「魔道具代を返して」
バロワンに到着済み予定だった荷物の到着が遅れていたため、バロワンの滞在期間が予定より延びた。
その期間にロベリアも回復出来た。
直接リカバリー魔法で治療するのと違って魔法効果が分散されるので、効果が出るのに数日かかったのだ。
商会側の都合で滞在期間が延びたお陰で乗船拒否される事もなく、ロベリアもチェスターも他の【千本槍】の面々と共にエアリーマスへ帰還できる事になった。
ーーと言っても、ロベリアは完全に余分な積荷扱い。
戦闘の役に立たないのみならず、船員の仕事の補佐もできない。
せいぜい男所帯の性欲を煽って揉め事を生み出すのみ。
という事もあって、ロベリアは【千本槍】メンバーに与えられた護衛用の一室に閉じ込められて船旅を過ごす事になった。
船酔いが酷い様子だが、万能薬と化した鎮痛薬は既に性病の治療で使い切ってる。
船酔いに傷薬をつけさせるのも変なので、桶を用意して、嘔吐は桶にさせるように対処してやった。
食事はチェスターが
「俺の分を分ける」
と言ったが、そんな事はさせずとも多めに持ってきている。
いざとなれば「バックオーダー」で幾らでも出せる事もあり、食事の面ではちゃんと自分達と同じ物を食べさせた。
のだが
「携行食なのに美味しい…。こんな良い物を食べてるのね。今時の冒険者達は…」
とロベリアは不満顔だった…。
娼館では未成年の少女が見習いがてらに娼婦の世話をするのが当たり前だった事もあり、ロベリアは私からの世話を「当たり前」のように受けていた。
何をしてあげてもお礼の一言もない…。
(…この人、私の協力もあって身請けしてもらってるって話、ちゃんと聞いてた筈なのに「有り難う」の一言もないんだなぁ…)
と感じて萎えた。
図々しい人間はお礼を言う代わりに不満を言う。
謝罪しなければならない側面で逆に謝罪を要求する。
ロベリアの人間性にそういった倒錯した狂人的身勝手さを感じたのだ。
(チェスターさんは、この人をどうするつもりなんだろうね…。【風神の千本槍】との1ヶ月契約も、あと数日で二度目の契約が切れる。…流石にバロワンで私をプレスコット船長に売り渡そうとしてたくらいだし、更新はせずに逃げるのが正解だよね…)
チェスターに対しても不信感が込み上げる。
(他のメンバーが止めてくれたし、「母の形見」って事にした腕輪を身代わりにして事なきを得たといっても…「私を売ろうとした」事実は消えない…。「良い人そうに見えても絶対他人は信用できないんだ」と学ばされたよ…)
(ーーエアリーマスに着いたら、エアリーマスを出て別の町へ移る事を考えよう)
私はチェスターとロベリアを横目で見遣りながら、今後関わらないという決意を固めた。
帰りの航海もやはりバロワンで積んだ積荷をエアリーマスまで運ぶものなので積荷は多い。
海賊から取り上げた船は修理してバロワンで売る予定らしく船員の何人かをバロワンに残してきている。
帰りの便で働く船員達は来る時以上に忙しく働いている。
魔物や海賊による襲撃はやはり何度かあって、その都度軽く戦闘になって撃退しているが…船員達は忙しさで殺気だっている。
私を見る目もギラギラしているので、ロベリア同様に船内はウロつかず引きこもっていた方が良いのかも知れない。
(…海賊を皆殺しにして船を奪っても、奪った船を売って儲けたお金は出資者である船長の雇い主の懐に入るだけで船員達はただ働き損になるだなんて、知らなかったし…)
そうーー
海賊達は「逃げてくれる」のが船員にとって一番面倒が少ない。
人質として身代金を得るのにも誰かが交渉しなければならないし、各国の有力者のコネが要る。
船を奪って売るにしても法的縛りによって船員達の儲けにはならない。
せいぜい海賊船の積荷をくすねるくらいが関の山だ。
だが海賊は本拠地に略奪品を溜め込む生き物。
奪った略奪品をそのまま船に乗せたまま溜め込む事はしない。
たまたま別の船を襲って上手くいった後の海賊船を奪った場合にしか、襲われた側の船員はお宝を得られない。
機嫌も悪くなる筈である。
(ロベリアさんは偉そうで態度が悪いし、水夫達も仏頂面だし…ホント居心地悪いなぁ)
肩身の狭いながらも、いつかは目的地に着く。
ホワイト王国の海岸が見えてきた時には私も気が弱くなっていて心底からホッとした…。
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エアリーマスに着いて、真っ先に冒険者ギルドへ依頼達成票を提出。
私との雇用契約も丁度更新時期だという事もあり、チェスターは事務員へ契約更新書類の作成を依頼しようとした。
ーーが
私が契約更新を断るべく口をはさむ前に
ロベリアの方からチェスターへ異議が申し立てられた。
「…チェス。…せっかく再会できて身請けして助けてくれたアンタに文句を言うのは心苦しいんだけど、それでもあんまりだと思うから流石に言わせてもらうわね」
ロベリアはそう前置きを言いながら私を憎々し気にねめつけた。
「…本当に言いたくないんだけど。オカシイものはオカシイわよね?
だいたい『家出少女の保護』って何?そういうものが本当にこの子に必要なの?
身寄りもなく行き場所もない若い子が冒険者登録して雑用仕事で小銭を稼いで、食べ物だけ買って野宿して暮らしてるのなんて…何処の町でも見られる日常の風景よね?
