発見物資の私物化
人参の皮をくすねて食べるようになって、気分的に少し夜目が利くようになった気がしている…。
(希望的観測とかプラセボ効果というヤツかも知れないけど…)
試しに夜の食器洗いと厨房掃除を終えてから川まで行く。
そのまま茂る草むらを掻き分けて川沿いを下ってみる。
途中で雑木林もあって、川沿いの獣道は悪路だが…
それでも人目に付かずに町まで行くのには最適だ。
ただ、夜中に人目の無い場所を独りでウロウロするのは流石に度胸が要る。
何気に物騒なのだ。
川岸の浅瀬に腐りかけの死体のようなものを見かけーー
ゾッとして心臓が凍りかけた。
(こんな所、人が来ないし、誰にも発見されないんじゃないか?)
と思ったので…
思わず死体の下に木の棒を差し込んで
死体をもっと流れのある川の真ん中の方へ向かって押しやり
そっと押し流した…。
町まで流れ付けば誰か発見して、身元も調べられ、埋葬してもらえるだろうと思ったからだ。
決して死者を蔑ろにしたつもりはない。
(無賃無休で働く私と違って世の中の大人はもっと余裕がある筈。死体を見かけたら、社会規範に則った対処をしてくれるだろうから、それに任せよう…)
そう思う事にした。
暗がりで
腐ってたので
死因など調べようも無かっただろうが…
(…誰かに殺されてるとかなら、物騒だよな…)
という事だけは引っかかった。
ハァァーッ
と溜息漏れつつ川沿いに更に雑木林を行くと
一人用の小さなテントが広げられているのが見えた…。
(もしかして殺人犯がキャンプしてるとか?)
と疑惑が浮かんで心臓が急にドキドキし出したが…
(いや、それは不自然だな…)
と思い直した。
(死体が腐って異臭がしてる中でテント張ってキャンプとか一体どんな精神異常者だよ!そんなヤツいる訳ない!)
と常識が今更ながら脳内喚起されたため
(死んだ人がこのテントの持ち主だったが、川辺にいる時に事故か何かで急死したと思う方が成り行き的に自然だろう)
と判断。
恐る恐る近寄ってテントの中を見るとーー
着替えや保存食、金属製の飯盒・カトラリー類、杖、寝袋などがあった。
咄嗟に
(持ち主が既に死んでるんなら、この物資は誰のものでもない筈…。私が使っても問題ないよね?)
と御都合主義的な考えが浮かんだ。
ローズマリーとしての私は朝から晩まで無賃無休で働いていて、良識を習う機会もなかったし、他人の良識で救われた経験もない。
咄嗟にガメつく考えるのは至極当然だ。
よって
「死者のものらしきテントとその中身をいただく」
のは自分的に決定事項。
そうと決まればーー
嬉々としてテントを畳み、物資と共に雑木林の低木群の茂みの中に突っ込んで隠した。
「自分のもの」
と言えば、ネリーのお下がりのボロ着くらいしか持たない身なので…
こうやって誰かのものだったのを自分のものにすると決めて隠すと、少し気分的にウキウキした。
ふと
(…お金に困ってない人達が他人の物を盗むのって、「非日常」と「獲得」が同時に起こる事でギャンブルで勝利した時みたいな昂揚感を味わうからなのかも知れないな…)
と不謹慎な事を思った。
「非日常」が「獲得」のイメージで関連付けられるか
「非日常」が「損失」のイメージで関連付けられるか
その違いが人間の方向性の違いになる。
前世の自分自身の個人情報について記憶は曖昧なのに
「自分は保守的な人間だった」
という事だけはよく覚えている。
名前、住所、生年月日、親族・友人の名前などが記憶から抜けていて
「強い感情を持った出来事」
だけが記憶にある。
あと、前世の自分に霊感があった事も覚えている。
とは言えーー
地球世界では「霊感」「霊能術」は誤解されていた部分が大きい。
実際には人間の脳はネット端末に似ていて、生体インターネットとでも呼ぶべきものによって共鳴や同期化が起きていて、それらが伝統的に憑依・眷属化などと呼ばれていた。
些細な事で激しく感情的になって反社会的行動に走る人達の多くが
「バックグラウンドで犯罪者達の犯罪脳に共鳴していた」
訳だが…
脳とネット端末との類似が科学的に証明されていない社会現状では、そういった負の共鳴による犯罪多発を抑制する有効な手立てなどは取れていなかった。
犯罪者に抑制を強いない犯罪者に優しい社会では、無辜の人々はストレス過多状態に陥らされるものだ。
そうやって陥るストレス過多状態での苛立ちと無力感…。
どんな状況で
どんな風に心が動いたか
それらが記憶に残っている。
前世の自分にとって「非日常」は「損失」のイメージで関連付けられていた。
だから前世の自分は変化を望まなかった。
不動の日常を望み、保守的で堅実だった。
それを魂の記憶として覚えている。
一方で、「非日常」が「獲得」のイメージで関連付けられている人達は変化を望み非日常を望んだが…
それを突き詰める事で略奪・詐欺などの犯罪へ至る反社会性が培われていたように見えた。
お陰で
(「持ち主がいないなら自分のものにする」というやり方も匙加減を間違わないように気を付けた方が良いんだろうなぁ…)
と自己抑制の必要性を感じた。
とりあえず
「夜中に川沿いを行く事で誰にも会わずに町まで行ける」
という事は分かった。
町の川辺から教会までの距離も近い。
スキル授与式で使われる聖杯は聖堂奥の宝物庫に保管されているのが定番。
聖堂入り口のドアの鍵が一般的な錠前である事を確認してから、来た道を引き返して公爵邸の自室まで戻った…。
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自室まで戻って真っ先に思ったことは
(針金とペンチは物置小屋にあったよな…)
ということ。
物置小屋の工具箱には金属用の差し油もあったので
(鶏小屋の鍵が近頃ギシギシしてるし「油を差したい」と言えば誰にも怪しまれずに針金とペンチを持ち出せる…)
と計画を立てた。
私は普段から必要なければほぼ喋らないほうなので
「教会に忍び込んで自力でスキルゲットする」
「そのためにピッキングの練習をする」
と考えていても、おそらく誰も事実に気付かない。
内心で
(皆の冷たい無関心が有り難い…)
と思いながら、早速物置小屋へ入り込んで針金をペンチで加工、ピッキングの練習を始めた。
鶏小屋・犬小屋・馬小屋の錠前は中・大・特大といった感じでサイズが違う。
教会の聖堂に付けられていた錠前は大。犬小屋と同じサイズだ。
暇さえあれば人目を忍んで重点的に犬小屋の錠前を使ってピッキングの練習を重ねた…。