頭角を現す
サイモンが狩猟に赴く公爵の警備に当たったのはそれからまもなくであった。
公爵は、10歳くらいの狩衣装を美しく着飾った少年を連れていた。
今日の当番の8人の側近が周りを固める。
(あれはジョナス様か)
見るからに公爵が可愛がっていることが見て取れる。
「サイモンだな。
武芸に優れた若者とハリーから話を聞いている。
しっかりと警護を行ってくれ」
当主グレッグから声をかけられたサイモンは天にも昇るような心地であった。
「命に代えても!」
「よし」
当主からの声を掛けて貰ったサイモンを、側近の一人が背後の見えないところから思い切り蹴った。
(これくらいなんでもない。
子供じみた嫌がらせだ)
サイモンはそう言い聞かせて怒りを収める。
その日の狩りは勢子が獲物を追い立て、それをグレッグ達が仕留めるもの。
追い立てられてきた鹿をグレッグは射止める。
「グレッグ様、お見事です」
招待客が褒めちぎる。
「次はジョナス様ですね」
当番衆のリーダーの指示で、勢子達はジョナスの前に手頃な獲物を追い立てるように駆け回る。
「兎がきました。
ジョナス様、矢をつがえて」
はらはらするようにお付きの者がアドバイスする。
疲れるように長々と追い立てられた兎はもうノロノロとしか動けない。
ヒュッ!
ジョナスの矢がなんとか兎に突き刺さった。
「やった!
僕が射止めたよ」
「ジョナス、よくやったぞ」
ジョナスは兎を仕留め、父からの賞賛を嬉しげに受け取る。
「さすがジョナス様!
見事な腕前。
これならば公爵家世継ぎとして世に誇れます」
先ほどサイモンを蹴った男が赤面するほどのお世辞を言う。
「なんだ、あの追従野郎は?」
「あいつはジョンと言って奥方の弟。つまりジョナス様の叔父だ。
ジョナス様が当主となれば出世は間違いないからな」
側近達が不愉快そうに会話する。
名門出の彼らにとってジョンも成り上がり、さらに実力もないということだ。
「お前達も射てみよ」
息子の活躍に上機嫌の公爵の言葉で側近も矢を放つ。
サイモンは見事に大きな猪を仕留め、グレッグに「やるな」との称賛をもらう。
昼飯時、弁当を食おうとするサイモンの前に立ち、弁当を蹴り上げた男がいる。
顔を上げるとジョンがニヤニヤしていた。
「貧乏騎士で馬小屋に住んでいた男に弁当はもったいない。
馬の飼料でも食っておけ」
ジョンはことごとく獲物を外しており、公爵に褒められたサイモンのことを妬んだようだ。
周囲の側近は成り上がり同士の諍いと知らぬふり。
サイモンはジョンを相手にせず、リーダーのところに行き、
「食欲がないので、早めに警護に戻ります」
と報告し、他の側近と警護を代わる。
豪華な昼飯を食べながら歓談する公爵父子や客の横に立ち、サイモンは周囲を警戒する。
「うぁー!
助けてくれ!」
突如近くで大きな物音と悲鳴が聞こえた。
「何事か!」
立ち上がる公爵の前にサイモンは立ち、剣を抜く。
天幕を破って入って来たのは巨大な熊であった。
兵士に一撃を加え、乱入してきた熊はオロオロと立ちすくむジョナスの方に向かっていた。
「危ない!」
サイモンはジョナスを庇って前に出て、大熊に対峙する。
「公爵様、ジョナス様、避難ください」
向かってくる熊の攻撃をひたすらにかわしながら、サイモンは公爵に呼びかける。
父子の避難を確認した後、サイモンは熊に斬りかかり、仕留めた。
怯えたジョナスが泣き出し、狩りはそこで終わりとなった。
「サイモン、わし達がいても熊を斬れたであろう。
何故、わし達の避難を待ってから攻撃した?」
帰り道、公爵はサイモンに尋ねた。
「護衛の目的は対象の安全とハリー隊長に教えられました。
熊と戦えば、周囲に不意の事故があるかもしれません。
私が囮となっている間に公爵様に避難いただくことが一番と判断しました」
「ふむ、いい判断だ。
これは褒美だ」
公爵はサイモンに持っていた短剣を与えた。
それから数ヶ月後、辺境伯の反乱が発生する。
王政府からの使者を迎えた公爵は、団長と執事を呼び、「王陛下から出陣を命じられた。軍を整えろ」
と指示する。
「辺境伯家は当家からは遠いところ。
最低限の義理だての出兵でよろしいですか?