それなのに何故、この子の場合だけ『保護が必要』って事になるの?オカシイでしょ?
男所帯のグループが若い女の子引っ掛けて、皆で楽しむ代わりに寄生させて住む場所を与えて稼がせてあげてるって事なんでしょうけど。
そういうオカシイ行為はギルドの方で取り締まって止めさせるのが筋でしょう?」
「いや、『皆で楽しむ』ってなんだよ。俺達はマリーに何も手出ししてないぞ」
「へぇ〜?それじゃアンタ達は低ランク冒険者の若い子がろくに稼げなくて食い詰めてるのを見る度に拾って養ってやってるの?違うでしょう?
若くて可愛い子に鼻の下伸ばしてデレデレしてる自分達の顔をちゃんと鏡で見てご覧なさいな」
「「「「………」」」」
ロベリアが【千本槍】の4人に食ってかかって黙らせた傍らで私は少しイラッとした。
「…あの、一体ロベリアさんは何が言いたいんですか?貴女を身請けするお金が足りなくて、私が母の形見の魔道具を手放した事もちゃんとお聞きになってるんですよね?
貴女、私が居なければ、未だにバロワンの淫売宿に居た筈だったんですよ?
性病に苦しみながら客を騙して股開いて、そのうち死んで、埋葬もされずに死体を海にうち捨てられたただけだったんですよ?
そういったご自分の本来の運命をまさか理解出来てなかったとかじゃないですよね?
いわば私は貴女の恩人のようなものですけど、なのに何をぐちぐち回りくどく悪意向けてきてるんですか?
そんな風なら私の魔道具代を返してください」
「バカね。アンタ。何が『母の形見の魔道具』よ。子供を産み捨てする母親が捨て子に高価な物を持たせる訳がないでしょ?
私は元々、格安であの店から放逐される事になってたの。
アンタがチェスター達の金と一緒にあの店の主人に渡した腕輪なんて何の価値もないゴミだって皆知ってたけど、誰もアンタに事実を言わないで居てくれたでしょう?
娼館の主人が二束三文にもならないゴミを引き取って私を放り出したのは、私を治療する金を出すのが嫌だったからよ。
『本当は母親は自分を愛してくれていたんだ。事情があって捨てたんだ』とアンタが今後も妄想し続けられるようにゴミを高価な魔道具だという作り話に騙されてるフリをチェスター達も娼館の主人も皆で親切に演じてくれてたのよ。
そんな猿芝居を信じて、何が私に『魔道具代を返して』よ。ふざけるんじゃないわよ!」
「…ちゃんと魔道具として使ってました。高価なものです…」
「はいはい。別にアンタが『魔道具代を返して』とかって言い掛かり付けて来ないなら、そういう妄想を独りで持ち続けるのは構わないわ。好きになさいな。
でもね、私に言い掛かりを付けて恩があるかのように振る舞うのは許さないし、チェスターのパーティーに寄生して彼らを食い物にするのも、これ以上、二度と金輪際許さないんだからね!」
「…寄生とかしてませんよ。私はちゃんと労働して、その対価を頂いてるだけです」
「ふんっ。何が使用人よ。何がポーターよ。アンタみたいな器量自慢だけがウリの役立たず、娼館でも山ほど見てきたわ。
言うことやること嘘ばっかり。御都合主義の妄想に付き合ってくれる騙されやすい男に付け込むのがアンタみたいな性悪小娘の手口だって事は百も承知なんだよ。
とっとと失せな。いい加減、目障りなのよ、アンタ。
どうせチェスター達のパーティーと縁を切っても、どこか他所のパーティーに寄生してぶら下がるんでしょ?
自分は戦いもしないで、高ランク冒険者のナニをしゃぶって気持ち良くしてやるだけで、金も稼げてランクも上がるんだもんね?
楽しくてやめられないんでしょうけど、そんなの若い間しか通用しないんだからね?いい加減、ちゃんと地道に働きなさい?」
「貴女に言われたくありませんよ。ちゃんと地道に働いた事があるんですか?ロベリアさんは。暖炉の火ひとつ起こせないんでしょ?」
「…バカにしてるの?こっちは人買いに買われて奴隷として売り飛ばされて生き方なんて選べなかったわ。
好きでもない男に股開いて生きる生き方なんてわざわざする必要もないアンタが自分から選んでそうしてるのとは訳が違うのよ?」
「頭大丈夫ですか?私は貴女と違って股開いて身を立ててたりしませんよ?ちゃんと地道に労働して労働対価を得ているだけです」
「…どこまで性悪なのよ。こっちが娼婦だったからって差別して…。孤児だったから、人買いに売られたから、だから私が悪いって言うの?生き方なんて選べなかったのに!冗談じゃないわよ!」
「そんな事言われても知りませんよ。売られそうになったら自力で逃げる、それで良いんじゃないですか?少なくとも私はそうしましたよ」
「…それで『保護』してもらったと?…随分と世の中の男どもはアンタに親切なのね?…私の時は誰も助けてくれなかったわ…」
「ロベリア…」
チェスターが痛ましいものを見るかのようにロベリアを見て、抱き寄せた…。
要は「生き方を選べなかった」という不幸自慢をして私への不条理な悪意を正当化してしまいたいらしい。
(…こうやって不幸自慢をするだけして、後は泣いて、自分の非合理を有耶無耶にして要求を押し通そうとするような人って…前世でも居たような…)
思わず遠い目になって溜息が出るに任せた…。




