間話
冒険者ギルドでマリーと再会したテレンス達だったがーー
マリーが受付へ依頼達成票を提出するために、3人の所から離れると、ドウェインが
「…そういえばお前ら、あの子と噂になってたんだったな」
とテレンス、ランドンの両名を見遣った。
「…随分とエゲツナイ噂だよ」
「いちいち信じるなよな」
と2人は口を尖らせるが
「だが、気はあるんだろ?…何かお前らの顔見てると『好きだ!』って表情でアピールしてるように見えたぞ?」
とドウェインに言われて、思わず真顔になる…。
「…好きは好きだが、人生掛けて貫けるほど重い好きじゃない」
テレンスはソッポを向き
「…マリーの側には色々出会いが仕掛けられてて、既にどこぞかの若者にほだされてるんじゃないか?」
ランドンは心配そうに眉をひそめた。
「…だろうな。権力派閥の傘下に新しく入る新参者は古参の裏切らない手駒と結び付けられる事になる。
冒険者界隈だとサックウェル家、ロックウェル家、ブラックウェル家がハートフィールド公爵派の古参勢力だ。
そういった連中のいずれかと意図的に出会いが演出されて何も知らずに恋愛してる気になって結婚して、まんまと絡め取られてしまうんだろうな」
ドウェインは苦笑して肩をすくめる。
「…うちのレイヴンズクロフト家は西部のフェアクロフ伯爵家の分家筋に当たる男爵家の傍流だ。
南部のハートフィールド公爵派の麾下にはあるが外様だと出世の見込みのなさは平民と変わらない。
お前らは俺と同様に南部の古参の家の女と見合いして嫁にもらう事で派閥の信用を得なければならない立場だ。
お前らのどちらかがあの子を嫁にもらったとしても、周りは誰一人祝福してはくれないさ」
ドウェインが嫌な事を言うが
「…普段無口なくせにハッキリ言うんだな。にしても15歳以上18歳未満で結婚するのは親の同意が必要だ。
マリーはどの道、孤児だから18歳未満のうちは結婚できない。しばらくはあの子は誰のものにもならないさ」
テレンスは冷静に答えた。
「それにしても法律は不親切だよな。15歳以上の犯罪者を普通に成人扱いで裁くくせに、諸々の成人の権利は18歳からだなんて」
「この国に限らずだしな。要はそのくらいの年齢は締め付けが必要だって判断なんだろ?」
「かもな。…んで、ドウェイン自身はどう思ってるんだよ。Aランクに昇格するには南部の古参の家から嫁をもらうしかないっていう現在の状況を」
「別に良いんじゃないか?結婚しても家に寄り付かずに宿屋暮らしを続けるのもありだろうしな」
ドウェインが妻になる女性への無関心を表明したところ
「お前の嫁になる女が気の毒だ」
「全くだ…」
テレンスとランドンは溜息を吐いた。
だがドウェインが
「…にしても目の毒だな。ああいうレアスキル持ちの可愛い子ちゃんは。
目の前を美味しそうな仔兎ちゃんがウロウロしてて、こっちも腹ペコなのに『他のヤツに食わせる予定の取り置き品だから食うな』って言われてるようなもんだ。
見境なく襲いかかったりしたくなければ、自粛して関わらないでおくに限る…」
とマリーに関して言及すると
「…『取り置き品』なるほど…」
とランドンは真面目な顔で賛同した。
「食事に誘ってたな『取り置き品』を」
テレンスがツッコミを入れると
「無心で接すれば良いんだ」
とランドンは独りウンウンと頷いていた…。
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『輝く浅瀬亭』での夕食時ーー
「…あーっ、ココに移って来たんだな…」
とランドンは目を丸くした。
テレンスは
「うん。確かにセキュリティーはシッカリしてるほうだろうが…そう安くない宿だぞ。誰かに勧められてココを選んだのか?」
とこめかみを押さえて呻いた。
何故かマリーが『浅瀬亭』の階段から降りてきて食堂に顔を見せたからだ…。
マリーは2人に気付いて
「ん?安くないけど私でも充分払い続けられる宿泊代ですよ?」
と指摘した。
その答えに
「「「えっ?」」」
と驚き固まるランドン、テレンス、ドウェインの3人…。
そこに割り込むように
