後ろ盾
デリック・サックウェル…。
このギルドのギルマス。
呼び出されて、間近で顔を合わせると
(コワイ顔だな…)
と改めて思った。
ワニに似てる…。
「掛けてくれ」
と言われて私は大人しく椅子に腰掛けたものの…
ギルマスが値踏みするような視線を向けてきてるのが気になる…。
「言っておくが、ギルマス権限で冒険者であるお前さんを呼びつけたが、これからする話はデリック・サックウェル個人がローズマリー・ウィングフィールド個人へ向けてするものだ。
お前さんの今後の身の振り方へ干渉するアドバイスをするが、命令ではない。それを承知しておいてくれ」
とギルマスが言うと
ノックもなくドアが開いて事務員のセルデンが部屋に入ってきた。
「スミマセン。資料を持ってきました」
との事。
(一体何を言う気なんだろう…)
と不安を感じる私からすれば嫌な予感しかしない…。
「…お前さんの身元や能力に関しては色々不審な点が多かったからな。徹底して調べて回ってたのさ」
とギルマスがストーカー発言をかましてくれた。
セルデンが調査員なのだろうか…。
(何気にセルデンさんて【従魔術】と【気配隠蔽】【盗み見】【盗み聞き】のコモンスキルを取得してて多芸で胡散臭い人なんだよね…)
私がセルデンを睨むと、ギルマスが
「やめろ」
と言いた気にゴホンと咳払いをした。
「お前さんに関する調査結果を本家にも報告した所、『護衛兼毒味役の侍女兼治癒師として雇いたい』と言われた。
雇うのはサックウェル伯爵家だが実際には寄親のハートフィールド公爵家に仕えてもらいたいという事らしい。
下働きとは言え、元々は公爵家で働いていたんだ。高位貴族家の家内仕事がどんな風に回ってるのかに関しては詳しいだろう。
俺としても推薦できると思っている所だが、どうだろう?」
「…マードック先生がばらしたんですか?」
治癒師云々の文言が出た事で
(あの先生、口が軽いな…)
と一瞬殺意が湧きそうになったが
「いや。マードックはお前さんからの報復が余程コワイらしくて何も喋ってないぞ。コチラが一方的にカマを掛けて反応から事情を読み取っただけだ」
と言われ
(さもありなん)
と納得した。
思った事が顔に出るタイプの人に秘密を共有させると必ずバレる。
当人が喋らなくてもバレる。
しかも気が弱ければ特に。
それは仕方ない事なのだろう。
「…後ろ盾がシッカリしてればレアスキル持ちは引く手数多なんだよ。
無賃・無休で搾取され続けたお前さんからすれば『便利な能力を持ってるとバレれば、もっと搾取される』と厄介事の元凶みたいに思えるのかも知れんが、それはお前さんが認知もされてない孤児で、誰の庇護下にも置かれてないからだ。
サックウェル伯爵家が後ろ盾になってハートフィールド公爵家へ仕える分にはちゃんと公平な労働条件で働けると保証しよう」
ギルマスが随分と良さそうな事を言う。
(確かに…。世の中には「虐げられ搾取されてる弱者を更に搾取してやろう」とする便乗主義が満ちてる。踏み付けにされてるから、更に踏み付けにされる。その状況から抜け出して人間らしい待遇を得る手段として「後ろ盾を得る」のは手っ取り早いけど…)
「…そのお話はどこまで信用して良いんでしょうか?」
という不安が拭えない。
「『有能な平民を派閥に引き込んで裏切らせない』という課題を上手くこなすのは貴族家に連なる者にとっては義務のようなものだ。
『公平に扱い、労働に見合った正当な対価を与える』のは当然だ。
サックウェル家は南部の冒険者ギルドを仕切ってるが、冒険者の労働対価を相場以下に値切って問題を起こした事例はない。
冒険者など所詮は荒くれ者ばかりだ。コチラがズルをするようなら必ず激昂して報復しようとする。
そういった人種を取りまとめる分野を任されてるサックウェルが信用に値しない家である筈がないだろう?」
(…そうなのか?)
