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裏切ろうとした男  作者: デギリ
10/12

ハリーの憤死

故郷で山に慣れたサイモンが先頭を進み、山中を大公領の方向と思われる方に歩いていく。

レイラもハリーの背中を降り、みずから歩いた。


サイモンは谷で水を汲み、ウサギを狩って焼き、レイラに渡す。


「こんなもの、食べられない。

もっと口に合うものを持ってきて」


レイラは水だけを飲み、ウサギの丸焼きには手をつけない。


ハリーはそれを叱りつけた。


「姫様、侍女達の仇を取るのでしょう。

それには姫様が生きていなければなりません。

食わねば人は生きてられませんぞ」


そう言われて、レイラはハリーを睨みつけたが、それ以上言うことなく、無理やりウサギを口に入れた。


日が暮れると、山の中では狼の遠吠えをはじめ、動物達が動き出す。

野営などしたことのないレイラは青白い顔をして、ハリーに迫った。


「こんなところで寝られる訳ないでしょう!

せめて天井と壁のある部屋に連れて行きなさい」


それを聞いたハリーはため息をつく。


「姫様が死にたいのなら連れて行きましょう。

生きたいのであれば私の言うことを聞いてください」


「はっ

卑しい身分で偉そうに言わないで!」


レイラはそう言うと、用意された大木の洞穴の中に入った。


その前にハリーが陣取り、レイラの安全を確保する。


トマスとサイモンが残った兵を指揮して順に見張りに立った。


翌朝、遠くから人の声が聞こえる。


「貴様たち、レイラ姫を捕らえない限り金は払わんぞ!

山狩りをして必ず見つけろ!」


それは傭兵団に命令する、公爵の側近セルゲイの声であった。


「あの腰巾着が!

