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裏切ろうとした男  作者: デギリ
7/12

嵌められた公爵

しばらくの睨み合いを経て、5日後に両軍は激突した。

兵力では王国軍は辺境伯軍をはるかに凌駕しているが、動員された諸侯の戦意は低い。

一方の辺境伯軍は郷土の防衛戦であり、意気軒昂であった。


そんな中、先鋒の公爵軍は猛烈な勢いで敵軍に向かって進む。


昨晩の軍議で

「ペッグ公爵、先鋒という名誉を与えられたにもかかわらず、何をぼうっとしているのだ。

さっさと攻めかからんか!

臆病風に吹かれたのならば他の諸侯と交代するか?」

と大公に責め立てられた公爵は目が血走っていた。


自軍の被害を抑えるために、戦う前に辺境伯を降伏させようと密使を出していたことが気づかれたようだ。


「やむを得ん。一度決められた先鋒を変えられれば大恥を晒すことになる。

こうなれば公爵軍の強さを示すだけだ。

辺境伯を攻めよ」


通常の戦闘の序盤に行う弓矢の交換もそこそこに公爵軍は被害を顧みずに突撃を開始した。


敵の矢を受けて倒れる者が続出し、前進を躊躇う兵も出てくるが、公爵は自ら前に出て進軍を促す。


公爵軍の猛進に、動きの鈍かった他の諸侯も兵を進めざるを得ない。


側面からも連携して進んできた。

思いの外、速い王国軍の進軍に辺境伯軍は対応できずに崩れ始める。


「下がるな!

ここで踏み止まり、辺境伯軍の誇りを見せよ!」


敵中に大声を上げて、士気を鼓舞する大男がいた。

その男は公爵軍に攻めかかり、瞬く間に騎馬の騎士を槍で差し貫く。


その姿に辺境伯軍の士気は上がり、立て直る様子を見せる。


「あれは辺境伯軍の軍団長だな。

剛勇で名高い男だがあの男を倒さねば、敵軍は崩れぬ。

ハリー、行けるか?」


その様を見ていた公爵は傍で警護にあたるハリーに声をかける。


「ご命令とあらば」


「では行け!」


「かしこまりました。

トマス、サイモン、公爵様の警護を頼む。

傍を離れるな」


颯爽と馬を駆けてゆくハリーは、前線で暴れ回る大男と対峙した。


馬を御して剣を振るう二人の姿に両軍の兵は息を殺して勝敗を窺う。

その勝敗の行方が兵の士気に大きく関わることは明白である。


カーンカーン

辺境伯軍団長は剛力であったが、長い戦いに疲労が溜まり、徐々に動きが鈍くなる。


その動きを見定めたハリーは、鎧に覆われていない足に斬りつけた。

軍団長は落馬する。


「無念だ。

しかしお主ほどの遣い手と戦えたのは最期の誉れ」


辺境伯軍団長は座り込むと自ら首を刎ねて自決する。


何十合という剣戟の結果はハリーの勝利となった。


公爵軍はどっと歓声を上げて、その勢いのまま攻勢に出る。


公爵も自ら前線に乗り出す。


「今こそ辺境伯の首を取れ!

側近ども、わしの警護はしなくてもいい。

お前達も奴を追え!」


そう怒鳴りながら、自身も馬を駆けて辺境伯の本陣に迫ろうとした。


進軍を焦るあまり周囲が手薄になった公爵を、辺境伯の遊撃隊が横から襲う。


「ペッグ公爵、お命いただきます!」


退却しようとする辺境伯を助けるため、伯の側近が

決死の斬り込みをかけてきたのだ。


「この下郎ども、退け!」 


辺境伯が逃げていくのが見える。

公爵は目先の敵兵を無視して追おうとするが、敵兵に尻を切られた馬が暴れて落馬した。


落馬の衝撃でしばらく動けなかった公爵を敵兵が囲む。

護衛達はすでに前で戦っており、すぐには駆け付けられない。


囲まれた公爵は蒼白となった。

その絶体絶命の危機に息急き切って駆け付けたのはトマスとサイモンであった。


彼らは、ハリーの言いつけを守り、公爵の後方を離れなかったため、すぐに駆けつけることができた。


「サイモン、公爵様を護衛しろ!

