公衆浴場の清掃
(…本当に毎日掃除されてるんだろうか…?)
というのが私の偽らざる正直な感想だった…。
(汚い…)
脱衣所を抜けて浴場へ行くと
(更に汚い…)
「…よくお客さん文句言わないよな…。というか、文句言ってても、あの管理人が聞いてないだけ?とか?」
(あり得るのがコワイ…)
「まぁ、ともかく綺麗にするか…」
管理人は依頼を受けた冒険者の仕事ぶりを監視に来るような人ではないのだろうから、魔法は使い放題。
本来なら私が気にするべきは
「客から見て『異常だ』と思われる程に綺麗にし過ぎないように」
という点だが。
ここの管理人が管理放棄していて、日がな一日管理人室でゴロゴロしてるだけで客からの苦情や称賛も聞き流す人なら、やり過ぎても問題ない。
(私自身客として入浴しに来る事もあるかも知れないし)
張り切って
「浄化」
「清掃」
「衛生保持」
した。
貸しタオルコーナーのタオルも不衛生そうだったので
「洗濯」
「乾燥」
「衛生保持」
した。
壁や床に破損箇所があり、汚れが落ちた事で目立ったので
「正常化」
で破損箇所修理。
「正常化」
は
「失くなったパーツさえも補う破損箇所修理魔法」
なので破損箇所が大きくなれば魔力使用量も増える。
一方でーー
多少のタイルの欠損はどうという事も無い
筈なののだが…塵も積もれば山となる。
結構な量の魔力を消費してしまった。
が、その甲斐あって
「浴場も脱衣所も改築したのか!」
と疑うレベルで綺麗になった。
(ーーにしても、昨夜グレーアウト状態から解放されてるのに気付いたこの「正常化」。「人体の欠損も治せる」って鑑定結果だったんだけど…。「どのくらいの欠損を治すのにどれくらい魔力を消費するか」の目安が不明だったんだよね…)
という点が少し気にかかる。
(また野良猫でも探してみるか?いや、丁度上手い具合に身体欠損してる個体に遭遇するとも限らない。野良の動物は身体欠損=死に直結する。生きた動物で「正常化」の実験は出来ない、と思った方が良いんじゃないか?)
「実験台にする生き物をどうするか?」
で少し悩みながらも…
つつがなく女性用の脱衣所・浴場を綺麗にし終えて、サッサと男性用の脱衣所・浴場へ向かい、同じような作業を繰り返した。
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(あまり早く終わらせると、それをネタにどんな言い掛かりを付けられるか分からない)
と思ったのでーー
依頼票に記載されていた「所要時間目安」を元に、掃除道具や用具入れも綺麗にして時間を潰してから管理人室へ行ったところーー
「やっぱり初めての人は時間がかかるんだねぇ。あんまりモタモタされると開店の時間になってしまうよ」
と、やはり文句を言われた…。
(営業時間は夕方からの筈なので開店の時間に間に合わないという事は絶対無い筈だが…)
「…そうなんですね。頑張って念入りに掃除してたら遅くなりました」
とだけ言って、依頼達成票にサインをもらった…。
冒険者ギルドへ戻る途中で
(公衆トイレの清掃の依頼はどうしよう?…受けるつもりだったけど、また管理人がああいう感じの人だと思うと萎える。野良猫探しでもして、後日実験する際の実験台に目星を付けてたほうが有益なんじゃないかな?)
と少し迷った…。
他にもーー
昨夜グレーアウト状態から解放されてた魔法は
「正常化」
だけではない事が脳裏をよぎる。
「出力制御」
という魔法の解放…。
「出力制御」
によって魔法の威力を強めたり弱めたりできるという鑑定結果だ。
利用法として真っ先に考えたのが
「結界生成」
の強化。
昨夜のうちに
「結界生成」
を
「出力制御」
で強める実験をしてみたが…
「本当にバリアーが強くなってるのか、実感できなかった」
のが難点だった。
その辺の郊外に出ても雑魚魔物はいつもの結界で普通に感電する…。
ダンジョンへ潜り、ダンジョン育ちの強い魔物がバリアー内に入ってくるとかしなければ、出力を上げて強化したバリアーの効果を実感は出来ないだろうと思う。
(ダンジョンに潜りたい…)
(でもソロでダンジョンへ潜れるのはDランクからだし、今のところポーターとか仮メンバーになってDランク以上のパーティーと一緒に潜るくらいしか正攻法では方法がないんだよね…)
なので
「強化したバリアーの効果確認」
はインビジブルを使って違法に潜り込んで行う事になる。
少し気が重い…。
(人間関係が色々つまらないので、せめて新しく使えるようになった魔法の実験とかで憂さ晴らししたい所だけど、実験台がその辺に転がってる筈もないし…)
「やっぱり公衆トイレの掃除にでも行って、公共奉仕しておくか」
と気を取り直し、冒険者ギルドへ依頼達成票を提出に行くのだった…。
受付に依頼達成票を出しーー
報酬を用意してもらってる間に
「公衆トイレの清掃依頼票」
を壁から外して
「午後からはコレを受けようかと思います」
とカウンターへ置いた、のだが
その時ーー
ギルド会館の入り口から血だらけの騎士が入ってきて
ホール内が突如として騒然となった。
「ギルマスを呼んでくれ!」
と血塗れ騎士が叫ぶと同時に
職員が血相を変えてすっ飛んで行った…。
(…そう言えば、サックウェル家って冒険者ギルドだけじゃなく騎士団も仕切ってるって話だったよね…)
と思い出す。
私が
「騎士が冒険者ギルドを頼る理由」
に思い当たっている間に、もうギルマスがホールまでやって来ていた。
そのギルマスが物も言わず私の腕を引っ掴んで
「事情は移動しながらでも話せるだろう!行くぞ!」
と騎士に告げて、何故かそのまま私を引きずった…。
「…あの?」
口を挟む暇もなく、すごい力で引きずられながらギルド会館前に繋がれていた馬の背に乗せられた。
「コイツを落とさないように馬で全力疾走出来るか?」
とギルマスが騎士に尋ねてから
「俺の馬はまだか!」
と怒鳴った。
「あの…何がどうなって…」
と口を挟もうとする私の声も
「時間が惜しいだろう、先に行け!」
と言うギルマスの声に掻き消される。
血だらけの騎士に荷物のようにガッチリとホールドされて
訳も分からずに居るうちに馬が走り出した。
「ーー何?人さらい?一体何!」
と文句を言っても誰も返事をしてはくれない…。
鉄錆のような臭いと、肉屋のような生肉の臭い。
それらが混ざった臭いに包まれながら…
(もしかして…)
という予想は起きた…。
常々思っていた事ではある。
病気や大怪我で死と隣り合わせになると、人は
「治せるかも知れない人がいる」
と思うと全力で依存する。
相手の都合や感情など何も考えずに
「困っている自分を助けてくれるのが当たり前」
だと思い込んで搾取する。
善意も労力も。
(…大怪我をしてる人達や死にそうな人達がいる、という事なんだろうけど…。私にも生活があるのに、それらは全て無視されて、こうしてさらわれてるんだね…)
自分が「便利な道具扱い」されている事を実感して
少し虚しくなったのだった…。