南部の冒険者ギルド事情など、ウィングフィールド公爵家の洗濯女達の情報網にも引っ掛からないネタだ。
私にとってギルマスの言葉の真偽は判定がつかない。
「お前さんが裏切らない限りは、こちらも裏切らない。絶対だ」
そう断言するギルマスの視線は強い。
「………」
何と言って良いか判らずに私が俯くと
セルデンが書類を捲りながら
「…サックウェル家の庇護を受けるメリットの大きさをマリーさんが正確に理解するには、ご自分が実際にどういった状況にあって、どういった危機が存在しているのかを先に理解する必要があると思います」
と言い出した。
思わず私は首を傾げ
まじまじとセルデンを見遣ったところ…
「…本物の公爵令嬢ならともかく、ろくに教育も受けずに育った子が政治的情勢を説明されたとして正しく理解できるとは思えないのだが?」
とギルマスがセルデンにツッコミを入れた。
「そうでしょうか?マリーさんは読み書きを習う機会も無かった筈なのに読み書きができます。
字は書き慣れずにつたないながら…読む分には教育を受けた商家の子女並みにはできてる様子です。
育ちが下級使用人のそれでも血筋的には高位貴族のそれです。能力的には高い潜在力がある。
案外、普通に政治的情勢なんかも話せば把握できるようになるのでは?」
「そう言われてみると、そうなのかも知れないな。だいたいコイツはどう考えたって普通じゃないからな。
【投擲】スキル、【病気耐性】スキル、【毒耐性】スキル、【清掃】スキル、【調理】スキルと五つもスキルが有るのかと思えば、【治癒】スキルまで持ってる。
そんな話、今まで見たことも聞いたこともない。
高位貴族のハイスペックな血が劣悪な環境で潜在力を引き出されると、こんなトンデモナイ人間が生み出されるのか?とでも思わないと納得できないからな」
「ともかくマリーさんは認知されてない庶子と言えども『ウィングフィールド公爵家がこの国でどんな位置付けにあって、今後どうなっていくのか』に関しては知っておく責任があると思います。
マリーさん自身はウィングフィールド公爵家からろくに恩恵を受けてきてないとしてもですよ、血縁であれば連座制の災難が降りかかります。
降りかかる火の粉の存在自体を認識できていなければ、権力の傘に火の粉を払ってもらっても、その有り難みを理解できないでしょうからね…」
セルデンの言い方から連想するのは
ゲームのローズマリーに降りかかった連座処刑の悲劇…。
(…まだ3年も先の筈だけど、この時点では既にウィングフィールド公爵家の断罪は決まっていたという事なのかな…)
不思議ではあった。
ローズマリー・ウィングフィールドはハッキリ言って美しい。
スキルもレアだ。
愛されたがりの構ってちゃんな性格が多少ウザかったが…
婚約者に嫌悪される程の欠点ではない。
なのにフィランダー王子はローズマリーを嫌悪していた。
ヒロインとの恋愛を見せつけてローズマリーをわざわざ苦しめていた。
(…初めから連座処刑が決まっていて、「婚約者」という役どころ自体が「逃げられないように軟禁しておく為の方便」だったのなら、全てが腑に落ちる…)
(フィランダーがローズマリーに対して「コイツはどうせ処刑される女なのだから、絆されないようにしよう」と思っていたのだとすれば…不自然なくらいにフィランダーがローズマリーを毛嫌いしてた理由にも説明がつく…)
初めから
出会った時から
「コイツだけは愛すまい」
と思っていれば…
どんな美少女にも惹かれる事はないのだろう。
寧ろ容姿が優れていればいるほど
「誑かされまい」
と警戒心が強くなり当たりも強くなる。
ローズマリーが婚約者に辛く当たられたのは当たり前だった…。
「…寝耳に水かも知れませんが、ウィングフィールド公爵家を始めとする東部貴族には外患誘致罪の罪状がかかってます。
外患誘致罪はこの国の場合、消極的国家叛逆罪を言います。
国家叛逆は露骨に国家転覆を目論む者達に適用され、外患誘致の場合は露骨な国家転覆の意志が無くても犯せます。
東部の貴族達は『侵略を阻止する』という国防義務を放棄しているのです。ウィングフィールド公爵を筆頭に」
セルデンが無情に告げる傍らで
ギルマスが静かに言葉を紡ぐ…。
