貴族家対策
ギルマスの自宅を後にして、ギルド会館前まで来るとーー
受付はまだ開いていた。
(依頼達成票を提出しようか?)
と思ったが…
冒険者が行列を作って並んでいた。
混む時間帯だったようだ。
(ギルマスは管理職だから定時で上がれるが、ギルド自体は夜勤が有るって事かぁ)
定時退勤は受付嬢も同じらしく。
受付に女性はもうおらず、男性職員に代わっている。
ガラの悪い冒険者が
「買取金額が安い!」
と腹を立てて怒鳴ってるのを見て
(成る程。ギルマスも帰宅するような時間帯だと難癖つける冒険者の対処は特に女性職員にはさせられない、という判断か…)
と分かった。
どうやら冒険者ギルドの受付は夜遅くまで開いてるようだ。
そして夜間のコンビニ店員と同様に夜間勤務の職員は男だらけ。
たまに地雷冒険者が因縁を付けるので夜間職員は皆ガタイが良い…。
そういう事だろう。
(うん。やっぱり依頼達成票を提出して依頼報酬を受け取るのは明日の朝にしよう)
と決めて、ギルドのエントランスホールを抜け、寮のある方の中庭へ出る通路へと向かった。
人目が無くなった時点でインビジブルをかけておけば良かったのだが…
つい、忘れていた。
寮の前で新人冒険者グループとバッタリ出くわしてしまった。
「「「「………」」」」
物も言わずにこちらをジッと見てくるのが不気味に思えた…。
「今晩は」
とだけ言って立ち止まってる冒険者達の横を素通りした。
(「挨拶だけして世間話もしない」とか言って「無視しやがった」だのと因縁付けてきたりしないよね?)
と内心不安に思いながらも、弱気を見せると付け込まれそうなので無表情を通したのだ。
微笑んでも
嫌な顔をしても
いずれにしても感情を出せば纏わり付く理由にされる。
注目を集めやすい美少女というのは決して楽ではない。
(寮の自室への出入りも可能な限りインビジブルで姿を消して行った方が無難そうだ…)
ストーカーのような男が湧いても、ハートリーには【千本槍】のメンバーはいない。
テレンス達がストーカーを追い払う番犬代わりになってくれてた時とは違う。
町中で目を付けられて跡を尾けられれば、そのまま住まいまで尾けられてしまう…。
(そう言えば…)
と不意に前世の記憶が蘇る。
ずっと不思議に思っていた。
別に相手を好きだという訳でもないのに
「今は彼氏はいないから」
というだけの理由で告白してきた男子と付き合っていた女子に対して。
(どういう心理で好きでもない相手と付き合うのだろうか?)
腑に落ちなかったが…
今にして思えば
「とりあえず誰かのものだと見做されていればストーカー避けになる」
という自己保身心理があったのだと思い至った。
番犬代わりになりそうな相手にだけ媚びを売っておけば、それ以外の不特定多数の有象無象から付け狙われる事態は避けられるのだ。
どの程度譲歩するか
どの程度身体を許すか
出来るだけ安い餌で役に立ってくれそうな相手を選べば安泰だ。
「女は愛される事で幸せになれるんだよ」
と、彼氏と別れてもすぐに次の彼氏ができていた美人女子だった友人の言葉が耳元に蘇る。
(ああ…。本当に彼女の言う通りだった…)
と痛感。
恋愛には興味がないものの、少しでも条件の良さそうな男に告白されて守ってもらえる見込みがあれば付き合うようにしようと、自己保身のために決意したのだった…。
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私は寝る前の日課として、欲しいものを「バックオーダー」魔法で出して魔力を消費して寝るようにしている。
だけど何でもかんでも「バックオーダー」魔法で出して良いものでもないと思っている。
つまりは「万引きを疑われる商品は出さない」に限る。
あとーー
一つ商品を買えば「アトラクション」魔法で複製できる訳だが
「原本とする商品は可能な限り没個性的な量産品を選ぶ」
ようにしている。
私の服装はこの世界の女性冒険者の定番。
乗馬服のような格好。
上がシャツにジャケット、下がスリムなパンツスタイルの服装ベース。
ズボンのベルトに革製のポシェットや武器を取り付ける。
履き物はロングブーツ。
小物が多い時にはポケットが複数付いたショート丈の巻きスカートを履いたり、上着の内側にポケットが複数付いたベストを着たりもする。
戦闘が予想される依頼に従事する際にはに胸当てもしくは胴当て、肘当て膝当てを付ける。
色も地味に茶色。
お洒落でも何でもない格好だが…
それでも朝からギルド会館内で人目を引いた。
「「「「「可愛い…」」」」
「「「「あんな子いたっけ?」」」」
とヒソヒソ話が交わされている。
受付嬢へ依頼達成票を手渡して報酬を受け取ると
「マリーさんにはまた指名依頼が入ってます。しかも複数」
と言われた。
どうやら指名依頼の依頼主達は全員サックウェル姓。
しかも4人。
(昨夜のギルマス宅の客人達だろうか?)