「あっ!マリーちゃん、来てくれたんだぁ〜。良かったぁ〜」
と微笑む青年を見てランドン達3人は納得した。
マリーが
「あれっ?ハンフリーさんもこの宿屋に泊まってるんですか?」
と青年に話しかけるのを見れば
(((…この兄ちゃんがマリー用に充てがわれた候補の1人か?…)))
と背後にありそうな事情を理解できたのだ。
「モーリスさんが出資してる宿屋だし、経営者が親戚なんで売り上げ貢献のために宿泊してる。マーカスも一緒だよ」
と清々しく笑顔を浮かべるのがわざとらしい…。
「…つかぬ事を訊くが、マリーはこの宿屋の宿泊代を『一泊幾ら』払ってるんだ?」
テレンスが引き攣った表情でマリーへと尋ねると
マリーが口を開くより早くハンフリーと呼ばれた青年が
「モーリスさんからの紹介だから友達価格で済んでるんですよ。運が良かった」
と好青年風の笑顔を浮かべて宣うた。
要するにーー
「宿代を安く誤魔化してマリーを誘い込んだ」
という事だ。
(((アチコチに親戚や仲間がいる連中って、ホント、やる事汚ねえな…)))
とテレンス達がドン退きしたのにも関わらず
ハンフリーは【千本槍】の3人を気にも留めずに
「煮込み料理がお勧めだから食べてみて」
とマリーに向き直った。
「お肉大好きのハンフリーさんが勧めるのなら煮込み料理はお肉ですね?」
「うん。柔らかく煮て味が染み染みの肉がたまらない。一緒に頼もうか」
「何のかんのとモーリスさんの屋敷の厨房でも試食しまくってたじゃないですか、まだ食べれるんですか?」
仲良さそうに会話してるマリーとハンフリーがやけにキラキラと青春してるように見えて、テレンス達は遠くを見るような目になった…。
(…いやぁ〜…。こんな口元だけで笑って目が笑ってないイケ好かない男にマリーが誑かされるのは…ちょっと許せない…)
とテレンスがじわじわとキレそうになっているとーー
「なんで先に食おうとするんだよ」
と不機嫌そうな声が聞こえてきた。
「あっ、マーカスさん」
マリーが声の主の名を呼ぶと
「マリーちゃん。先程ぶり。仕事でも、仕事終わってからでも会えるなんて縁があるねぇ」
とマーカスが笑顔になった。
ーーが、次の瞬間には仏頂面でハンフリーに向き直って
「…お前はホント抜け駆けが上手いよな。ニコニコしてる割に人間性がオカシイって言うかさ…」
と低い声で呟いた。
「ん?」
マリーにはよく聞こえなかったようだが…
テレンス達にはバッチリ聞こえていて
(((もっと言え)))
と内心でマーカスに賛同していた。
「ーーで、そちらは以前ご一緒した【千本槍】のメンバーさんですよね?…以前は4人じゃありませんでしたか?」
とマーカスが首を傾げてテレンスに尋ねると
「ああ。2人抜けて1人入ったから3人になったんだ」
とテレンスが答えた。
「お前よく覚えてたな…」
ハンフリーが感心したが
「イケメンさんだしな。モーリスさんがマリーちゃんを引き抜く時に障害になるかも知れないって言ってたから覚えてた」
と、マーカスは肩をすくめた。
「おい…」
思わずランドンが口を出した。
「何だよ、その『障害になるかも知れない』って」
と訊くと
「女の子はイケメンが好きでしょう?マリーちゃんの本命がテレンスさんなんじゃないかって警戒してたんですよ」
とマーカスがシレッと答えた。
「……」
マリーは絶句したように沈黙した。
エアリーマスでモーリス達がストーカーさながらにマリーの身辺や経歴を調べているという話は聞いていたが…
調査だけでなく、勝手な憶測で対人関係を決め付けられていたのかと思うと、急に彼らの事が気持ち悪く感じられた。
マーカスがマリーの隣の席に腰掛けようとすると、マリーがスクっと席を立ち
「【千本槍】さんと食事の約束を先にしてたので、【千本槍】さんと食べます」
と告げた。
何気にマリーがテレンスの腕に手を伸ばしたので
「そうだったな」
とテレンスはマリーに合わせて、マーカスと離れた席へ向かった。
ランドンとドウェインも後に続いたが…
ドウェインは少し皮肉気に
「『好きは好きだが、人生掛けて貫けるほど重い好きじゃない』んじゃなかったのか?」
と囁いた…。