「…貴族というのはただ威張ってるだけのように見えるかも知れないが、実は乗っ取り侵略を邪魔する邪魔者として権力基盤に居座って、結果的に侵略者から国を護っている面もある。
権力が外国に乗っ取られた国は悲惨だ。権力者が民を運命共同体として認識してる訳でもない状態だと、平気で超過搾取できてしまう。
『同じ国の国民だ』という同胞意識がある分、外国人より自前の国産権力の方が多少は搾取にも加減が入るものだ。
実質植民地化されて、表向きは独立国を名乗らされれば、宗主国に搾取の加減を期待できない。
自立の芽を摘まれて、本来の権利さえ取り戻せないように徹底して搾取され、その状態を『当たり前』として受け入れるよう洗脳教育までされる事になるからな。
『還元率の低い超過搾取が原因で起こる貧しさ』の責任が宗主国側にあっても、それでさえ認識できないように現実認識自体を弄られる事になる。
常に内ゲバに流れるように『ホワイト人が批判して良いのはホワイト人だけだ』と刷り込まれる。
乗っ取られる、侵略される、という事は『豊かになれない』という問題を抱えるのみならず、『牙を抜かれた従順な家畜であり続けるために現実認識自体を弄られる』という不幸も抱える事になる。
乗っ取り侵略者達を撃退も牽制もせずにおく特権階級は、国民を総家畜化させるそんな状況へと積極的に邁進してるのと変わりないんだよ。
当人達に自覚があろうがなかろうが。
そういった罪をウィングフィールド公爵家は東部貴族全体で一丸になって推し進めている。
お前さんが知ってるとは思えないが…東部貴族の嫡男の結婚相手には近隣国の女が随分と食い込んできてる。
東部貴族の乗っ取りは着々と進んでいる。
そういった貴族家の乗っ取り侵略者も最初から『ホワイト王国の貴族家に入り込んで当主を殺して乗っ取り、血を入れ替える』という目的を剥き出しにはしない。
そういった乗っ取り工作に着手する実働工作員自体が工作員である自覚すら持ってない場合も多い。
実働工作員が何の罪悪感も持たずに自分の行動が特殊軍事工作だと自覚すら持たずに伸び伸びとゲーム感覚で乗っ取り侵略に着手できるように『思考や感情を誘導する諜報工作』が行われている事も多いからな。
庶民はこういった話を聞かせてやっても不思議なくらい、コチラの話を理解できない。
なのでウィングフィールド公爵家の罪状も『民が理解・納得できるように』お膳立てしてやる必要がある。
そういった事情もあって本来なら直ぐにでも断罪されるべきウィングフィールド公爵家が未だ存続してはいるが…あの家の命運は風前の灯だ」
なるほど。
確かに
「認知すらされてない庶子でも連座処刑を免れるには後ろ盾が必要となる」
ような物騒な背景がある。
「…私とウィングフィールド公爵との血縁関係は書類上でも否定されてるし、関係者がバラさない限り、こちらにまで火の粉が飛んでくるとは思えませんが…?」
と言ってはみるものの。
「…周辺国をルーツとする家は何も東部貴族だけじゃないし、外国人に籠絡されてる売国奴も東部貴族だけじゃない。
中央の貴族の中にさえ周辺国のシンパが潜り込んでいる。
『この国の安定のために不安の芽を摘むべきだ』という名目を振り翳しながら『ホワイト国権力がレアスキルを持つホワイト人を処分し、自国の国力を脆化させるように』と誘導してくる。
お前さんのような優秀なレアスキル持ちは戦局をひっくり返す可能性もある分、特に獅子身中の虫どもの標的になる。
どんなに情報隠蔽しても、ほじくり返してお前さんを連座処刑に持ち込もうとしてくるだろう。
そうなった時には、ホワイト王国の忠臣のフリをしている獅子身中の虫どもを逆に断罪し返す力がなければ、確実にお前さんは処刑に追い込まれる。
『獅子身中の虫』という存在を勘定に入れなければ、『優秀なレアスキル持ちを処分せざるを得なくなる事態が人為的につくられてしまう』事自体、誰も気付かないんだろうな…」
そう言われればーー
流石に怖くなる。
自分で自分の顔から血の気が引くのが分かる。
「…ご提案に従って『護衛兼毒味役の侍女兼治癒師として雇われたい』と思います」
と私が言うと
セルデンがヨシヨシというように私の頭を優しく撫でた…。




