シーフードカレー
大人しく物色して回るだけなのかと思いきや…
モーリス・ブラックウェルは
「…香辛料は高価なのに売れてますが、私としては使い道がよく分かってないのに使われてて、かえって味を損ねているように思えるんですよね。
マリーさんはその点をどう思われます?」
と、いきなり香辛料についての意見交換を望んできた…。
思わず少し面くらった。
(馴れ馴れしいオジサンだな)
と思いながら
「…まぁ、そうかも知れませんが。…私は自分が美味しい物を作って美味しい物を食べる事にしか興味はないので、世間全体で香辛料や調味料が非合理な使われ方をしてても別に嘆きはしませんね。
そのうち『美味しくなると思って使ってたのに美味しくならない』と気が付いた人達が自分の味覚に正直になって買わなくなるだけでしょうし、私にはそれが悪い事だとは思えないんですよね」
とシレッと言ってのけると
「…高価ではありますが香辛料がこの国にまで輸入されて来るのは『需要があるからこそ、どんなに苦労してでも運ぶ者達がいて、運ぶ者達が苦労に見合う報酬を得られる』という背景があってこそです。
香辛料が売れなくなって値が下がると運ぶ者がいなくなって入手経路自体が絶たれてしまう。
入手経路の開拓には対人関係における信用が必要です。一度経路が潰れて負け組になると、経路の再興は困難になります」
とモーリスが商人視点での都合を主張した。
(商人都合の商品流通理想って結構馬鹿げてるんだよね…)
と私は内心でモーリスの主張を一刀両断することにした。
「…う〜ん。でもですね。香辛料って本当に我々の生活に必要なものでしょうか?これと同じ事は他の贅沢品にも言える事ですが。
『人間が生きるのに本当に必要なもの』かどうか、それを識別した上で、商品が社会全体へ流通できるように考える事が大切だと私は思うんですよね」
「…そういった堅実さだけでは世の中が回っていくのに必要な動力が充分には得られないのが実情です。
人間には欲がどうしても必要なのだと私は思うので、マリーさんが不要だと見做す贅沢品も私には必要だと思えるものです」
「それは世の中を動かす一部のお金持ちや権力者にとって必要な動力の話ですよね?
私はそういう一部の人達は『大勢の地道な労働者に寄生している存在』であり、人間社会の主体はあくまでも大勢の地道な労働者だと思います。
ですが、人間は…単純労働の長時間繰り返しで生きてる末端労働者は特に、『本当に必要なものと本当には必要ではないものとの区別すらつかない』ような人も多いです。
だからこそ商人の側は『人々が生きるのに本当に必要なものを絶やさず流通させ続ける』事を主軸としておくべきだと思います。
極端な話、人間て塩と穀物と肉または豆があって、綺麗な飲み水があれば飢え死にせずに済みますよね。
それ以外の贅沢品は本来ならお金に余裕のある人達がお金の代わりに蓄えるものだと思ってます。お金の代替品ですよ。
…お金の価値ですら変動して一定しないから、お金持ちは需要があって価値が下がりにくく品質が落ちずに済むものを蓄える品に選ぶんです。
『金』という物質の価値も『不変性』にあるのだろうと思ってます。世界一硬い金剛石の価値も同様にね。
地道に低報酬の労働に従事している人達と違って、商人さんやら泡銭稼ぐ水モノ商売の人達は無意識のうちに『不変性』を望むように見えます。
彼らが本当に望む『不変性』は『我が身の保身』なのでしょうが、その『我が身』が『人々と共に在る命』ではなく『楽して得できるポジションに固執する』というものだった場合、彼らは存在意義そのものを失う事になるでしょうね」
「…まるで見てきたかのように語られるのですね」
「…私はモーリスさん程、知り合いも多くないし、結構世間知らずだと思いますが…。
社会の底辺で搾取されながら知性を失わずに過ごした人間は、世間を知らずとも『人間』という生き物に対してはよく判るものなんですよ。
…モーリスさんが『世の中を回していくには欲が必要』だと思うのは自由ですが、その欲が『下々の者達には恩恵をもたらさない欲』ならば、そんなものでは世の中は回らないと思います。
私は特殊な情報入手経路を持ってますので、香辛料やハーブのうち、薬同様に使えるものも幾つか理解してます。
ですが、そういった知識をお金持ちや貴族に教えて役立てさせてあげようという気持ちは全く無いです。
正直、お金持ちや貴族は本来なら『飢饉の際に鍵を壊され開放されるべき食物保存庫』のような存在意義の人達だと思ってますが、その存在意義を果たしてるお金持ちや貴族が居るようには見えません。
なので私は彼らの健康や彼らの繁栄に貢献したいとはこれっぽっちも思わないんです」
「…香辛料がハーブ同様に薬として使えるとマリーさんはおっしゃるのですね?
