死を賭けた逃走
レイラを抱えて、トマスやサイモンは山中を進むが、食糧も尽き、追っ手も見当たらないことから町中に降りて街道を歩いて大公領を目指す。
「街中に入ると、大人数では目立つな」
トマスはレイラとサイモンだけを残し、それ以外の兵に金を渡し、故郷に帰るように伝えた。
幸い、何かあった時の金をトマスは預かっていた。
それで買い物をしてきたトマスは、レイラとサイモンに旅人の衣装を渡して話す。
「レイラ様は商人の娘、そして親族の訪問に行くのに我々がお供をするという体で行こう。
おれは番頭、サイモンは手代ということにするか。
レイラ様、畏れ多いですがそのようにお振舞いください」
「わかった」
頼りにしていたハリーと別れてからレイラはめっきりと口数が少なくなり、わがままも言わなくなった。
聡明な彼女は我儘を言える相手を選別しているのだろう。
サイモンはそう推察する。
レイラの足に合わせると、徒歩では日数がかかりすぎる。
トマスは馬車を借り上げて、なるべく旅路を急いだ。
「もうすぐ、公爵の寄子の領地を抜けます。
そうすれば追っ手を気にする必要もなくなり、すぐに大公様に会えるでしょう」
トマスはそう言って疲労の色の濃いレイラを励ました。
先行するサイモンは関所で旅人を誰何しているのを発見した。
なんとか抜け道がないのかを念入りに探すが、その街道周辺は徹底的に見張られており、少女を連れて逃げられるような道はない。
サイモンは急ぎ戻ってトマスと相談する。
「そのままではレイラ様が見つけられることは間違いない。
こうなればおれが暴れ狂って関所を破壊するから、その隙にレイラ様を連れて突破しろ」
「それは僕がやります、いや、やらせてください!」
新婚のトマスはなんとしてと生きて帰ってもらわねば、ミリーに合わす顔がない。
サイモンは必死に食い下がった。
「バカを言え。
まだまだおれの方がお前よりも腕は上だ。
ここでの目的はレイラ様を生きて帰らせること。
護衛対象を一番に考えてみろ。
お前とおれとどちらの方が突破できる?」
「・・トマスさんです」
不承不承サイモンはそう言った。
「そうだろう。
おれだってミリーを残して死ぬ気は無い。
おれが関所の指揮官を斃し、関所を混乱させたらすぐに脱出しろ。
それを見届けたらおれも逃げ出す。
心配するな」
サイモンはなおも抗弁した。
「トマスさんには及びませんが、僕でも関所を混乱させることはできます。
お願いです、僕にこの仕事をやらせてください」
パーン
サイモンの頬が張られた。
「つべこべ言うな!時間がない。
ここはおれが上官、これは命令だ。
そして、念のためにこれを持っていてくれ」
渡されたのは、一房の髪を入れた袋と指輪。
「そんなことはないと思うが、もしおれがここで武運拙く討ち死にしたら、これをミリーに渡し、おれのことは忘れていい男を見つけろと言ってくれ」
「トマスさん、僕はそんなことは言えません!」
「うるさい!それがお前の仕事だ。
さあ、行くぞ。
レイラ様に声をかけて、突破する用意をしろ」
トマスが単身関所に入ると、すぐに尋ねられた。
「お前は一人か?
誘拐犯を捜索している。
少女を連れた男達を見なかったか?」
トマスはレイラの姿絵が貼られているのを見た。
(やはり姫様は見逃してもらえそうに無いな)
そう思ったトマスは、指揮官に会うために話を合わせた。
「おう、そう言えばそんなのを見たな。
数人の男が厳重に女の子を囲みながら山道を歩くのを見たぞ」
「その話、詳しく聞かせろ」
目の色を変えて詰め寄る男達をトマスはいなす。
「話してもいいが、貴重な情報なようだな。
あんたらの上の人と金の話をしたい」
「こいつ、調子に乗りやがって!」
自分の手柄にしたい下っ端とあえて大きな声で口論すると、「どうした?」と騎士らしき男がやってきた。
「アンタが上役か?
