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黒い想い


事務仕事は貴族家だと家令・もしくは家宰が引き受けているものだが、金持ちの平民の家だと家令・家宰は居ない。


よって貴族家以外では事務仕事は執事が代行している事が多い。

ブラックウェル家もその例に漏れず、私への指名依頼は執事によって為されていた。


なので執事に対面して、執事に伴われて厨房へ向かった。


厨房には料理人が3人いて、そのうちの1人が料理長。見習いは居ないようだ。


ウィングフィールド公爵家より随分と使用人が少ない。

ウィングフィールド公爵家は金回りも悪くケチだったが、流石は貴族だったという事か…。


「この度、指名依頼でお手伝いに入る事になったマリーです。よろしくお願いします」

と挨拶すると厨房の料理人達は手を止めて

「ああ、よろしく」

「よろしく」

「こちらこそよろしく」

と言葉を返してくれた。


執事と料理長が目配せし合って

「早速だが、お前さんが本当に使い物になるかどうかのテストだけさせて欲しいんだが、今から大丈夫だろうか?」

と料理長が言い出した。


私からすれば

(一体、何事だろうか…?)

と不審に感じたのだが…


あえて平静を装い

「構いませんよ」

と答えた。


料理長が食材のアレコレ載った調理台の前まで来て

「ここに置いてある材料で何か料理を作ってみて欲しい」

と言うので


「軽食か菓子類を、ですか?」

と訊くと


「いや、何でも良い。美味いものなら」

との事。


(まぁ、普通に作るだけだよね…)

こういう依頼は流れても別に構わない。


(とっとと終わらせよう。一度【千本槍】のシェアハウスの屋根裏部屋に荷物を引き取りに行かなきゃならないし、宿屋探してチェックインしなきゃならないし)


パンに料理を挟むサンドウィッチは適当な大きさにカットすれば軽食に丁度いい。

スコーンもハーブを使って香り付けすると飽きずに食べられる。


茶話会には紅茶かハーブティーが出されるだろうから、あまりクセのある料理やコッテリしたものは控えた方が良い筈。

これが逆に酒の出る場なら、クセのある料理やコッテリしたものを作るだろう。


手際良く調理していく私の作業を見ながら執事は

「上手いものですね…」

と感心したように呟き

「では料理が仕上がった頃に知らせてください。私は仕事に戻りますので」

と言って厨房から出て行った。


指名依頼とは言え、私は【調理】スキルを自己申告してないので、依頼報酬は大した額ではない。

それなのに「先ずは試験だ、作ってみろ」と言われるのは依頼主側の横暴ではある。


私はこの世界の「普通」が分からないので「世の中はこういうものなのか?」と思って黙って従っているのだが…

そういった従順さ自体が貴族や、それにくみする者達から見て「扱いやすさ」として映るのだろう。


料理長は何やら呟きながらジッとこちらを見ていた…。



********************



「指名依頼するのにさえ面接試験を設けてただ働きさせる」

という今回の行為は


「冒険者ギルドに申し立てすれば依頼者側にペナルティーが掛かる」

のだという事を私は知らなかったが…

料理長は正直にその話を私にした。


その上で

「償い代わりに、お前さんが作ったものに技術料分の金を払う」

といってきた。


ルバーブで作ったジャムを試食した執事らが気に入ったという事もあり、私が作った料理はブラックウェル邸の昼食にされる事になったからだ。


本来なら料理人達が用意するべき料理を私が作った事になるので、料理人達に支払われる給金の一部が私へ支払われる事になったらしかった。


別に

「ペナルティー行為をされた」

などと冒険者ギルドに告げ口する気も無いので

大人しく金を受け取ってブラックウェル邸を後にした。


それでそのまま【千本槍】のシェアハウスへ向かうと…

玄関先にはロベリアが出てきた…。


(皆に責められた事で少しは反省したかな?)

と微妙に期待したもののーー


視線は剣呑。


(…むしろ逆恨みされてる)

のが分かったので

「私物を引き取りに来ました」

と言って屋根裏部屋に直行…。


家の中は留守中も「衛生保持キープハイジェニック」魔法が効いてたらしくて埃が積もってるでもなく綺麗だ。


勿論、使用して汚せば汚れるが「衛生保持キープハイジェニック」で一週間くらいは埃ともカビとも無縁でいられる。


それを過ぎたら

その限りではないので

今後は元通りに家中汚い状態に逆戻りしていく。


(ロベリアがどの程度家事が出来るのか、怪しいものだけど。…チェスターさんはあの女と所帯持つ気でいるんだろうし、あの女に主婦の仕事がこなせると本気で信じてるのなら実際にやらせてみれば良いさ…)


関わりたくない、というのが偽りなき本音だ。


私が荷作りしてる間に2階からガタゴト家具を動かすような音もしていたし、同じ頃にテレンス達も荷作りしていた可能性が高い。


私が荷物を抱えて玄関を出る時のロベリアの視線は露骨に嘲笑的で口の端が歪んでいた。


(ホント、呆気ないんだな…)

と思った。


ロベリア以外誰も見送りにも来ない。


私は完璧に仕事をこなして上手くやってたし、メンバー間の仲も良好だった筈なのに…

ロベリアという女がチェスターに取り憑いた途端に全てが壊れた。


ふと思う。

(「不幸」という現象はそれ自体が病原菌みたいだ…)

と。


ロベリアは不幸だったと思う。

そして不幸から解放されて、今度は周りを不幸にしている…。


挿絵(By みてみん)


ロベリアの身の上話は私も聞いている。

親が死んで孤児になったせいで近所の親戚の世話になりながら数年を暮らし、その数年を恩に着せられて人買いに売られたのだそうだ。


娼館に買われ、未成年の間は見習いとして娼婦の世話をして、15歳で成人すると客を取らされた。


娼婦同士でも確執や陥れが存在していて、足の引っ張り合いで他の娼婦達に悪評をばら撒かれていた。

お陰で身請け話はその度に流れた。


病気になってからはーー


娼館から娼館へと盥回しに売られ続けて外国まで流れ着いた。

買った側の娼館の主人は

「騙された!」

と腹を立てたが

「どうせすぐに町を出る流れ者相手には丁度良いかも知れない」

と思い直し、店でロベリアを使う事にした。


客に病気を感染させて苦しみを広げつつ

後は死ぬだけーー


という状態で生きていたロベリアにとって

チェスターとの再会は複雑だった。


何せロベリアを売って金を得た親戚から溜まったツケを支払ってもらった大人達の中にはチェスターの親もいたのだから…

「私を売った金の恩恵をアンタも受けたんだろ?」

という恨みが心の奥底に残り続けている…。


素直に有り難いとだけ思うようなわだかまりのない心にはなれない。

何にでも文句をつけたかった。


「どいつもこいつも私と同じように不幸になれ!」

と呪わずにいられない黒い思いが消えてはくれない…。


そんなロベリアの想いは私も理解できるような気はするのだ。


私も前世ではそういう想いに心を汚した時期もあったのだから…。



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