企んでる訳じゃない
「…次世代の人材を育てるって課題はどの家でも重要な課題だと思うが、サックウェル家のような腹黒一族はある意味で立派に世代交代に耐え得る連中を育てて来てるって思うぜ。
一方でハートフィールド公爵家はギデオン様以外はてんでダメだな。あの一族を見ると『優秀な者が優秀な子孫を生み出すとは限らない』と、つくづく分かる。
自他共に厳しい人間が我が子可愛いさ、孫可愛いさで、『嫌われたくない』という思いから躾に迷いが出ると、人材育成に失敗するっていう顕著な例なんじゃないか?」
酷い言いようだがーー
レンにとってはリオンもシミオンも「小物」なのだろう。
よく事情を知らない私にすらリオンは「小物」に思えた。
(…そう言えば、リオンが私の悪口を令息達に触れ回ったとして、本当に皆が皆リオンの話を鵜呑みにしたりするのかな?)
「ジュニパーって子とプリムローズって子も平民でスキルがレアだからって連れて来られた子達だったんですよね?
リオン様はああいう子達の事は悪く言ったりしないの?」
私が素朴な疑問を呈すると
「おっ、マリーちゃんもその辺は気になるよな?」
とレンがニヤニヤ笑いを深めた。
「………」
「上面しか見えないお子様というのは『上面しか見えないヤツに偏見持たれて差別される苦痛』を全く理解できないから延々と上面しか見えないお子様のままで居続けられるんだろうな…。
俺から見たらジュニパーもプリムローズも相当な性悪だね。まぁ、こっちがしがない護衛冒険者でしかないから、あのメス餓鬼どもも本性を隠さずに素をさらすって事なんじゃないか?
ああいうのに媚びられて猫撫で声で擦り寄られて満更でもないと思ってしまえる人間は、驚くほどに悪趣味で、本気でああいうのが好きなんだろうな。
リオン様にくっ付いてるブロックなんかも完全に騙されてる感じだな」
「…やっぱり同年代の男は嫌いだ…」
「若いうちはバカだから、欲しくもないものを欲しいと思い込ませられたり、欲しいものを欲しくないと思い込ませられたりするんだよ。
男は特にバカだから、優しくしてやるべき可愛い女子に対して自分が何をしたいのかさえ自覚できず衝動のままに突っかかったりもする。バカの極みだ。
…俺も覚えがある過ちなんで、正直、俺もリオン様達を笑えないが…。
自分自身を理解できてないお子ちゃまはトチ狂った行動をとる生き物だ。
ゴミを宝物のように大事にして、宝物をゴミのように捨ててしまう。
ずっと後になってから冷静になって、その事実に気がつくんだが、どんなに後悔しても遅い。
そんな後悔が強烈であればあるほど『ゴミと宝物を取り違える過ちを繰り返さない』という決意も強くなる訳だから、素直じゃない餓鬼が素直になるに際しての通過儀礼みたいなものなんだろうな」
「関わりたくないですね…。そういう倒錯したお子ちゃまには」
「だが、どこにでも居るだろう?倒錯した人間は。お子ちゃまの場合はどんなロクデナシでも誰かしらが諭してやる事もある。
その甲斐あって成長できる可能性もある。これが大人で倒錯してる人間だとそうはいかない。凝り固まって歪むだけだ」
「リオン様は人間的に成長できる可能性があると?」
「さぁな。ジュニパーやプリムローズのような裏表の使い分けが上手い人間を好ましく感じてるようじゃ、正論で諭す声も耳に入らないかも知れない。
そもそも裏表の使い分けが上手い人間が悪質な人間性のまま社会的に通用するのは、その手の人間に対して道理を説くべき人間が表の顔に騙されて指導もせずに受け入れているからでもある。
人は生まれながらに人間性を持ってる訳ではない。初めは猿のような人間未満の幼児性のエゴで生きている。
そこから『社会的な態度の相場や妥協の必要性を教わる』事で人間性を培い真に人間になっていく。
そういった人間性の伝授を行わない、行えない指導者のせいで、反社会性へと流されていく者達も多い。
