不美人の淘汰
エアリーマスへ着くまでに魔物の襲撃が4回あったが、盗賊による襲撃はなかった。
対人戦闘は参加しなくても気が重いので私は
(盗賊の襲撃がなくてよかった)
と、しみじみ思った。
商隊主のモーリス・ブラックウェルは【風神の千本槍】メンバーを気に入ったらしくて
「互いの都合が合うならまた依頼したい」
と言っていた。
基本的に商人はリップサービスする相手を選ぶ。
お世辞をお世辞だと理解できる人間にはお世辞を言うが…
言葉を言葉通り受け取る脳筋人種には事実しか言わない。
なのでモーリス・ブラックウェルは
「本当にまた依頼したい」
と思ったのだろう。
私の分析ではモーリスが
「専属護衛の親戚達の実力を底上げするために、本当に実力のある冒険者の戦闘を間近で見させたい」
と思ってるように見えた。
(権力というのは土壌に強固な一族主義があるんだな…)
という事がモーリス達を見ていて分かった。
一方でーー
私と【千本槍】メンバーに妙な偏見を持つと同時に態度を硬化させた【一角獣】メンバー達とは、仕事終了と同時に挨拶もなく別れた。
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エアリーマスへ戻り、真っ先に冒険者ギルドに依頼達成報告に向かうと…
【風神の千本槍】には早速指名依頼があるらしく次の仕事予定が埋まっていた。
商船の護衛。
チェスターに言わせると
「船の護衛は船長の舵取りが上手くて優秀な砲撃手に恵まれてないと、船自体が沈められるんで、乗る船を選ばないと不可抗力で死ぬ羽目になる。
だが、この船なら何度も護衛してるし、問題ない」
との事。
言われてみればーー
対魔物戦闘や対人戦闘が幾ら強くても船が沈められてしまえば海のど真ん中に放り出される事になる。
敵の砲撃でまんまと船を沈められてしまうような船長の元では、高ランク冒険者も不可抗力で死ぬ可能性がある。
「…マリーも薄々気付いてるだろうが、海賊って生き物も盗賊と同じく、何処ぞかの国や組織の兵隊だからな。
『金がないから、生きていくために仕方なく他人から奪う』ような盗賊像・海賊像は全くの出鱈目だってことだ。
そもそも本当に金がないなら船など所有できない。略奪に命をかける悪党共を支援している何処ぞかの権力者やら金持ちがいるから犯罪者集団は『ただのならず者の群れのフリをした兵隊』としてのさばれる。
船乗り達は荒くれ者揃いだが所詮は民間人だ。冒険者のような戦闘のプロが肩入れしてやらないと一方的に食い物にされる事になる」
ランドンが商船に冒険者が護衛として雇われる理由をそう説明してくれた。
(…世の中、本当に世知辛い…)
私が渋い顔をしていると
「悪い事ばかりじゃないんだぞ?外国の港町に向かうんだから、小旅行感覚で数日外国に滞在できる」
とテレンスが言い
「マリーが見た事のない食材もあるだろうし、日保ちしそうな食べ物なら向こうで仕入れてくれても良いんだよ」
とクラークも有り難い話をしてくれた。
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(そう言えば、船酔いとか、気を付けるべきなんだろうか?)
と少し気になった。
(でも、馬車があれだけ揺れまくってたのに大丈夫だったから、案外この身体は乗り物酔いしにくい仕様なのかも知れないな…)
と思った。
このマリーの肉体は異様に丈夫だ。
前世の日本人基準ではちょっと考えられないくらいに。
だいたい、この世界の医療は未発達。
薬すら誰でも入手できる訳でもない。
怪我をしたり病気になっても当人の自然治癒力に任せる事が多い。
特に女子は。特に孤児は。
この世界の成人は男女比に偏りがある。
「女は男より力も弱くて労働力として当てにならない」
と思われているので運良く手に入れた薬草なども女子のためには使わず男子のために使う事が多い。
一方で、容姿の優れた女子の場合は
「良縁で家に貢献する」
可能性が考慮される。
そのため、不美人女子は切り捨てられ見捨てられ淘汰されるので…
この世界の女性は美人が多い。
(男性はその限りではなく、イケメンは少ない)
要は
「美人が多い社会」
というのは
「それ以外の人達が容赦なく切り捨てられてきた社会」
ということだ。
切り捨てられた幾人もの人々の屍の上に生者は生きている…。
丈夫さというものも、幾人もの人々の在ったかも知れない人生の可能性の一端を受け取って得られるものなのかも知れない…。
(…まぁ、丈夫さは怪我や病気をしても死ににくいという事だから、結果が治癒に結び付かない場合には、無駄に苦しみが長引く事でもあるので一概に良いことだとは言い切れないんだよね…)
と複雑な気持ちになる。
それはそうとーー
船旅は風向き次第で到着・帰還までの時間が変わるそうなので、食料は多めに準備しておかなければならない。
水はまたも台所に備え付けてある魔道具を持っていく。
またもクラークの管理なのでクラークが魔石を切らさないように、魔石を幾つか入手。
私の方でも念のためにバックオーダーで2リットルのペットボトルの水を大量にゲット。
亜空間収納庫に保管しておけば、いざという時に飲めるからだ。
ペットボトルなどという、この世界に存在しない容器に入ったものをそのまま出すのも後々面倒そうなので…
清潔な樽に移しておかなければならない。
亜空間収納庫は時間停止してるので移し替える事による雑菌の繁殖も抑制できるだろうし、何よりピュリフィケーションで殺菌できる。
食料もいざという時のためにカロリーメ⚪︎トのような栄養補助食品を大量にバックオーダーしておいて、漂白されてない植物紙や布に包んで亜空間収納庫に入れておいた方が良さそうだと思った。
それらはあくまでも緊急用なので、この世界で入手できる食料もちゃんと用意していく。
買い出しに出掛けて、またも携行食作りに精を出す事にした。
それで市場を物色しているとーー
見知った顔を見かけた。
エアリーマスまでの帰路を一緒に来た商隊の商隊主のモーリス・ブラックウェル。
私が
(えっ?)
と思いながら見つめていると
「市場調査ですよ」
と和かに話しかけてきた。
どうやら
「拠点の町以外でも商人は物の値段を見て回るべく冷やかしでウロウロする」
ものらしい。
(…何故、お店の人達が冷やかしを本気で嫌がるのか、何となく分かった…)
他人の心理が急に腑に落ちた。
物の値段の相場を見て回る者達からすれば
「相場よりもほんのちょっと安い値段」
で客を釣りやすくなる。
一方で
「毎日同じ値段で物を売ってるだけなのに急に売れなくなる」
人達は何が起きているのか分からないまま売れ行き不振に悩まされる事になる。
商品売買の現象の背景ではそういった戦術が取られてるかも知れないのに…
市場調査の重要性を理解しない商人はずっと何も気付かない。
それでいて
「不審な連中が冷やかしに来た後で物が売れなくなった」
事を潜在的に察知してるから、冷やかしを潜在的に嫌う。
そういった出来事が履歴にあって…
「冷やかし客に対して異様に無愛想になる」
三流商人が出来上がるのだろうと思ったのだった…。




