気疲れするホワイト労働
伯爵邸の清掃の監視には下級使用人の女中頭がつくのだろうと思っていたが…
いざ行ってみると、侍女長が待っていた。
そこで私は
(あっ、当主夫妻への報告とかがあるからだろうな)
と思い至った。
侍女と違って女中は下級使用人。
女中達のリーダーとは言え
侍女や執事のように直接当主夫妻と話をする機会はない。
侍女や執事のような上級使用人は、当主一家と下級使用人達との橋渡し的な役目も果たしている。
侍女長を見ながら
(このオバサン、さぞや信頼されてるんだろうなぁ)
と思い
「宜しくお願いします」
と頭を下げた。
早速、トイレや浴室のような水回りから清掃に入る。
トイレは狭いし、臭いので、流石に独りになれたので真っ先にピュリフィケーションで臭いの元凶を殺菌した。
クリーンアップで劇的に綺麗にしても文句は言われないだろうが、余りにも早く清掃が終わると怪しまれる可能性もある。
少し「手動感」を出すために、わざとドアをゆっくり水拭きしてからトイレを出た。
「確認しても宜しいですか?」
と侍女長に尋ねられて
「どうぞ」
と頷くと侍女長はマジマジとトイレの中を眺めた。
「…あり得ない」
と呟く言葉は失礼だが…
ケチの付けようが無いと初っ端で痛感してくれたのか、その後は無言になった。
屋根裏付きの3階建ての屋敷なので、住み込み使用人の数も10人程いる。
トイレは当主一家用と、上級使用人用と下級使用人用の3箇所あるので、先にそれらを全て清掃。
浴室は下級使用人用はない。
当主一家用と上級使用人用の2箇所のみ。
浴室と脱衣所はそれこそ金目の物もないので侍女長は邪魔にならないように廊下で待機。
その間も自由に魔法が使える。
手動掃除と魔法掃除の大きな違いは天井や天井近くの高所まで魔法は綺麗にしてくれる点だ。
勿論、椅子を借りて長い棒状のハタキや箒で埃を落とす事は可能だが新品同様に見違えるような拭き上げは通常は無理だ。
私は範囲を絞ってハタキや箒で掃く範囲にクリーンアップ魔法を掛けるので、その限りではないが…
他の普通の【清掃】スキル持ちではそこまで出来ない。
そういう違いも長年この屋敷で仕えてきた侍女長は心得ているらしく
「天井まで、あんなに綺麗に…」
と驚愕している。
トイレと浴室の清掃を終えた後は、当主夫妻と使用人達の昼食が済んで料理人達が2時間休憩に入るまでの間、屋根裏と3階フロアと階段の清掃をしておく事にした。
できるなら3階の各部屋も。
屋根裏は物置き、3階は住み込み使用人の部屋になっている。
2階が当主一家の住居スペース。寝室の他、書斎や勉強部屋・遊戯室がある。
1階は水回りが集まっていて簡易応接室や食堂・広間がある。
2階と簡易応接室や食堂・広間に金目の物が集まっていて、今日はそれ以外の場所の掃除。
なので侍女長も気を張って見張る必要はないと理解したらしく、途中から私の監視をやめて他の仕事へ周り始めた。
範囲を絞る魔法でも綺麗に出来るものの、それだと全ての箇所に箒やらハタキやらを当てて回る必要があるので、やっぱり誰にも見られてない時に全体を魔法で綺麗にする方が手っ取り早くて楽だ。
(楽できる時に楽しておくに限るよね〜)
と思いながら魔法を使う。
冒険者活動の中で気配察知力も鍛えられたので、足音を忍ばせて近付いて来られても相手が【気配隠蔽】スキル持ちじゃない限り判る。
つつがなく昼食時間になったので
「マリーさんも賄い料理をどうぞ」
と呼ばれ、侍女の皆様と昼食を摂る事になった。
「随分と食べ方も綺麗なんですね…。貴族のお屋敷で働いていた経験がお有りで?」
と訊かれた事で
(ウィングフィールド公爵家に居た事までは周知されてないのか)
と判った。
当然ながらウィングフィールド公爵家で令嬢だった訳ではないので、私の食事のマナーなど前世の洋食マナーのまんまだ。
優雅ではないが見苦しくなく食べる事ができる程度。
「食べ方とかは意識した事はありませんが、『美味しく食べたい』と思うと『味わう』ために丁寧な食べ方になるのかも知れませんね」