俺が道を開く」


トマスは包囲する敵兵に向かっていき、次々と斬り倒す。

サイモンは公爵を庇いつつ、その後についていく。


数人が斬られても、敵兵は公爵目掛けて殺到した。

トマスとサイモンはひたすら防御に徹し、援軍を待った。


後で思えばほんの数分であったであろうが、公爵にはとても長い時間に思えた。


「閣下、どこですか!」

「こちらにおられます」


ハリーの声に、サイモンが大声で応える。


ハリーの豪剣が指揮する敵の騎士の首を刎ね、彼とその率いる兵が到着すると、ようやく公爵は安堵した。


「戦況はどうだ?」


ハリーの馬を借り、護衛された公爵は馬上で威厳を取り戻し、ハリーに訊ねる。


「残念ながら辺境伯は取り逃しましたが、お味方は大勝利、その立役者は公爵軍でございます」


それを聞いた公爵はやや残念そうに、そして得意気に胸を張った。


「これならば大公に何か言われることもあるまい」


勝利が確実となり残党の掃討戦に入ると、諸侯は王のいる本陣に集まった。


公爵が本陣に入ると、諸侯から拍手が起きる。


「ペッグ公爵、貴殿が今日の勝利の立役者だな。

あの猛攻がなければこうも容易く勝てなかったであろう」


そんな声が飛び交い、公爵は笑みを見せながら応える。

「いやいや、先鋒の責任を果たしただけだ。

それより辺境伯を逃したのが残念だった」


「辺境伯ならば我が軍が討ち取った!」


遅れてやってきた大公が大声を張り上げ、後ろの配下にその首を掲げさせる。


「おお!

大公殿下、素晴らしい戦果です」


公爵への賞賛はかき消され、大公への賛辞が次々と聞こえてくる。


「これはペッグ公爵、そなたの見事な勢子ぶりがなければ、この首は取れなかったわ。

よくやった」


大公は公爵を勢子扱いするのに、公爵は顔を俯かせながら青筋を立てる。


(犠牲の大きい先鋒を務めさせて、逃げ出すところを討ち取るなど美味いところだけを持っていく。

その挙句、わしを勢子扱いするとは!

大公、許さんぞ!)


公爵が屈辱で震えるところに王から声が上がる。


「本日の戦功はその筆頭を大公とし、次にペッグ公爵とする。各々の戦功に応じて恩賞を与える」


その後、宰相が恩賞を発表する。

公爵には辺境伯領の一部を与えられた。


(こんな遠方に領地を貰っても管理費がかかるばかりだ。

領地の近くに交換してやらわねば。

力任せに攻めただけあって兵の死傷も多い。彼らに与える褒美を考えると赤字だな)


公爵はため息をつきながらそんなことを考える。

恩賞の発表も終わり、酒宴に入ると大公が突然立ち上がる。


「せっかくの機会、皆に聞いてもらいたいことがある。

我が孫にしてペッグ公爵の娘であるレイラが戦勝祝いに参っている。

レイラ、王陛下と皆さんに挨拶しなさい」


そして大公の背後から出てきて、フードを脱いだのはまだローティーンながら驚くほどの美貌の少女であった。


その怜悧な美しい表情の中、わずかに周囲を嘲るような勝気な目で周囲を見渡す。


レイラにとって王は大叔父。

王の前でも全く恐れるところは見られない。


「王陛下、また諸侯閣下、大公の孫にしてペッグ公爵の娘、レイラでございます。

この度は御勝利おめでとうございます。

逆賊討伐の成功を祝って、一曲舞を披露いたします」


音楽が始まった。

戦陣に似つかわしくない優雅な曲に合わせて、レイラが踊る。

その姿は一流の舞を見慣れた諸侯・貴族にも感嘆の声をあげさせるほどであった。


「レイラ、見事じゃ。

褒美になにか遣わそう」


舞いが終わると王がにこやかにそう話しかける。


「では、レイラの婿に宰相の次男、イーサンをお願いしたいと存じます」


大公が横から口を出す。


(何を言っているのだ。

レイラの婿については父親の私が決めることではないか)


