カレー屋
新人冒険者用の寮はギルド会館の裏手にあるので、馬車はギルド会館の裏通りに停めてもらった。
「送っていただきありがとうございました」
と礼儀正しく頭を下げた私に
「いやいや、マリーちゃんが住んでる場所も分かったし、俺としても収穫が大きかった。こっちこそ有り難うな」
とレンが宣うて、私の頭を撫でた。
「ほんっと間近で見れば見るほど可愛いなぁ〜」
レンがデレっとした顔で言うと
御者台のほうから
「レンは手が早いから気をつけなよ〜お嬢ちゃん」
と声がした。
「…ジャガー、お前はいちいち横からうるさいんだよ。しょっちゅう俺の恋路を邪魔しやがって」
「アホか。何が恋路だ。お前みたいな『各町で現地妻よろしく素人女に手を出して何の責任も取らない』ヤリチンがいるせいで、世間様の護衛冒険者を見る目全般が厳しくなってるんだよ。
真面目な普通の護衛冒険者の社会的地位を底下げしておいて自分を美化するんじゃねぇぞ」
「何だよ。妬みか?モテない男はそうやって恋多き男を貶して陥れようとするからな。嫁がいるくせにいちいち独身を妬むのは見苦しいぞ?」
「うるせぇ」
2人が口喧嘩をし出したので
「では、これで」
と言って私はそそくさその場を後にした。
因みにレンとジャガーの鑑定は
「レン・ブラックウェル:30歳:エクストラスキル【一部能力向上(中)】:コモンスキル【詐術】【聴取術】」
「ジャガー・ブラックフォード:30歳:エクストラスキル【一部能力向上(中)】:コモンスキル【交渉術】【気配隠蔽】」
という結果だった。
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モーリス・ブラックウェルが
「カレーを提供する食事処を出す」
と言っていたのを気にはしていたが…
翌日には早速
「指名依頼が入ってます」
と言われた。
(もしかして…)
と思った通り、モーリス・ブラックウェルからの依頼だった。
行ってみると
「Eランク冒険者へ出す依頼なので実際にやってもらいたいアドバイスや監修を依頼名目に出来ませんでした」
と謝られた。
私を前にした時のモーリスはいつも「善い人」だ。
それでいてエアリーマスでは私の事を身辺調査して嗅ぎ回っていた。
どこか胡散臭い人間でもある。
昨日いた「レン」「ジャガー」とは別の護衛を従えているので
(見た顔だよな…。名前なんだっけ?…鑑定しとくか)
と思い
鑑定してみると
「マーカス・ロックフォード:20歳:エクストラスキル【一部能力向上(中)】:コモンスキル【索敵】」
「ハンフリー・ロックウェル:21歳:エクストラスキル【一部能力向上(中)】:コモンスキル【嘘発見】」
と出た。
思わず【嘘発見】スキルの名を目にしてギョッとしたが、コモンスキルなので、そこまでのものではないだろうと思い出す。
どうやらスキルは余程スキル熟練度が高くないとコモンスキルで出来る事は少ない。
【嘘発見】なども心音やら視線の動きやら呼吸の不自然さやらで嘘を見抜こうと後天的に身に付けた技術の筈。
(ロックフォード家のマーカスさんに、ロックウェル家のハンフリーさんだね。覚えた)
レンとジャガーが20代後半くらいの見た目で30歳だったのに対して、この2人は若い。
(2人1組で動く時には歳が近くて連携もスムーズにできる者同士で組むという事かな)
と、何となく彼らの労働環境は分かった。
「早速ですが、改装中の店内を見ていただいてアドバイスを頂ければと思います」
とモーリスに言われて、くだんの店舗へ向かう事になった。
店舗は元々食堂だった建物を買い取って改装したもの。
煉瓦作りの二階建ての建物。
大通りから横道に入った所にあるので人通りもそう多くない。
少し先が住宅街になってるらしく、治安が悪いという事もない。
場所的には
「庶民向けの食堂」
が有るのが自然な立地だと言える。
そこに香辛料を使った高価な料理を出す店をオープンさせるのは
(私だったらやらないだろうなぁ…)
と思うのだが…
(何か考えがあって、そうしてるのかも知れないな…)
とも思う。
だが
「幾らくらいの値段で料理を提供なさる予定ですか?」
という点はシッカリと訊いておきたい。
「香辛料を使った料理ですので安くは出来ませんが、庶民が月に一度のご馳走という感覚で訪れる事の出来る『庶民向けの贅沢』店にしたいと考えています」
「…それは…。もうちょっと何とかなりませんか?例えばですが、カレーをパン生地で包むとかして『女性の拳大のパンの中にカレーが入ってる』ような料理にして、付け合わせに低コストの野菜料理をつけてワンプレートで出すとか。
夜はモーリスさんが言うように『庶民向けの贅沢』店の様相で、昼は『日々の自分へのご褒美』感覚で手軽に食べられる雰囲気を演出したら良いんじゃないかと思います」
(日本ではカレーパンをナイフとフォーク使って食べたりしてなかったけど、そういう食べ方もありだと思うんだよな…)
「昼と夜とでコンセプトを変えようという訳ですね!」
「はい。お昼から高級料理を食べる人はあまり居ないと思います。
ですが高級なお店が昼間だけ安く料理を提供してれば『どんなものか試しに食べてみたい』と思ってくれる人達も出てくると思います。
そういった新しいもの好きな人達を引き寄せるために時間帯に応じて値段の面でハードルを下げるのが『先ずは知ってもらう』工夫として必要だと思います」
「…それは、おそらく香辛料を使った料理だけでなく、他の高級料理にも当てはまる事なのかも知れませんね」
「はい。『先ずは知ってもらう』のが一番大事なのではないかと」
「マリーさんはワンプレートで出す低コストの野菜料理にはどのようなものをお考えですか?」
「特に定めず、季節によって変えるので良いと思います。冬には葉物野菜は採れないし、夏は葉物野菜は安いし、その時々で入手が楽な安い野菜を使うので良いと思いますよ」
「野菜料理には私は詳しくありません…」
「東部特有のレシピになるのかも知れませんが、香り付けに耐寒性のあるハーブを使う事で冬に食べる根菜類なども飽きずに食べ続けられます。
ハーブは小さな菜園でも育てられますし、輸入物の香辛料と相性の良いものを見繕っておきましょうか?」
「是非、お願いします」
「カレーの味も夜用はもっと深みが出るように香辛料を使ったソースを作って、少量足すようにすると昼用のカレーと味に差別化を付けられると思います。
ソースに使う香辛料と果物も後でレシピとして書いて渡しますね」
「是非、お願いします!」
ソースのレシピを渡すと言われて余程嬉しかったのかモーリスの鼻の穴が広がっている…。
私は少し退きながらも
(せっかくのカレー店だし、ちゃんと人気店になって欲しいよね…)
と思い、協力を惜しまないつもりになっていた。