無論、閣下は出馬されませんな」
執事の問いに、公爵は苦虫を噛み潰したような顔で言う。
「この反乱は大公の挑発に耐えかねて辺境伯が起こしたものだ。
王国への反乱となっているが、実質は大公との私闘よ。
大公は、久しぶりに婿の活躍を見たいとの手紙を送ってきた。
ここで下手な働きでは、我が家も辺境伯の二の舞いとなる。
出せるだけ兵を揃えろ。
もちろんわしも出馬しなければならん」
三千の兵を動員した公爵軍は出発する。
ハリーは護衛隊を率いて公爵を警護する。
その中にトマスとサイモンも含まれていた。
「サイモンは本格的な戦争は初めてか。
山賊退治は何度も行っただろうが、大兵力のぶつかり合いはまた違う。
遮二無二出ていくんじゃないぞ。
ゆっくり出ていき、周囲の戦いを見ながら手柄首を探せ。
手柄を横取りする奴もいる。
俺のそばにいろ。
お互いに手柄を上げた証人になるんだ」
ベテランのトマスが横にいるのは心強い。
「俺はここで手柄を立てて小隊長になり、結婚祝いにするつもりだ。
ミリーの喜ぶ顔が見たいぜ」
「僕もお手伝いします。雑兵は僕が片付けます。
トマスさんは兜首を取ってください」
「サイモンも言うようになったな。
おう、頼りにしてるぜ」
兄貴分のトマスに頼りにしてると言われたサイモンは顔がほころんだ。
(いつもお世話になっているんだ。
トマスさんの役に立ってみせる)
と固く決意する。
国境地帯に到着すると、公爵は王と大公のところに向かった。
ハリーはサイモン達を連れて公爵の護衛に当たる。
「王陛下、大公閣下、ご機嫌麗しく。
ただいま着陣いたしました」
領内では傲岸な公爵が平身低頭であり、その姿にサイモンは驚愕した。
頷くだけのまだ若い王をよそに、初老の大公は自分が王のように振る舞う。
「よく来たな婿殿。
辺境伯め、王陛下を蔑ろにするとはけしからん。
あのような裏切者、早々に始末しなければならん。
公爵軍の精強さはよく聞いている。
ここは手柄を譲り、先鋒を任せよう」
挑発されて立ち上がった辺境伯は死に物狂い。
そこに真っ先に当たる軍は大きな損害を出すことは明白だ。
顔色を変え、返事をしない公爵に、大公がダメ押しをする。
「陛下もペック公爵の勇戦を見たいと言われているぞ。
辺境伯と違い、王陛下への忠誠心の高い公爵殿ならば期待に応えられるな」
王は座って無表情に頷くだけ。
(大公め、おれが王兄に付いたことをつつきやがる。
辺境伯も王兄派だった。
同じ目に合いたくなければ死ぬ気で働けということか)
「このグレゴリー、王陛下と舅殿のためにかの逆賊を討ち取ってみせます」
やむを得ず、そういう公爵に大公は笑い、付け加える。
「無論、一人で戦わせることはしない。
我が嫡子に率いさせた大公軍も背後から襲撃させよう」
その言葉を聞いた公爵は怒りで目が眩む。
(おのれ!
公爵軍を先鋒で戦わせて、敵が疲れたところを大公軍で戦果を掻っ攫うつもりか!
赦さんぞ。
こうなれば我が軍で辺境伯の首は貰う!)
本陣から帰ってきた公爵は怒りで赤くなった顔のまま、全軍に告げる。
「数日後に敵を攻める。
我が軍は名誉ある先鋒をいただいた。
王陛下の期待に応えるため、何が何でも敵将の首をあげよ!」