増員用派遣労働者
「とにかく、ギデオン様付きの侍女として合格祝いの宴会に参加するように」
と、しつこく念押しされて渋々ハートフィールド公爵城へ行ってみる事になった…。
騎士団寮が公爵城内にあったので
「城の一部分には立ち入った事がある」
形になる。
剣などの刃物の持ち込みは禁止されているので、冒険者の格好をしていても、素材剥ぎ取り用に持ち歩いているナイフは門衛に強制的に預けさせられる。
私の場合、主な武器は石。サブでパチンコ玉。
「刃物ではない」
と見做されて本来なら取り上げられる事はない筈だが
「不審物」
扱いでやはり取り上げられる。
服以外には何も身に付けられない状態で入門時にチェックされる。
出る時は出る時で「何も盗んでいないか」チェックされる。
服の上から身体を触られる身体検査。
問題なければ取り上げられていた物を返してもらってそのまま帰れる。
…結構面倒なのだ。
こちらがイヤイヤ来てるのを察知してるからなのか…
城門を抜けて城の中に入ると侍女長がすっ飛んで来た。
やたらと
「申し訳ありません」
を連発してくれる。
(…今までこんな腰の低い上級使用人は見た事がない)
と断言できるくらいには腰が低い。
お仕着せを持ってきて
「どうか着替えてください」
と、しつこく言い聞かせられた。
ワガママな子供の駄々捏ねに対して決して怒鳴らず怒らず
ただただしつこさで根負けさせて言うことを聞かせる
そんなしつこさ勝負を勝ち抜いてきた大人といった感じの女性。
私は
(…何だか自分がワガママな幼児にでもなった気がする…)
とガッカリしながら、お仕着せの服に着替えた。
上級使用人用のお仕着せは、来客時などの外向き用と、普段使いとでは色も豪華さも違う。
普段使いのお仕着せは灰色の服に生成りのエプロンだが、外向き用はドラマや小説のイメージみたいに黒い服に白エプロン。
私に渡されたお仕着せは後者。
(コスプレ感覚で微妙に気分が昂揚する…)
と思いつつも…
着々と絶対遭遇したくない相手と遭遇させられる方向へ流されていってる(?)気がして不安になる。
(私はマゾにはなれないなぁ…)
と、しみじみ思う。
不安になるのがイヤなので、不安になる事態そのものを避けようとする。
不安は慢性化すると、次々不安要素を自分から引き寄せてしまう事がある。
ネガティブな物の考え方をするネガティブな人達は不機嫌に他人と接して怒らせてしまい復讐心を持たれて嫌がらせを受ける。
逆に不機嫌な状態で他人と接して怒らせた事自体に逆ギレする人達は「関わること自体が災難」な地雷人間に成り下がってしまう。
ならば不安になる前に回避行動を取るのが一番無難だ。
他人と話す時にも威圧的にならず淡々と事務的に必要事項を話す。
不必要に近づく事もなく不必要に揉める事もないように。
「共闘の可能性を温存する」
べく
「ストレスを持ち込まない誠実で機械的な関係性を維持する」
に限る。
そういった無難さを望む社会的対応を突き詰めたのが…
日本風の淡白な愛想の良さなのだと思う。
「関わること自体が災難な相手を早目に見抜き関わらずに済ます」
という考え方。
それを崩すのは、どこかマゾ的かもしくはサド的だ。
食い物にされても構わないと思うか
相手を食い物にしてやれと思うか
いずれにしても
「因縁を作り出す気満々」
だから
マゾやサドは
「負の化学反応」
が起こる相手へと積極的に向かっていく。
私的には、そういう
「負の化学反応」
へと向かう積極性は理解できないし理解したくもない。
私は侍女長に対して
「増員用派遣労働者が必要なのは、侍女ではなくて料理人では?そちらに回りましょうか?」
と親切ごかしに尋ねるが
「申し訳ありません。大旦那様のご指示は絶対ですので、わたくしどもの方では何が適切なのかを検討したりする権限はございません」
と丁寧に一刀両断された。
大旦那様のご指示は絶対です
どうぞ
どうか
そう言って頭を下げて丁寧に接しているが…
こういう人は
「指示された通りになるまでしつこく要求し続ける」
ものだ。
(…こういう人にとっては「自分が無難に過ごすこと」が何より大事で「他人が無難に過ごせなくなること」に対しては無頓着なんだな…)
と分かってしまう。
悪人ではないのだろうが決して善人ではない。
まるでロボット…。
(日本もこういうタイプの人が多かった。というか「愛想が良くて腰の低い日本人」の殆どがこういう融通が効かないタイプだった気がする…)
私は侍女長の誘導に従い、諦めの境地に至って、その後は言われるがままに振る舞う事にした…。
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先代公爵はギデオン様とか大旦那様とか呼ばれている。
その老人と対面したところ、流石にすごい迫力があった。
心理戦蔓延る貴族社会で揉まれ続けると、人間、歳を重ねるごとに表情に苦悶の皺が刻まれるのか…
若い頃には美男子だったであろう整った顔立ちには厳しい印象を醸す皺が深く刻まれていた。
「なるほど、お前が例のスキルの…」
と私を値踏みするように観察してから
「若い連中の好みも色々だろうからな…」
と呟いたと思ったら興味を無くしたように、その後は無視された。
どうやら貴族にとっては平民も使用人も
「自分が注意を向ける時だけ都合良く目の前に召喚されるべき存在」
なのかも知れない。
下がって良いと言われなければ下がって良いのかも分からないが…
自分から話しかけてはいけないと言い聞かせられているので…
(下がって良いんでしょうか?)