あいつが父の手先か。

必ず殺してやる」


その声を聞いたレイラは吐き捨てるように言う。


「ちっ、ここまで追ってきたか。

しかしまだ遠い。

音を立てずに移動するぞ」


ハリーの指揮で、サイモンが先頭となりけもの道を進み始めた。


山奥の方に向かっていくと、狩人に会う。


「口封じに殺しましょう」

「いや、オレは不必要な殺人はしない」


サイモンの提案をハリーは取り合わない。

甘いと思うが、人を信じる、これがハリーの人望の源である。


狩人から獲物を買い取り、大公領への方向を聞くと金を与え固く口止めをして、一行は進み始める。


レイラの足は靴擦れを起こし、体力的にも限界にきていた。


護衛隊長として彼女に仕え、よく見知っているトマスが彼女を背負った。


「姫様に触れることもまかりならぬと言われていたのに、背負えるなんて光栄この上もなし」


明るく冗談を言うトマスにレイラの顔もほぐれる。

しかし、一行はレイラの他にも負傷兵もいて歩くペースは遅い。


指揮を取るハリーは内心焦っていた。


昨晩、ハリーとトマス、サイモンで行った密談では、大公領まで普通に歩いて一ヶ月、敵の目を掻い潜りレイラを連れていくのであれば最低二ヶ月は必要との結論となった。


屈強な兵士でも辛い逃避行を、そんなに長くレイラの体力と精神力が持つのだろうか。

そんなことを考えながら、夜、疲れた身体を横たえる。


翌日歩き出した後、そんな心配どころではないことがわかった。


敵兵が彼らを囲んでいたのだ。


「あの狩人、我々を売ったようだな」


そう呟くハリーの耳に敵方の声が届く。


「お前達は数百の兵に包囲されている。

いくら剛勇を誇るハリー護衛隊長といえどもこれを抜け出すことは不可能。

ここまでよく戦った。

レイラ姫を渡せば、命と元の地位を保証しよう」


セルゲイの勝ち誇ったような声が山の中で響く。


レイラは無言で不安気にハリーを見た。


「姫様、心配は御無用。

ここで姫様を渡しても、この陰謀を知った我々を生かしておくことはありません。

ここを突破しましょう」


ハリーのその言葉は配下の兵に言い聞かせるようであった。


ハリーは無言で顔や全身に泥を塗り、レイラ姫にもそうさせる。


全員の偽装が終わると、藪を掻い潜って敵の包囲網からの脱出を図る。


サイモンが先頭となり、トマスはレイラを背負い、後方を残兵が警護する。


その間にハリーは縦横無尽に山の中で敵兵の不意をついて殺戮する。


ハリーは、その途中でセルゲイに山の地理を説明する狩人を見つけた。


「裏切りの代償を払ってもらうぞ」

ハリーの矢は男の胸を貫いた。


五十を超える敵兵を殺し、包囲網を脱出した一行だが、敵も執拗であった。


足跡を追い、脅すように物音を立てながら追跡する敵兵に、ハリーとサイモンはしばしば伏兵となって逆撃を行い、進軍を止める。


しかし、レイラを連れての行軍は遅く、敵を引き離すことはできない。


やがて身を隠していた森林を抜けて、険しい山岳地帯に入ると、ハリー一行は身を隠すところがなくなった。


「もはや逃げ隠れできまい。

少人数の貴様らを嬲り殺しにしてやる」


岩ばかりの山に出てきたハリー達を見て、セルゲイは喜色満面に傭兵に指示して包囲しようとする。


ハリーは岩陰に隠れて投石と矢で牽制するよう指示し、その隙にサイモンとトマスに小声で話す。


「この先は片側が急峻な谷で、人が一人しか通らない山道となる。

俺がそこで食い止める。

その隙にお前達はレイラ様を連れて逃げろ」


それでは残されたハリーは最後は力尽きて死ぬしかない。


「ハリー隊長にはニーナさんとお子さんが、トマスさんにはミリーさんが待っています。

僕には誰も待っている人はいない。

僕が残って食い止めます」


サイモンの申し出をハリーは笑って退けた。


「おいおい、サイモン、思い上がるなよ。

俺だからこそ奴らも食いついてくるのだ。

無名のお前では餌にならない。

それに、世の中、年上から逝くのが理というものだ」


そして、ハリーは髪を一房切り、身につけていたネックレスとともに袋に入れ、サイモンに渡す。


「絶対に生きて帰れ。

そしてニーナに、俺が愛していたこと、子供達を頼むと言っていたことを伝えて、これを渡してくれ。


このネックレスがあれば生きて帰れると、ニーナが買ってくれたのだが、酷使しすぎたか。

遂に効力が切れたようだ」


笑顔でそう言うハリーに、サイモンとトマスは涙が止まらない。


そして、ハリーはレイラ姫の近くに行くと、彼女の手を取って話す。


「姫様、残念ですがハリーの供はここまでです。

ここで敵兵を皆殺しにするつもりですが、姫様には泥水を啜っても生きて帰り、私と部下の仇をお願いします」


「ハリー、お前の忠義を認めよう。

その願い、聞き届けた。

必ず仇は取ってやる」


泥に塗れながら毅然と言うレイラは、年少ながらもさすが公爵令嬢という威厳があった。


「では、トマス、サイモン、姫様を頼むぞ。

行け!」


ハリーの言葉でトマスがレイラを抱えて、サイモンと兵が後方を守る。


「出てきたぞ!

レイラ姫を捕えよ!」


セルゲイの声とともに突撃してきた傭兵達を、ハリーが剣を抜き、斬り倒す。


ハリーは、そのまましんがりを務め、険しい山道のところに陣取る。


「ここを通りたければ、俺を倒していけ。

命が惜しい奴は帰った方がいいぞ」


一人で仁王立ちとなって叫ぶその声は、落ち着いて自信に満ち、微塵も動揺を感じさせない。


「ハリーを打ち倒した者には100ゴールドを与えよう。

奴も人間だ。疲れが溜まっている。

多数でかかれば倒せるぞ!」


セルゲイの叫びに応えて、十数人が出ていくが瞬く間に斬られ、また谷底に落とされ、全滅する。


「矢で射かけよ!」


弓矢は険しい岩陰に隠れられて当たらない。


その間に、レイラの姿は遠ざかり見えなくなる。


「おのれ!

こうなればハリーだけでもここで討ち取らねば面目が立たない。

奴は水も食料もない。長期戦だ」


セルゲイの指示で、休ませないように時々襲撃しながらハリーの疲れを待つ。


それから一昼夜、ハリーは自らの尿を飲み、腰袋の干し肉を齧って飢えを凌ぎ、戦い続けた。


しかし、それもそろそろ限界にきたことをハリーは悟る。


睡眠を妨げられ、頭が朦朧としてきたのだ。


(姫はもう遥か遠くに行っただろう。

ニーナ、俺はここで終わるようだ。

せめてお前と子供達を最期に一目見たかった)


ハリーは、最後の干し肉を口に入れると、剣を抜き、敵兵に向かっていく。


「セルゲイ、一騎打ちしようぞ!」


叫びながら踊りかかるハリーの姿にセルゲイや傭兵団は大混乱となった。


ハリーは後先を考えずに斬って斬って斬りまくる。

30人は斬ったところで体力の限界が来た。

身体が動かなくなる。


「動きが鈍くなった。

一斉にかかれ!」

という声が聞こえる。


「お前、ヴァルハラへの供を命じるぞ。

さて、このハリーの最期、とくと見て、世に伝えるが良い!」


動きの鈍くなったハリーを囲む敵兵の一人の首をつかみ、その首を潰し、周囲に示すと怯えた敵兵は後退りした。


その隙にハリーは片手に持った剣で自らの首を刎ねた。


血飛沫が上がり、虚空を睨みつける首が飛ぶ。


壮絶な死に様にしばらく声も出ない中、セルゲイが狂ったように笑い出した。


「ハリーめ、いくら武勇があろうが、立ち回りが悪ければこうなるのよ。

馬鹿者め!」


その首を蹴ろうとするセルゲイの足を傭兵隊長が止めた。


「おやめください。

これほどの奮戦をした勇者を敬意を持って扱うのが武人の心得。

たとえ傭兵であってもその心は忘れていません」


傭兵隊長はハリーの遺骸を担がせて、平地に降り、セルゲイに話しかける。


「ハリー殿がいなくなればあとは雑魚ばかり。

レイラ姫の捕獲もそれほど時間は要しないでしょう」


「ああ、公爵様からも催促されている。

急いでくれ」



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― 新着の感想 ―
さようならハリー隊長。 見事な武勇と統率でした。 暗殺に子飼い部隊でなく傭兵団使用してますけど、苦肉の策を気取るなら、後の領内運営に不安が出るにしろ、血筋だけは良い譜代家臣で護衛団を形成し、ハリー達…
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