香辛料が輸入され始めた当初はそういった話がよく聞かれましたが、実際にはそういった効果は得られなかったという検証結果が出ています」
「組み合わせが肝心だという事です。複数の材料を組み合わせて薬効が引き出されも打ち消されもします。美味しいと思える味を引き出すのも同様です」
「どういった組み合わせが有用なのでしょう?」
「…私はお金持ちや貴族に長生きして欲しいとは思わないので薬効面に関しては話そうとは思いませんが、私の味覚基準で美味しいと感じられる組み合わせに関してなら、今ここで話しても構いませんよ」
「ーーそれは、…是非お願いします!」
「それなら、香辛料を幾つかモーリスさんの私費で購入して頂いてよろしいでしょうか」
「はい、どういった香辛料を購入すれば良いのでしょうか」
「それはですね…」
私は
(カレーの作り方くらいなら教えても良いかもな…)
と思っていた。
金持ちや貴族を長生きなどさせたくない。
「香辛料は庶民にとってこそ役立つものであるべきだ」
と思うので、薬効云々の情報は置いておいて、単に美味しいものだけを広めるので良いと思う。
鬱金
馬芹
香菜
当辛子
は高価ではあるが普通に売られている。
小麦粉を食用油で炒めてミルクか出し汁で伸ばしホワイトソースを作りベースにする。
それにカレー粉の材料になる香辛料を加えてルウの出来上がり。
有り合わせの野菜と魚介を使ってシーフードカレーを作ってやった。
勿論、【千本槍】の拠点の台所で。
材料費はモーリスに買わせたが、場所は【千本槍】の拠点だし、作ったのは私なので、作ったカレーはモーリスが食べる分以外は全部私のものにして今夜の夕食用に回したかったのだが…
何処に隠れていたのか…
モーリスの護衛達が何処からともなくゾロゾロ出てきたので…
渋々と護衛達の分も皿に装った…。
ナン風に焼き上げたパンを合わせて出した所、シーフードカレーは好評で
「香辛料が入ってるのに美味いな…」
「色がアレだが味は見た目を激しく裏切るな…」
と護衛達が好き勝手な感想を言いつつ、モーリスも護衛達もお代わりを所望し、結局余りは出ずに夕食用に回す云々の計画は崩れ去った…。
「…コレは、広めたら流行ること間違いなしの料理ですね」
とモーリスは嬉々としてカレーを4杯も食べた…。
(そう言えば、異世界転生モノのラノベでは主人公が知識チートする話も多かったな…)
と急に思い出した。
美味しいものを広めるという無害なものもあれば
産業革命を起こす技術を広めるとか
医療技術を広めるといった世界全体に影響を及ぼすものもあった。
人間の生活を便利にする技術・人間を長寿にする技術。
それらは人間が生きる事で生じる自然界への負担を激増させる。
よってそれらは広める事に多大な責任が伴う事になる。
「人々が便利な生活を送り長生きする事は実はとても世界を蝕んでしまう事だ」
という事実を軽視してはならない。
それを踏まえるならば
「便利な生活を維持したまま人口を増やそう、などとは思えなくなる」
ものだ。
惑星に対して配慮を望む良心的な人々の国では少子化が進む。
それは道理として正しい。
逆に惑星にも環境にも配慮もせず
「自分達さえ良ければ」
と思う人々の国では人口は増え続ける。
それは道理に背く。
人口抑制しない国では
「生きる土壌である生存枠を他所の国に入り込んで乗っ取れば良い」
という略奪思想が正当化される事になる。
実際に他国へ移住して、乗っ取り侵略を実践。
祖国はそれを援護射撃、という図式。
人間性が両極化したあの世界…。
そこに在った多様な文化・知識…。
拡散してもこの世界を食い潰すような事にならない文化・知識に限定して
(食文化のみを)
拡散する分には、そこまで問題はないのだろう…。
(と思いたい)




