性格の悪さ
「貴族の跡継ぎ相手に婚活なんて、マリーちゃんも嫌気が指してただろう?とっとと帰ろうぜ。ちゃんと送るからよ」
そう言われて腕を引っ張られた。
名前も思い出せない相手に馴れ馴れしくされるのは御免こうむる所だが…
さわるな!と拒絶して事を荒立てて良いものか判断に迷う。
「それにしてもリオン様も短慮だなぁ。本当にギデオン様に食って掛かって、マリーちゃんみたいな子をみすみす逃すなんて、勿体ない話だ」
「レン。あまりがっついて馴れ馴れしくしないでおくれ。マリーさんが退いてる。君はもう少し女性との距離の詰め方に気を付けた方が良い」
「モーリスさんみたいにいい歳して独身って人生にならない為にも俺は自分の気持ちに正直に生きるようにしてるんですよ。
戦闘職はそれこそ命張ってなんぼの仕事ですからね。いつ死んでも悔いの残らないように楽しめる時に楽しみたい。
当然、遠慮せずに突っ込む。女性相手にもね」
「…マリーさん。祝賀会は始まったばかりなので私はまだお暇できませんが、また後日お目にかかりましょう。
レンは送りオオカミにならないように丁重にマリーさんを送って差し上げなさい」
モーリスは護衛に告げると宴会場のほうへ足を向けて去って行った。
(モーリスさんはこの護衛さんを「レン」って呼んでた…。そう、確か、この人の名前は…レン・ブラックウェル?…モーリスさんと同じブラックウェル姓の人がいた筈だ。近い親戚なんだろう…)
「…レンさん。門衛に武器を返してもらえれば戦えますから、1人で帰れますよ?」
と言ってみるが
「悪いなぁ。雇い主のモーリスさんに命じられた事はちゃんと言われた通りに従わないといけないだろう?
こっちも任務放棄と見做される愚は犯したくない。それに口説くチャンスくらい欲しい。
別にアンタの嫌がる事をするつもりはないんだ。素人女性とのメイクラブは『双方の合意』が絶対条件だからな。
世間的なルールを無視して無理強いする程ヤボじゃないつもりだ。そこは安心してくれ」
と軽くいなされた。
(強引な人達だな…)
客の行き来のない回廊を抜けて馬車が幾つも停められているロータリーまで来ると、小型の機能的な馬車をレンが指差し
「あの馬車だ」
と言った。
どうやらモーリスが乗ってきた馬車で私を送って、またここに戻ってくるつもりらしい。
「忘れ物とかは無いですか?お嬢さん」
と御者台から降りてきた冒険者風の男に訊かれた。
この男も見た顔だ。
モーリスの護衛の1人。
「門衛から武器を取り返してやってくれ。投擲用の石や金属製の小さい玉だったよな?」
レンがそう指示すると
「了解」
と男が頷いた。
馬車の乗り口前に踏み台が置かれて
「どうぞ」
と言われて少したじろいだ。
今まで馬車なんて幌付き荷台にそのまま乗るか、木箱に積められて乗るかだったので、普通に座席のある小型馬車に乗るなど初めてだ。
(中流階級っぽい…)
と感じて、少し感動した。
ロータリーをグルリと回って城門の方へゆっくり馬車が進む。
(また身体検査されるのかな?)
と思いきや、馬車に乗ったままで済んだ。
「預けていた荷物の受け取りをしたい」
とレンが言うと、すぐさま荷物を返してもらえて、そのまま通過…。
「馬車で乗り付けた人達は身体検査されたり武器を取り上げられたりしてないんですか?」
と思わず尋ねると
「されるさ。通算100回くらいは身体検査され続けて、それで『何も無かった』という信用を積み重ねることで、やっと顔パスで通れるようになるんだ」
との事。
「それって武器持ってる護衛さんに関しての話ですよね?…貴族の令嬢とかも皆身体検査されてるんですか?…嫌がらないんですか?」
「ああ、貴族令嬢の場合は身体検査は無いな。平民の女の子だけが見るからに武器も持ってないのに念入りに触られるんじゃないのか?
あと、平民でもババアの身体検査は手抜きだしな。その点、マリーは災難だな」
「………」
「世の中、不条理なものなんだぞぉ?知ってるだろ?」
「はい。そうですね…」
「アンタも苦労して来てるんだろ?俺達の所まではアンタに関する詳しい情報は共有されてないが、エアリーマスで一悶着あったって話は聞いてる。
【清掃】【調理】スキルがあって高ランク冒険者パーティーの拠点で家事してたのに、『寄生してる』って決めつけたバカ女や糞ガキにやり込められそうになったんだって?
俺達も【千本槍】と一緒に商隊護衛してる時は『マリーちゃんは【千本槍】の兄ちゃん達の所有物』って思い込んでたから他人の事は言えないが…。
エアリーマスでのアンタの身辺を詳しく調査した限りではアンタが売春まがいの事をしてた証拠は一切なくて、逆に身持ちが堅いって証言が多数出てた。
リオン様が未だに変な勘違いをしてるのも『情報がちゃんと共有されてない』って事なんだろうが…。
お陰で『高嶺の花』のアンタが坊ちゃん達との婚活の場から蹴落とされて転がり落ちて来てくれた。俺にとっては有り難い」
「…『情報がちゃんと共有されてない』とか、そういう事があり得るんですか?」
「そういう事はしばしばある。人の上に立つ人間は下の者達にも欲があって敢えて情報に偏りが生み出されている事に注意を払うべきなんだ。
自分の利益のために特定の情報を隠しておいて『訊かれなかったから話すのを忘れていた』だのとホザいて、それで通用させる輩は多い。
サックウェル家の連中は騎士団と冒険者ギルドを掌握してる。騎士団は公爵城の中に司令部も訓練場も寮もある。
リオン様は騎士団の訓練場で騎士達と一緒に訓練されている事も多い。
サックウェル家の連中はリオン様と話をする機会など幾らでもあった筈なんだよ。
それなのにアンタの事をリオン様にちゃんと伝えていなかった。
リオン様がアンタを毛嫌いして、アンタの悪口をシミオン様始め他の令息達に触れ回る事を予め期待してたとしか思えない。
『レアスキル持ちの女子をちゃんと坊ちゃん達の側室候補として献上しようとしました』『坊ちゃん達のほうから断られました』という手順を踏んでおけば、アンタの事もアンタのスキルもサックウェルで独占できる。
アイツらはそういうエゲツナイ手口で欲しいものを手に入れる一族だし、それを知った上で使いこなすのが公爵家でなければならないんだが…。
リオン様にそういった他人の思惑を読み切る思慮深さは無さそうだ」
「…サックウェル家の人達って、そんななんですか?」
「アンタが貴族様の側室になりたいって思ってたなら、連中は乙女の夢を打ち砕いたクズだが。
そういうのに拘らないんなら、踊らされるリオン様や、そのリオン様の言うことを鵜呑みにする令息達のほうがアンタに相応しくなかったって理解できる筈だぜ」
「みんな性格悪いんですね…」
「権力の末端にぶら下がって身を立てていくって事はそう言うことさ」
レンは何が楽しいのか、ニンマリと笑った…。