と尋ねるように侍女長に目を向けたところ、コクリと頷いてくれたので、ソロソロと後ずさりし先代公爵の前からしりぞいた。
エアリーマスのギルマスの話ではサックウェル家は
「公爵家に『護衛兼毒味役の侍女兼治癒師』として仕えさせたい」
という意向だったようなので
ハートリーに住んでいるのが先代公爵だというのなら、私はこの先代公爵ギデオン・ハートフィールドに仕える事になる。
(…でも、先代公爵から見て私は「要らない子」扱いのような…)
(護衛も毒味役も侍女も他の人達が役目を果たしてるんだろうし、唯一代えが利かなそうなのが治癒師だけど、そこまで求められてるように見えない…)
着飾った人達がボチボチ城内へ入って来ている。
私の気分はさながら結婚式場のスタッフだ。
招待されてない人間が紛れ込まないように執事が護衛と共に受付についている。
観察してみると侍女達もあくせく働いてる人もいれば、招待客に擦り寄って話しかけている侍女もいる。
後者は明らかにマナー違反だが、咎められている風もない。
馴れ馴れしくされてる当人と周りが許容するなら使用人も貴族に馴れ馴れしく振る舞って良いものらしい…。
(釈然としない…)
と思いながら見ていると
「彼女達はレアスキル持ちです」
と普通の侍女の1人が耳打ちしてくれた。
(…レアスキルって一体どんなスキルなんだろう?)
と興味が湧いたので思わずアーツの鑑定を使って見てみると
「ジュニパー:17歳:エクストラスキル【翻訳】」
「プリムローズ:16歳:エクストラスキル【育成】」
と出た。
(【翻訳】ね…。【魔法】スキルに備わっていたアーツの言語理解とどう違うんだろう…)
謎だ。
大半の人間が【一部能力向上】スキルを授与される世界だ。
それ以外のスキルだと「ハズレ」以外はレアスキルに該当する。
勿論【一部能力向上】も(大)や【2倍の加護】だと上等枠に入る。
(フェザーストンからエアリーマスまで旅してる時に「エクストラスキル【従魔術】、コモンスキル【カウンセリング】」を持ってる冒険者を見かけてレアスキル持ちだと思ったものだったけど…。私の基準とは違う基準で【翻訳】や【育成】がレア判定なんだろうなぁ…)
見た目も可愛いし、充分に玉の輿を狙えそうな子達ではある。
だが不意に私と目が合うと、その表情は険しく、可愛い気のカケラも見られなかった。
裏表の使い分けがある人達のようだ…。
裏表の使い分けで成り上がりたいのなら人目がある場所で敵意を視線に乗せるのはどうかと思うのだが…
(でもまぁ、若い男というのは基本的に人を見る目もないし、そもそも裏表を使い分ける陰湿な人間が「人々の素朴な共同体意識を壊してしまう」事の問題点を認識すらできないだろうし。…男性の前でニコニコしてる女性が好きなんじゃないかな…)
私は知人も居ない。
客達と話をするどころではない。
普通の侍女達のように料理を運んだり、受付を済ませた招待客を控え室やトイレへ案内する。
特に人目につく事もないので、このまま宴会が始まって無事に終わるのだろうと思った。
ーーのだが。
「…何故、お前のような人間が此処に居るんだ…」
という声がして
(えっ?誰の事言ってるんだろ?)
と思って振り返ると
声の主らしき少年は私を真っ直ぐ見ていて
どうやら「お前のような人間」とは私を指す言葉のようだった…。




