幸せな日々
傷が癒えたサイモンは、当主グレッグへの拝謁を許される。
グレッグは30代後半か、いかにも公爵家の当主らしく威厳に満ちた男であった。
「お前がサイモン・フィッシャーか。
その働きは群を抜くと聞いた。
わしの側近団への入隊を認める」
当主の側近団といえば、文武に渡り、当主から直接の命令を受けて縦横無尽に動き回る直属部隊。
当然、大きな仕事を与えられ、それを認められる機会も多い。
その反面、当主の機嫌を損ねればいきなり死罪や追放ということもある。
「命を賭してお仕え致します」
サイモンは夢に近づいたとの喜びを噛み締めながら、跪いて型通りに返答した。
その夜、城内の奥に与えられた部屋で、多額の支度金を見ながら何を揃えるのか悩むサイモンを訪れてきた二人の男がいた。
「お前がサイモンか。
後ろ盾のない貧乏騎士の出だな」
精悍そうな年嵩の男の不躾な質問に、少しむっとしながら、サイモンは、
「そうですが、どちら様ですか?」
と訊ねる。
「俺の名はハリー。
こっちはトマスだ。
お前と同じ貧乏騎士の出身よ。
少し飲みに行くか」
ハリーは一回り上の40才くらいか、トマスは20代後半に見える。
大先輩と聞きサイモンは、姿勢を改めて「はい!」と返事して、後についていく。
城を出て、ハリーの行きつけらしい洒落た酒場に入る。
挨拶する綺麗な女性にハリーが言う。
「女将、こいつは俺の後輩だ。
飲みにきたら俺に付けておいてくれ」
奥まった個室に通されると、ビールや美味そうな料理が並ぶ。
「サイモン、飯はまだだろう。まあ食え」
サイモンはこれまで宿舎の食堂でしか食べたことがない。
(なんて美味いんだ!)
酒も料理も食堂とはものが違う。
ガツガツ食べるサイモンをハリーとトマスは笑って見ていた。
「さて、そろそろ話をするか。
サイモン、お前の話は聞いていた。
今までよく頑張ったな。
公爵家は有能な家臣集めるために広く門戸を開いているが、この側近団はよりぬきのエリート、いわば幹部候補生だ。
文武に優れているのは当然だが、当主の意を体して行動することも求められる。
つまり自分の頭で行動しなきゃならん。
そして、ここにいるのはほとんどが高位貴族の子弟だ。
公爵の考えを理解し、その意を汲むにはそれに近い階級が適しているのだろう」
ハリーの言葉をトマスが引き継ぐ。
「高位貴族の子弟はクズもいるが、厳しい教育に耐え、優秀な奴も多い。
そんな中で、側近団に貧しい騎士の出など滅多に入らないし、入っても落第して軍や行政府に戻されるのがほとんど。
今いるのは、俺たち二人だけだ。
そして3人目にお前が来た。
先輩としてアドバイスしてやろうと思って、誘ったわけだ」
「ありがとうございます!」
これまで先輩同輩から嫌がらせしか受けてこなかったサイモンは驚き、褒められことに涙が出そうになる。
また、先輩のアドバイスは喉から手が出るほどありがたい。側近団と言われても何をするのか皆目見当がつかなかったのだ。
ハリーは飲みながらアドバイスをくれる。
「まずは支度金で身なりを整えろ。
当主の代理で諸侯に会うことすらあるのだ。
これまでの衣装じゃ話にならん。
出入りの仕立屋を教えてやる」
「高位貴族の作法も勉強しろ。
これから宮廷などに護衛などで行く時によく見ておけ。
武芸の鍛錬は言うまでもない。
軍ではかなり腕利きだったそうだが、ここはレベルが違うぞ。
当主や家族の護衛は、戦って勝つことでなく、己が死んでも護衛対象を無傷で守り抜くのが仕事だ。
その難しさは単独で戦う比ではない。
トマス、よく鍛えてやれ」
「後ろ盾のない俺たちの売りは、身に代えても任務を果たすという忠誠と、誰にも負けないという武芸の腕しかない。
コネや礼儀で貴族子弟に勝てるはずはない。
礼儀作法は恥をかかない程度に学び、後は腕を磨け。
ハリーさんは凄いぞ。
剣の腕は団長より上、公爵軍で叶うものはいない。
本当ならば団長か副団長のはずが、当主の要望で護衛隊長をやっているんだ」
トマスの言葉にハリーは照れたように笑う。
「俺はこれしかないからな。
貧乏騎士の次男がここまで来れれば十分。
俺が来れたのだから、お前達も幹部になる道はあるぞ」
孤独に夢の実現だけを頼りに過ごしていたサイモンにとって先輩達との飲み会はとても楽しいものであった。
(これまで一人きりだと思っていたが、頼りになる先輩がいたとは。
こんな嬉しいことはない)
側近団では騎士出身で若僧のサイモンは歓迎されていないことをひしひしと感じていたが、ハリーとトマスの存在は心の支えであった。
勤務が始まってみると、ハリーの言った通り、側近団のレベルは高く、サイモンはそれに並ぶために必死になって努力した。
ハリーとトマスは暇があればサイモンを指導してくれた。
彼らの指導は厳しく、血反吐を吐くほどであったが、サイモンのためと思ってくれていることがよくわかる教えであった。
若手の側近団はハリーやトマスがいなくなると、聞こえよがしに陰口を叩く。
「身分の低い者同士、気が合うようだな」
「門戸を広げているというアピールのためだけに入れてもらっているのがわからないのか。
まあ下賤な身ではすぐに追い出されるだらう」
サイモンが見るところ、そう噂するのは一部である。
