恩返し強要という呪縛
ハートマーク以外のアイコンもどんなアプリケーションなのか確認していったところーー
歯車マーク…設定
ハートマーク…ヘルスケア管理
脳マーク…メンタルヘルスケア管理
本マーク…鑑定情報の保管庫
杖マーク…「使用可能魔法一覧」
となっている事が分かった。
鑑定で見た情報が本マークのアプリケーションで自動保管され、「整理」する事で百科事典のように出来るというのには驚いた。
脳マークのアプリケーションに関しては正直使い方がイマイチよくわかっていない。
ただ
「ストーカー」
「トラッカー」
などといった項目があり
「プロファイリングの阻止」
「プロファイリングに基づく投影干渉の阻止」
などといった物騒な言葉もある。
(タブレット表示された言葉の「鑑定」は出来ないものだろうか?)
と思い「鑑定」してゆくと、ちゃんと結果表示された。
それを読んでいくと、どうやら
「物理的にターゲットの行動・言動を観察する」のが「ストーカー」
「ターゲットの興味や関心の矛先を観察する」のが「トラッカー」
という事らしい。
困った事にストーカーもトラッカーも
「プロファイリング」という名の偏向分析で偏見を当人の中で作り出してしまうもののようだ。
更には「プロファイリングに基づく投影干渉」というものも行うようになるので、その影響下から抜け出すなり、影響力を無効化しないと、「投影された通りに自分自身が変化させられる」ような事も起こる、という事らしい。
所謂ピグマリオン効果やゴーレム効果だろう。
正直、気持ち悪いので…
「プロファイリングの阻止」
「プロファイリングに基づく投影干渉の阻止」
と書かれた所をタップしておいた。
インターネットのセキュリティーに該当する機能が、インターネットが存在しない筈の世界で使える事には疑問を感じるが…
「生き物の脳は無自覚のまま潜在意識を通じて生体インターネットで相関し合ってる」
と思うと、この機能も腑に落ちる…。
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(…タブレットを稼働させて魔法も発動させるエネルギーの事は「魔力」と呼ぶのが一番しっくりくるし、今後は「エネルギー」を「魔力」と呼ぼう…)
朝起きて最初にそう思った。
不毛な被搾取生活を相変わらず送りながらも、脳内はすっかり魔法一色に染まっている。
ハートマークアプリで栄養補助食品とサプリメントを出し、魔法で水を出して早速朝食を摂った。
(昨夜も思ったけど、美味しいよな…)
と思う。
(食べ物・飲み水確保出来るんだから、バリアーが作れるようになったら、いつでも出奔できるな…)
清々する…。
唯一の気掛かりは
(きっとノラとネリーは私を「恩知らず」とか思う事になるんだろうなぁ…)
という事だ。
生後1年間乳を飲ませてもらった。
生後1年後頃には独りで立っていたし、離乳食らしきふやかしたパン切れを独りで食べてたし、そこまで世話になってはいないのだが…
「育ててやった恩がある」
とノラは事あるごとに言う。
怪我をしたり病気になった時も放置。
医者に診てもらった事もなく薬をもらった事もない。
犬や鶏と同じ。
餌をやるという以上の世話は無し。
育てばひたすらタダ働き。
そこに本当に
「恩があり、恩返ししなければならない義理がある」
のか…。
私には分からない。
当事者で知人も少なく狭い世界で生きてるからこそ
「相場」
が分からない。
同じ状況にある他の人達が皆本当に
「そこには恩があり、恩返ししなければならない義理がある」
と思うものなのだろうか?
分からない。
だけど騙されたくない。
他の使用人達に
「私は本当にノラに恩があって恩返ししなきゃならないのかなぁ?」
と訊こうものなら
「恩はある。恩返しするのが当たり前だ」
と言われるだろう。
ノラは気が強いので周りは
「下手に揉めて逆恨みされるのは避けたい」
と思っているフシがあるのだ。
周りの日和見主義に付け込んで立場の弱い者を食い物にする人間は大抵周りからも苦手意識を持たれて嫌われている。
なのに嫌われる事で起こるデメリットをこうむっていない。
「私を不利にするヤツは恨んでやる」
という潜在的脅迫でデメリットを封じている感じだ。
(…出奔したところで本当に私が「不義理な人間」なのかどうか分からないけど、ノラは必ず私を「不義理な人間」と見做して恨みそうだ…)
という事だけはシッカリ分かってしまう…。
(まぁ、気にしても仕方ない…)
だけど気にしないと決めたからこそ
(出来る事をしておこう…)
とも思ったのだった。
昼食前に汲み水で手を洗う時間に川までひとっ走りして
「道端の草の中に薬草が無いかどうか」
鑑定で調べた。
(仕事が終わってから「夜目」を使って薬草を採取しよう…)
とだけ思い、川で手を洗って素早く撤収。
一日の仕事を終えてから再び川までの道を歩いた。
「夜目」で見ると薬草もよく見える。
鋸草を見つけていたので採取した。
魔法で乾燥できる。
魔法熟練度も着々と上がってるらしくて
「付与」
「剥奪」
の魔法がグレーアウト状態から開放されていたからこそ
「薬草にヒール効果を付与して、怪我に効く薬草だと言って渡しておこう」
と思いついたのだ。
(これが「恩返し」になるかどうかは分からないし、多分ノラは「こんなもの、恩返しの内に入らない」と思うんだろうけど…。私は自分のできる事をしておきたいだけだし、もうこれで良いんだ…)
と納得する事にした。
「御都合主義的多情多恨」とでも呼ぶべき性格の人達は相手の状況を勘定に入れずに、大きな賠償や大きな恩返しを平気で要求する。
(…私がもっとバカで頭が弱かったなら、ノラみたいな人を本気で「良い人だ」と思って好きでいられたのかも知れないな…)
私はネリーより遅く生まれているが同じ歳だ。
だからこそ比較が起きる。
ネリーはノラの子供だ。
実の子だ。
だから私に対する待遇とネリーに対する待遇が違うのは当たり前。
だけど
「待遇格差を見せつけられる」
ような事態を
「何とも思わずにいられる」
ような精神の成熟を子供時代の私は持たなかった。
(…親のいない子供の惨めさを、ノラもリックもネリーも見せつけてくれたんだよね…)
と苦い想いが胸をよぎる。
ノラと違ってニックはリックにもネリーにも淡白な態度の人だった。
「子供より自分自身が大事」
と思ってるのが客観的に丸分かりの父親。
ほぼ何の感慨も生まれない「ノラの旦那さん」という程度の位置付け。
乳をもらった訳でもオムツを替えてもらった訳でも無いので、ニックには別に何もあげなくて良いだろう。
割り切る事にしてスッキリした気分で薬草に目を向けた。
薬草を乾燥させてパリパリにしてから細かく千切る。
千切った薬草にヒール効果を付与。
厨房でもらった瓶を浄化して薬草を詰めた。
鑑定してみると、薬草はお茶にしても、直接飲んでも湿布にしてもヒール効果が得られると鑑定結果に出たので
「役には立つよね。間違いなく」
と自分でも満足した。