公爵はこの展開についていけない。


「ほう、宰相の家のイーサンといえば、美男にして秀才と名高い。

美男美女の良いカップルとなろう。

どうじゃ、公爵と宰相」


「この上ない縁組と存じます。

喜んでお受けさせていただきます」


宰相が早々に言上する。


全員の目が公爵に注がれる。


「良き縁組と存じますが、急なことですぐに返事はできません。

レイラ、何故こちらに来ることを知らせなかったのだ」


苦しげに言う公爵をレイラは冷たく見据える。


「出陣のご挨拶をする時にお話ししようと思っていました。

ところが、側室殿達とは出陣前に賑やかな宴があったようですが、私は呼ばれもせずにつんぼ桟敷に置かれたまま。

お父様と以前にお会いしたのは半年前の新年の王宮での挨拶でしたかしら。

私の顔を覚えていらして嬉しいわ」


レイラの痛烈な皮肉に公爵は冷や汗が滴り落ちる。


「そう言うわけで、わしが父親の代わりに面倒を見てやらねばならん。

見ての通り、才色兼備の可愛い孫娘にいい婿を見つけてやらねば死ぬに死なない。


王陛下と宰相に相談したら、イーサンを勧めてもらった。

公爵よ、父としてこれ以上の婿はいないと思うが如何か?」


知らぬ間にすべて段取りが組まれていた。

ここまで言われて断るわけにはいかない。


「承知しました。

大公殿下には我が娘のことで煩わせてしまい申し訳ありません」


公爵はそう頭を下げる。

グレッグとしては、いずれ息子のジョナスに大きな戦功を上げさせるとともに、有力な貴族の娘をもらって後ろ盾とし、世継ぎとするつもりであった。


今の王政府は王の後ろ盾が大公で、実質的な政治を切り回しているのは宰相。

宰相は今まで中立的な立場を維持していた。

この婚姻の話はその二人が手を結んだということだ。


レイラの婿が宰相の息子であれば、次の当主はレイラに決まったも同然である。


血が出るほど唇を噛み締める公爵に、レイラが無邪気そうな声をかける。


「お父様、お祖父様に聞いたけれど今度恩賞で貰った領地は風光明媚でのんびり暮らすにはぴったりなところだそうよ。

お父様が側室殿やそのお子さんと過ごすのにぴったりね」


「レイラは父親思いだのう」


レイラと大公の笑い声が響く。


(わしにジョナスを連れて早く引退しろと言っているのか!

ふざけるな!)


公爵は引き攣った顔で笑いつつ、内心では激怒した。


「ところで、公爵の家臣に辺境伯の軍団長を一騎打ちで討ち取った男がいるそうだな。

見事な騎士だったと聞く。

王国騎士団か大公家の軍に置いた方が王国のためになるのではないか」


大公は追い打ちをかけるようにそんなことを言う。


「ははは

大公殿下は冗談がお得意だ。

あの男は私の護衛隊長でこの度の戦闘でも私を救いにきてくれました。

ハリーを取り上げると言うことは、さっさと私をヴァルハラに送りたいということですかな」


公爵は腹に据えかね、先ほどのレイラの話を踏まえて、自分の命を取りたいのかという話に持っていく。


流石の大公もこの反撃は予想していなかったのか、少し黙り込んだ。


「なるほど腕利きの護衛隊長はダイヤモンドよりも貴重。婿殿にはまだまだ長生きして王国のために働いてもらわねばならん。


さて、話が一段落したところで改めて酒を飲み直そう。

女どもよ、皆に酒をつげ」


大公は話題を打ち切り、酒宴の続きを促す。

最後に反撃ができた公爵は少し鬱憤を晴らし、ワインを一気に飲み干した。









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