探している女の子の情報があるが、いくらくれる?」
野卑な笑いを浮かべながら、トマスはそう話しかける。
「令嬢の行方を知っているのか。
いい情報なら金をやろう」
無防備に近寄ってきた男の胸を、トマスは短剣で突き刺す。
崩れ落ちる指揮官に驚く兵に向かい、トマスは剣を抜いて斬りかかった。
そして大声を上げる。
「今だ、行け!」
近くに待機していたサイモンはその声を聞くや否や、レイラの手を取り、関所に突っ込んだ。
呆然とする門番を斬り殺すと、その場に繋がれていた馬を奪い、レイラを乗せて、そのまま外に躍り出る。
「トマスさん、出ました。
早く来てください!」
「おうよ!」
トマスは追い縋る敵兵を振り払いながら、外に出る。
サイモンは敵兵を迎撃し、トマスを援護した。
「待て!」
指揮官を失った敵は混乱する。
それでも追ってきた一部の兵は簡単に討ち果たした。
無事に3人は合流し、中立的な貴族領に入ることができたが、その晩泊まった宿で騒ぎが起こる。
「ペッグ公爵領で少女の誘拐があり、犯人を追っている。
家探しをするぞー!」
どうやら公爵は他の貴族に頼ってもレイラを捕えることとしたようだ。
「ちっ!逃げるぞ」
トマスの指示で3人は宿の窓から逃げ出した。
「もう街道は通れないな。
宿屋に泊まるのも無理だ」
トマスの言葉にサイモンは言う。
「いっそ姫様を連れて、ここの貴族に真相を打ち明け、大公様のところに連れて行って貰ったらどうでしょう」
「おじいさまをとるか、クソ親父に恩を売るか、どちらになるかはわからない。
クソ親父も必死だから大金を積むでしょう。
そんなバクチはどうにもならなくなってからよ。
アンタ達、頑張って私をお祖父様のところに連れて行きなさい!」
決断したのはレイラであった。
それを聞いたトマスはニヤリとする。
「言いましたね、姫様。
我々は命を賭けますが、姫様にも我慢をしてもらわなきゃいけません。
まずは姫様、その髪を切って男の子のふりをしてください。
それも汚い格好の貧民の男の子です」
トマスはその辺りの農民に話しかけ、金を渡して、貧農の子供のなりを揃えた。
「こんな格好、嫌!
できる訳ないでしょう!
今の商家の娘でも我慢しているのに、いい加減にして!
私を送り届けるのはアンタ達の仕事でしょう。
そのために雇っているのよ!」
レイラは激しく嫌がったが、トマスは言い聞かせる。
「兵士も侍女たちも死んだ。
ハリー隊長は壮絶に討ち死にした。
みんな、姫様を生かす為だ。
あなたには、生きて仇を取ってもらわなきゃならねえ。
こんな服は嫌だとか言える段階じゃないんですわ」
そう言われたレイラは涙を浮かべながら、汚らしいその服を身につけ、髪を切った。
そして、トマスはその顔に泥を塗る。
「すっかり、農民の小倅だ」
山道をトマスが先頭となり、レイラを挟んでサイモンは買い込んだ水と食糧を背負って後方を歩く。
グスグスとレイラが啜り泣く声だけが響く。
トマスもサイモンも何も声をかけない。
足取りだけをレイラに合わせて、3人は追っ手から少しでも逃れる為に足取りを早める。
数日後、山狩をする音が聞こえる。
猟犬や勢子を使った本格的な追い込みをしているようだ。
「トマスさん、これはまずい。
猟犬に嗅ぎつけられたら逃げられない」
山を良く知るサイモンの声は上擦っていた。
「物音はまだ遠い。
音を潜めて、迂回していこう」
トマスは大きく迂回していこうとしたが、相手は慣れた狩人を使っているらしく次第に包囲の輪を縮めていく。
やがて犬の声が付近から聞こえてきた。
「まずいな」
「アンタ達、なんとかしなさいよ!
犬に噛まれて死ぬなんて嫌!
なんで公爵令嬢の私がこんな目に遭うの!」
手を引かれていたレイラが泣きながら喚く。
犬を撒こうと彷徨ううちに、何かに鳥が集まっているところに出た。
よく見るとそこは墓地らしく、人の死体が無造作に投げられ、それをカラス達が貪り食っている。
顔を顰めるレイラを置いて、トマスは死体を漁った。
「いいのがあった」
トマスはレイラくらいの大きさの女の子の死骸を担ぎ、自分の背中に紐で括らせた。
「何をするのです?」
サイモンは不安気にトマスに尋ねた。
「サイモン、谷の下には水量のある川が流れているだろう。
おれが囮となるから、お前は姫様を連れて川を泳いで下流に行け。
大公領もその方角だ。
この少女には悪いが、少しは撹乱になるだろう。
なんとかそのまま逃げ切るんだ」
トマスは次にレイラの方を見る。
「姫様、ここでお別れです。
姫様の警護をできて、光栄でした。
姫様は名君になる素質をお持ちですが、一言、言わせてもらえるなら、上に立つ者は喜怒哀楽を出さないことです。
いつも笑っていてください。
その姿を見て、部下は安心するのです」
トマスは言い終わると返事を待たずに犬の鳴き声の方に走り出した。
「「トマス(さん)!」」
「早く行け!」
サイモンはレイラの手を引いてトマスと逆の方に降りていく。
上からは激しい剣戟の音と、
「それは誘拐された令嬢か。
彼女を渡せ!」
と言う声がする。
サイモンは涙を振り払い、川に着くと手頃な丸太を見つける。
レイラを背中にくくりつけると、丸太にしがみついて川を下っていく。
まだ剣戟の音は止まない。
(トマスさん、なんとか生き残ってください。
神よ、どうかお慈悲を)
サイモンは音の方を見つめ、人生で一番強い祈りを捧げた。