と思ったのだが、事実も私の推測通り。
受付嬢には
「優先順位はサックウェル伯爵家を一番になされるべきでしょう」
と言われた。
現サックウェル伯爵の次男レヤード・サックウェルがハートリーのサックウェル伯爵邸に夫人と一緒に住んでいる。
サックウェル伯爵領の本邸には先代伯爵夫妻が
ファイアストンには現サックウェル伯爵夫妻と長男夫妻が
それぞれ住んでいる。
サックウェル伯爵家代表としてハートフィールド公爵家に使えるのがハートリーのサックウェル家だ。
「それでは今日のうちに指名依頼を指定される日にち等を伺いに行きたいと思います」
と受付嬢に告げて、サックウェル伯爵家へ向かう事になった。
そして実際に行ってみるとーー
玄関先に出てきた執事はギルマスの自宅のヨボヨボ執事と違ってシッカリしている。
ギルマスと同じくらい、40代くらいの年齢だろうか。
お仕着せの執事服に身を包んでいるが身体つきがガッシリしてるので護衛なども兼ねているのが判る。
私の顔を見るなり何故かニコニコしていて異様に愛想が良いのだが…
女中頭の元へ案内する間も
「実は私にはマリーさんと同じくらいの歳の息子がおりまして」
と急に息子の話をし出し
「まだ婚約者もおらず、自力でお付き合いする女性をつかまえる事もできず」
と悩みを話し出した。
だから何?
私と関係ありませんよね?
と言いたいのをグッと堪え
頑張って作り笑いの笑顔を浮かべ続けた…。
「息子の代わりに息子の嫁とか彼女とかをキープしておこう」
という腹積りのように見えなくもないが…
(当人のいない所でそれはやめた方が良い…)
と私としては思う。
親の好みと子の好みは絶対に違うだろうから
「俺が気に入った子だから息子も気にいる筈だ」
と親が思い込んで話を進めればロクな事にならない。
「ラッセル様のお宅よりもこの屋敷は倍以上の広さがありますので、清掃の仕事を2日掛かりで行って欲しいとの要望をレヤード様より伺っております」
と言われれば
(あっ【清掃】スキル持ちだという事は絶対この人にもバレてるな)
と分かった。
有用なスキルとかレアスキル持ちは嫁ぎ先に困らない、という話は聞いた事があるが…使用人枠では【清掃】スキル持ちは重宝されるようだ。
女中頭が来て
「スキル持ちだと聞いています。今までの経験上、仕事の手際も速度もスキルの有る無しで格差があり過ぎる事を理解しています。
手伝いの用員を出すとか、仕事ぶりを見学させてもらうとかすると邪魔になる可能性が高いと思いますので、明日と明後日の清掃はこちらはノータッチでいこうかと思っていますが、それで宜しいですか?」
と訊いてくれたので
「是非そうしていただけると助かります」
と答えた。
これまでもスキル持ちを雇って大掃除してもらう機会があったらしいので助かる。
仕事能率の低い人が指示待ちでウロウロするのも、見学だのと言って動線上に突っ立っていられるのも確かに邪魔だ。
非合理の改善は、それ以前にあった非合理のトラブルを踏まえている。
そういったトラブルを経ての言葉だろう。
有り難い。
と同時に邪魔されながら仕事を果たしたスキル持ちのプロ業者には
「ご苦労様でした」
と頭が下がる気がした。
女中頭いわく
「今日は屋敷内に使用人が溢れていますが、明日と明後日は厨房と洗濯場以外の場所を受け持つ使用人は暇をもらえる事になっています」
だそうだ。
「厨房と洗濯場の清掃はどうしましょうか?」
と訊くと
「洗濯場は午前中洗濯に使い、アイロンを掛けが午後3時から午後5時頃です。
それ以降は空きますので、人が居なくなってから清掃してください。
厨房は昼食後に2時間くらい空きますが、食器類を早目に洗浄しなければならないので、清掃後に洗浄しておいてもらえると助かります」
だそうだ。
「水回りの清掃は早目に済ませておきたいので、洗濯場と厨房の清掃は明日のうちに済ませておきたいと思いますが、それで良いでしょうか?」
「はい。やりやすいようにどうぞ」
といった具合に話は纏まったので、一旦冒険者ギルドに戻った。
邪魔にならないように人払いしてくれるらしいが、貴族家の屋敷。
金目の物も多いだろうし、トイレや浴室以外では盗まれないように監視が入るのは間違いない。
(掃除道具や洗剤は地球製品のバックオーダー品が良いだろうな…)
と思ったのだ。
プラスチック製の掃除道具は使えないが、パーム材のタワシやらは普通に使える。
洗剤も容器を移し替えれば使える。
常時観察されながら
「魔法を使ってると気付かれないように手元に範囲を絞って魔法を使い続ける」
のも出来なくはない。
手元に範囲を絞って
「クリーンアップ」
で綺麗にして、魔法使用を疑われずに済ますには
「秘密兵器の道具」
「洗浄部分が泡で隠れる洗剤」
がお役立ちだ。
ゴシゴシと擦って回っては力もいるし体力も消耗し過ぎる。
あちこちを泡で隠して、泡を拭き取る動作をしながら「クリーンアップ」魔法を範囲限定して使えば、誰が監視しててもバレない筈。
範囲を絞る事で魔力消費の出力を抑えて長時間使用する。
そういった仕様に変更はできる。
面倒ではあるが仕方ない。
貴族家対策だ。
受付嬢の話では
レヤード・サックウェル氏→伯爵家
レヴィン・サックウェル氏→騎士団副団長
サトクリフ・サックウェル氏→騎士団事務長
ヤーノルド・サックウェル氏→騎士団寮管理人
との事。
面倒くさい対策は明日と明後日だけで済みそうだ。
レヴィンとサトクリフは自宅の清掃と昼食・夕食の調理、ヤーノルドは騎士団寮の清掃がお望みだ。
貴族の邸宅ではないのでレヴィンとサトクリフの家もギルマスの家と大差ない。
騎士団寮は昼日中は昼食時以外は皆出払っていて管理人しかいない。
金目の物と言えば武器くらいだが、清掃人が使えるような物はない。
盗られる心配などされてないらしい。
【治癒】スキルを当てにされた仕事ではないので気は楽だ。
実入りも良い。
(頑張ろう…)
と素直に思った。