と正直な実感を伝えると
「そうなのでしょうね」
と侍女長が少し微笑んだ。
そうして食事を終えた後は厨房の掃除。
油汚れがシツコイので【清掃】スキル持ちでさえもピカピカには出来ないのだが、その点はそれこそ泡洗剤を「秘密兵器」扱いして誤魔化せる。
人目がある間は泡洗剤を目につく場所に掛けて回って、人目がなくなればクリーンアップで綺麗にした。
食器を洗ってから拭き上げ、収納場所へ収納したら、再び3階の掃除へ戻る事にした。
廊下も階段も終わってるし、使用人達の部屋も半数は終わっている。
部屋のドアを開けっぱなしにして掃除しなければならないので範囲を絞らない魔法を使うには気配に気を付ける必要があるが、あと少しだ。
じきに洗濯場の掃除に入らなければならない。
洗濯場の掃除の後は
「余裕があれば厨房で調理補助をしてください」
と言われている。
洗濯場の掃除時間になる前に3階の各部屋を全て終わらせておきたい。
とは言っても、侍女長は私への監視の手を緩めているが、各部屋の住人である住み込み使用人達がやたらと自室へやってくる。
貴重品は鍵付きの引き出しに入れていたり、執事長や侍女長の金庫に預かって貰ったりしてる筈なので、清掃人に何か盗まれる心配は無用だと思うのだが…。
それでも他人が自分の部屋に入るのが気になる、という事らしく度々人がやって来る。
それでも合間合間に魔法を使って、何とか洗濯場の掃除時間になる前に3階の清掃を終えた。
洗濯場の掃除は3階の各部屋と違い、誰の部屋でもないスペースだからか、誰も覗きに来なかったので魔法で直ぐに終わった。
(早く終わったからと言って、早く出ても、長めに夕食の調理補助をさせられそうだし、少し休憩しておこうか…)
と思い、亜空間収納庫から水筒を取り出してスポーツドリンクを飲んだ。
動き回って汗もかいたので、自分自身もピュリフィケーション。
サッパリした所で厨房へと向かった。
開口一番
「厨房を綺麗にしてくれて有り難うな」
とお礼を言われた。
サックウェル伯爵邸の料理人は4人。
うち1人は料理長。
2人が一人前と認められた料理人。
他1人は見習い。
休みはシフト制。
4人のうち誰か1人が休みなので労働者数としては常時3人。
今日は見習いが休みらしく、メンバーは正メンバー。
「今日、明日は来客もあるんで粗相は出来ない。見習いは引っ込めておいて、明日も同じメンバーになる」
と言われたので私が見習いと顔を合わせる機会はない。
商売上の商談があるとかで、客人の好みに合わせたメニューが考えられている。
これまでは来客がある日は休日返上で見習いも含めて全員出勤だったらしいが、見習いがヘマをする事も多いので、来客のある日は見習いに休日を取らせるようになったのだとか。
「アンタは粉物料理を担当してくれ」
と指示された。
ここでも料理人は1人で担当した料理の全工程を自分で責任を持って行う。
合作などといった工程を複数人数で振り分けた作り方はしない。
調味料・香辛料の瓶が空になってる、などという事もなく、普通に材料が揃ってるのでスムーズに作業が進んだ。
客人が来て、つつがなく食事が進行すると
「そろそろ上がる準備をしててくれ」
と言われたので、使用人用の賄い料理を作りながら、その都合調理器具を洗った。
客人が食事を終えたらしく、当主と商談の話に入ったとかで
「お疲れ様。気を付けて帰ってくれ。明日はもう少し早く厨房の手伝いに入って欲しい」
と言われて裏口から出された。
商談などには、よその人間に聞かれたくない話も含まれるので、ご主人様が客人と内密の話を始めたらアウトソーシングの人員は追い払うのがルールなのだろう。
やけに慌ただしく追い出された…。
(…なんか疲れたなぁ…)
と思った。
仕事量的にはウィングフィールド公爵家に居た時ほどブラックではない。
労働時間も15時間働いてた頃から比べれば全然ホワイトだ。
だが見知らぬ人達に見張られて仕事をするのは…
肉体的にではなく精神的に疲れるのだと今更ながら気付いた…。




