万能の女領主様。その唯一の趣味が町全体のストレスでした
旅の途中で最悪の経験をした。
ようやく辿り着いた都の広場は人混みで息も出来ないほどだ。
「何があったんですか?」
私が訪ねると町人の一人が無言で首を振る。
答えが得られず困った私は別の町人に尋ねる。
「何があったんですか?」
「見りゃ分かるだろ? いつものだよ……」
「いつもの?」
「なんだ、あんた知らんのか?」
そう言ってその町人は道を開けたので私は広場で何が行われているかを見た。
そして、思わず息を飲む。
酷い光景だった。
一人の女性が全裸にされ、二人の男に鞭を打たれて泣き叫んでいる。
彼女の肌は傷で赤く染まり、見るも痛々しい傷となっていた。
凄惨な光景だ。
私は思わず顔を顰めながら辺りを見回す。
「えっ?」
しかし、周りの人間は悲惨な顔をするわけでも、怒声をあげるわけでもない、それどころか好色な顔をして彼女の体に目を奪われているわけですらない。
全員が全員、いわゆる死んだ目をしながら彼女の方を眺めているのだ。
一体これはどういうわけだ……?
そんなことを考えていると信じられない事が起こった。
今の今まで確かに悲鳴をあげていた女性が不意に立ち上がったのだ。
鞭を持っていた二人の男と言えば一歩引いてかしこまっている。
「よしっ」
彼女はそう言うと晴々とした顔のまま、転がっていた自分の服を身に纏うとそのまま何事もなかったかのように男達を従えて歩き去っていった。
「ようやく終わった……」
「さ、仕事に戻るぞ」
うんざりとした顔のまま人々は解散していく。
あまりにも意味不明な光景に呆然としていると先ほどの町人がやって来る。
「驚いただろう? 立ち話もなんだ。俺は酒場の店主をやっているんだが寄っていかないか?」
聞きたいことは山ほどある。
私はすぐに彼の店へと立ち寄った。
「ほれ。この一杯はサービスだ。飲んでくれ」
そう言われて飲んだ酒は今までに口にしたことがないほどに奥深い味がした。
思わず恍惚の表情を浮かべていると店主は酒の名前を教えてくれながら言った。
ちらりと見た料金表の値段は存外安い。
「見事だろう? あの女領主様が作ったんだよ」
「えっと、あの鞭で打たれていた人ですか?」
「あぁ。もう一杯飲むかい? 申し訳ないが有料となるが」
「ええ。是非」
酒を注ぎながら店主は言った。
「あの領主様はな。すげえんだ。文武両道なだけでなく様々なことにも興味を持ってな。ありとあらゆる事に手を出して結果を残しちまう。この酒もその一つさな」
「はぁ……ですが、何故、あんなことを?」
酒を飲み、さらに追加を求める。
本当に美味しい。
「まぁ、なんて言うか。その興味が災いしてな。ある時に町で流行った官能小説を読んだんだが、これが最悪だった」
「かっ、官能小説?」
「あぁ。否定をする前に必ず中身を確かめるような方だからな。それでまぁ、結果として。とあるシーンに魅入られちまってな……」
全てを察する。
要するにあの女領主は自らの新しい扉を開けてしまったわけか。
「俺ら男達からすりゃ、始めは嬉しかったと言えなくもないんだが、妻には怒鳴られるわ、子供の教育には悪いわ……そのくせ、問題のシーンは自らの愛した者達の前で行われるわけだから、あの人ときたら『見ない』という選択肢を取らせてくれないんだ」
「えっ、最悪じゃないですか……」
「あぁ。文武両道にして品性方正の女領主様にあんな弱点があったなんてなぁ……」
とりあえず品性は終わっているだろ……。
そんなことを考えながら私は話を終える。
「おっ。もういくのか?」
「ええ。そうします。この町、色々とヤバそうですし。お代は?」
「グラスの下に書いてあるぜ」
「へ?」
そう言われてグラスの下を見る。
すると、そこにはとんでもない金額が書かれており、トドメとばかりに『このグラス一杯につき』という注釈付きだ。
「どうした?」
「いや、あの料金表と随分違いませんか?」
「あぁ、あれはこっちのグラスで飲んだ金額だ」
そう言ってほとんど同じ大きさのグラスを見せつけられた。
要するに私はカモにされたというわけか。
「どうした? 払えねえのか?」
その声に苛立ちながら私は財布から硬貨を叩きつける。
どうやら、この町はしっかりと頭のおかしい女領主様と共生しているらしい。
「はい。確かに。それじゃ、ごひいきに」
「二度と来ねえよ」
そう言いながら私は最悪な経験をしたこの町を後にした。