貴族出身の側近には、能力はないが箔をつけるためにコネで入った者と、選ばれて入った者がいる。
能力がある者は、嫌がらせなどせずに黙々と自らを鍛え、仕事をこなしていた。
自らに自信のない者だけが下を作り、見下したがる。
それがわかるとサイモンは嫌がらせに心を動かすことがなくなり、逆に哀れみを感じる。
側近団に入って半年、ついに成果を見せる時がきた。
「トマス、サイモン、グレッグ様に山賊討伐を命じられた。
山賊といっても、食い詰めた農民じゃないぞ。
その本体は貴族の庶子が首領となり、騎士達が幹部である傭兵団だ。
戦争が収まり、雇われなくなったので各地を荒らす賊となった。
すでに村が襲われて、人家を焼かれ、略奪された。
戦も強く、機動力もあるため、公爵軍の一部を指揮するように言われている。
好きな配下を連れて行っていいそうだ。
お前達、ここで手柄を立ててみろ」
ハリー隊長に呼ばれたトマスとサイモンは日頃の成果を見せる時と張り切る。
「賊は150人あまり。
公爵軍は300を動員するが、彼らは陽動だ。
多勢で包囲する構えを見せれば、賊は逃走しようとするだろう。
そこを我らで奇襲殲滅する」
「隊長、我々の兵数は?」
サイモンの問いにハリーはニヤリとする。
「50だ。
真正面でなく奇襲するのなら少数の方がいい」
団長を総指揮官にして公爵軍が領都を堂々と出発する。
彼らが歓声を受ける中、サイモン達は密かに出陣した。
街道沿いを兵力を誇示するように進む公爵軍の噂はすぐに広まる。
ハリー率いる奇襲部隊は裏街道を商人のような格好で素早く移動した。
「サイモン、地理をよく覚えておけ。
ここなら伏兵を置ける、ここに水がある、食糧はどこで買えるか、どれも戦争になれば重要なことだ。
頭に地図が入っているかで勝敗が決まることは多い」
ハリーとトマスは戦場の色々なことを教えてくれる。
襲撃された村は酷い様子だった。
家は荒らされ、墓ばかりが目立つ。
村人は項垂れて、立ち上がる気力もなさそうだ。
そして、村を守る立場の代官は村の若者を動員して戦い、最後まで民を逃して、しんがりで戦死したという。
(これが僕の故郷なら父や兄は戦死、母や兄嫁は自決するだろう。
山賊め、絶対に許さんぞ)
サイモンは代官の傷だらけの遺骸を拝むと、心の中でその仇討ちを誓った。
「サイモン、怒っているな。
怒るのはいい。しかし頭は冷静であれ。
熱い心と冷たい頭脳、両方を持つ男になれ」
顔に出ていたのだろうか、ハリー隊長に諭される。
生き残った村長に聞くと、彼らのアジトは村の裏山という。
公爵軍の討伐を聞き、その前にもう一つ村を襲って、他領に行くことを考えているらしい。
賊に加わったヤクザ者の村人がそう言っているそうだ。
「奴ら、まだ公爵軍は遠いと安心している。
今晩奇襲するぞ」
夜明け前の深夜、地理をよく知る狩人を道案内に一斉に奇襲をかけた。
酒を飲み、村から連れてきた女と遊んでいた賊は熟睡していた。
サイモンは真っ先に進んで見張りを倒すことを命じられた。
二人の見張りを暗闇に紛れて背後から刺し殺す。
そこにあった松明を振って、隊長に知らせ、そのままアジトに火をかける。
あとは虐殺だった。
寝ぼけ眼で飛び出してきた相手を、志願してやってきた村人はナタで斬り殺した。
その中で6人、武装し、戦う構えをした男達がいる。
「あれが貴族や騎士崩れだ。
奴らは我々で始末しなければならん。
4、1、1だな」
「それは無いですよ。
3.2.1でしょう」
ハリー隊長にトマスが異議を唱え、謎の数字を言う。
「ならば早い者勝ちだ!」
ハリーが走り出すのを、トマスとサイモンも追った。
ハリーは迎え撃とうとする相手の首を跳ね飛ばし、二人めの手を斬り落とす。
トマスも瞬く間に一人を斬殺した。
サイモンは遅れて、一番後ろにいた大きな男と対峙する。
「くそっ、公爵軍の先遣隊が早々にきていたとは、油断した。もう俺の作った傭兵団は終わりだ。
こうなればお前達を倒して、他国でまたやり直す」
サイモンの相手は上から切り掛かってきた。
がちっ
受け止めるが、その力はサイモンを圧倒する。
必死で受け止めるサイモンだが、今度は腹を蹴られて後ろに吹っ飛んだ。
「貴様、まだ小僧だな。
さっさと死ね!」
倒れ込んだサイモンに馬乗りとなり、敵は首を刺そうとする。
サイモンはその剣をかろうじてかわすと、近づいた相手の顔面を目掛けて目潰しをした。
「ぐはっ!」
片目の中に指を入れられた敵は逃げようとするが、サイモンはそれを許さず、すぐに敵の鎧の隙間に鎧通しを差し入れて、腹を抉る。
最後は痛さで転げ回る敵の首を剣で貫いた。
「はあはあ」
ようやく周りを気にする余裕が出てきたサイモンをハリーとトマスが見守っていた。
ハリーの周りには3人、トマスは2人が倒れている。
「やはり3.2.1だったでしょう」
「譲ってやったんだぞ。
それよりサイモン、よくやった。
そいつは敵の首領だ。お手柄だ」
「サイモン、褒美に領都に帰ったら馴染みの娼館に連れて行ってやろう。いい娘がいるぞ」
(あの数字は何人倒すかということだったのか)
はじめて兜首をとったサイモンは、ハリーとトマスに褒められたが、無我夢中で呆然としていた。