは、今はその移行期間だと言うことです。そして…ケイン・フォーレンは、すでに新しいタイプのものに切り替えました」
ケインは財布から一枚のカードを取り出した。それは見慣れぬ、新しい免許証だった。
「あら? 貴方のお名前も…ケイン・フォーレンなんですか?」
ケインはアリアの質問には答えず、先を続ける。
「このカード更新の時、実は、役所がミスをしました。古い証明書を回収した後…処分する前に、それを紛失してしまったらしいのです。そして、どういう経路を通ってかは知りませんが、貴方の夫がそれを手にし、そしてアリアさんに見せた。そういうことです」
「待ってください! なぜ、夫はそのようなことをしたのです?」
「車の免許の偽造も、ですね。明らかに『彼』は、意図的に自分のことをケイン・フォーレンだと偽っています。…そういうこと、です」
ケインはコートのポケットから、一枚の封筒を取り出した。
「これは役所からもらったものです。…アリアさん、貴方が持っていたほうが相応しい」
半ば押しつけるようにアリアに握らせると、ケインは深く頭を下げた。
「では、失礼します」
呆然とするアリアを残して、ケインは踵を返した。早足でその場から遠ざかって行く。ロアリーが最初に、続いてフィニアとレニーがその後を追った。
……。
ロアリーが、こっそりケインの左腕に絡みついて、言う。まだ時折、涙を拭っているが、混乱状態からは立ち直れたようだ。
「ねえケイン、どういうことなの? よくわからないわ」
「実は俺もよくわからないんだけどね」
「私達、ケインがあのアリアさんと結婚したとか、射殺されたって聞いたんだよ?」
ケインは何度か肯いてから、答える。
「それは一言で言えば人違いだな。但しアリアの夫は、彼女に意図的に人違いをさせていた。俺のハンターのライセンスを見せ、さらに偽造した車の免許で補強する。計画的なものだ」
「え? でもなんで結婚相手に本名を名乗らないの?」
「何故だと思う?」
ケインの問いに、今度はフィニアが声を上げた。
「…ひょっとして、結婚詐欺!?」
ケインはいつもの表情で肯く。
「おそらくそうだろうね。アリアと結婚した『彼』は、アリアの財産を自由に動かせる立場になった。適当に財産を動かして、後は突然居なくなる。彼の本名も知らないアリアに、追跡できるわけがない」
「そっか…。彼女が見てたケインは、本物じゃないんだもんね」
「そう。書類上での手続きだけとは言え、入籍までしている。この2ヶ月程度の間、ケイン・フォーレンは 『二人』 存在していたというわけだ。…俺が最近忙しかったのは、旧タイプのハンター証が、こういうふうに悪用されないようにいろいろ掛け合ってたからなんだが…及ばなかったようだな」
その言葉に、ロアリーが泣き笑いを浮かべる。
「ケインが忙しかったのって、女の人でもできたせいだと思ってたよ…」
「違うよ。被害を出さないように、俺は動かなければならなかった。しかし警察が誰も人違いに気づかなかったのはちょっと意外だったな。街警察なら、警官と知り合いも多いんだが…」
「あ。捜査してたのは中央警察みたいよ」
「ああ、そのせいか。中央から派遣されてくる警官じゃ、俺を知らない方が大多数だ。もっとも、警察が動いた時点で俺の思惑は外れたわけだけどね。本来、赤の他人を巻き込みたくはなかった」
「でもハンター証が流出したのって、役所のミスって言ったよね? だったらケインに責任はないわ」
「だが気分がいいもんじゃない。消費者金融で小銭を借り逃げされたりとか、細かな悪用があってね。それで金融方面ばかり防御してた。ちょっと迂闊だったな」
「え。ケイン、お金盗られたの?」
「いや。大部分は防げたし、損失分とか補償金とか、役所が払ってくれたよ。逆に、いい稼ぎになった。数ヶ月分の生活費として、役所は小切手でくれたほどさ」
「へぇ。役所も案外、粋なことするんだね。それ、見せて?」
しかしケインは、少し驚いたような表情になり、それから答えた。
「いや、その小切手はどこかに落としちゃったらしい」
「落とした!? 無くしちゃったの!?」
「ああ。ツイてない時は、ツイてないもんだ」
ケインは軽く肩を竦めた。ロアリーとレニーは、呆然としたような顔。フィニアだけが、ニヤニヤ笑っている。
「え? なに? なんでフィニア笑ってるの?」
「別にぃ…。ケインが、バカだなーと思って笑ってるだけよ」
ケインは軽く舌打ちをしただけで、後は無言だった。
「照れてるのよ、彼」
ロアリーの耳元で、こっそり囁くフィニアだ。
「え?」
「さて。ケインの結婚話も嘘だったことだし。…ロアリーも頑張りなさいよ。こんな人、滅多にいないんだから」
よくわからなかったが、ロアリーはぼんやりと肯いた。
ケインが、生きてる。
今はこれだけで充分だ。
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