男が飽きた女の嫉妬に対して『お前の敵意と攻撃性が俺に向けられない限りは俺はお前の陰湿さを許容する』という態度を取って、飽きた女の負の情念でさえも矛先を操って利用するのも似たようなものだ。
我が子に興味のない親が『お前の敵意と攻撃性が俺に向けられない限りは俺はお前の陰湿さを許容する』という態度を取って、我が子の負の情念でさえも矛先を操って利用するのもまた似たようなものだ」
「当人の言動や在り方と無関係にポジションのお陰で何でも肯定される人達を成長させるのは大変だ、という事は分かります」
「貴族家本家の坊ちゃん方や嬢ちゃん方は『親から叱られた事がない』者も少なくない。貴族家本家の夫人なんかもだ。
貴族には『興味がないから叱ったり諭したりできる程に自分の妻や子供達を見てない』御当主が多いって事だ。
『お前の敵意と攻撃性が俺に向けられない限りは俺はお前の陰湿さを許容する』といった許容を愛情だと錯覚させて家族の絆を繋いでいる貴族家なんてものは下々にとっては迷惑千万なんだがな。
『身内の人間性を高める必要性』すら理解できないなら、そういった道理も理解できないんじゃないのか?
シミオン様もリオン様も公爵家の令息ではあるがハートフィールド公爵という南部貴族の頂点に就いてる訳じゃない。
だから俺達の方でも『必要なら』道理を説いてやる事もできる。だが公爵に対しては俺達は物申せる立場にない。
それをやれば社会的にも物理的にも首が飛ぶだろう。
サックウェル家が偉いのは『ハートフィールド公爵位にどんなバカが就いてもハートフィールド公爵派が安定的に治世を行えるようにと意図してるかのように動いている』所だと思う。
そういう所はおそらくブラックウェル家でも見習うべきなのかも知れない」
「…派閥の最高位を傀儡化させる管理職による組織化は『治世の安定のため』『あくまでも民のため』である場合には必要なのかも知れませんね。
最高位に就けるポジションに生まれついた人達が必ずしもそのポジションに見合う器に成長しない事も多いでしょうしね」
「ああ。権力の頂点の傀儡化は『あくまでも民のため』という大義名分によってのみ正当化される。
おそらく問題はその大義名分がそのうち蔑ろにされていく点だろうな。
『どんなバカが公爵位に就いてもウチの派閥が立ちゆくように』と組織化された者達自身が世代交代を経て劣化して、ソイツら自身が『バカしかいない』状態になったら『民のために組織化されたコネクションが逆に超過搾取で民を害するようになる』だろう?
サックウェル家がそうならないように、他の家々で監視しておく必要はある。
せいぜいサックウェルの一人天下にならないように他の家々もそこそこの影響力を保持し続ける事によってな」
「…人間不信になりそう。要するにレンさんはサックウェル家は私に対して『公爵家へ仕えるように』と言って、公爵家へも『レアスキル持ちを重用するように』勧めておいて、実はそれは形だけのもので本当は私をサックウェルで囲い込むつもりだったって言いたいんでしょう?」
「そうだ」
「そういう話を聞かせて、私を人間不信にして、一体何を企んでるんですか?」
「企んでる、という程何か企んでる訳じゃない。単に俺はウィングフィールド公爵家の血筋のスペックの高さに対して『どの程度のものなのか』気になったから、『バカでは理解できない話』を振ってアンタの反応を見ただけだよ。
予想通りにアンタが可愛いだけじゃなく賢くて嬉しいよ。ローズマリー嬢」
「………」
(食えない男だなぁ…)
レンの表情は助平そうに緩んでいて、二人きりの馬車の中で隣に座って、手を私の太腿の上に置いている。
それでいて言葉と目に宿る光は態度を裏切って鋭い。
(お子ちゃまよりはマシなんだろうけど。…こういう男も面倒くさそうだよな…)
と思った…。




