盗賊団の討伐依頼
ギルドマスターの執務室に冒険者達が集められた。
ギルマスはまだ来ていない。
なので出されるであろう依頼について皆が思い思いにお喋りをして情報共有を行なっている…。
「盗賊討伐の依頼か?」
「盗賊団が襲撃する標的の商隊は判ってるんだと。それ以上の、いつ何処のポイントで襲撃して来るのかって情報は、盗賊の頭が『臨機応変』で直前に決めてるらしくて事前把握ができないとのことだ」
「そうなると商人見習いを装って標的の商隊に付き添い、本当に商隊の目的地まで行って帰って来なきゃならなくなるんじゃないか?長丁場になりそうだな…」
「その分、依頼料はタップリもらえるんだろう?」
「ああ、だが、食い物とかは自分達で準備しておかなきゃならないって話だ。なんでも敵を警戒させないために討伐隊は木箱に入って荷物として運ばれる事になるらしい。盗賊が出てくるまで、木箱に籠って、荷物として馬車で運ばれるんだ。討伐隊の分の食料を商隊が運んでたら、商隊に紛れ込んでるかも知れない盗賊団の内通者に討伐隊が出てる事がバレるだろ?」
随分と面倒な事になっている…。
どうやら標的にされてる商隊はエアリーマスと南部領都ハートリーとの間を行き来する商隊のようで、馬車移動で片道7日から12日ほど掛かっているとの事。
(馬車での移動時間は積荷の多さや移動人数などの規模が大きくなる程増える)
行きに襲撃が無ければ、帰りに襲撃が有るかも知れない。
最長24日ほどの時間を木箱に入って過ごさなければならない、というのはちょっとした拷問だと思う。
(…食べ物も自前で用意して火を使えない、となると保存食・乾き物に頼るしかないだろうな…)
ドライフルーツ、ナッツ、乾パン、水を出す魔道具。
そういった物が必要になる筈。
それにしても心配なのは、狭い場所で姿勢が固定されて運動も出来ずに居続けなければならない点。
いざ盗賊団が襲撃してきたとして、その状態で満足に動けるのかが謎だ…。
「健康上の問題は診療室のマードック先生も来てくれるから大丈夫なんじゃないか?」
「あと、ギルド職員のセルデンが指揮を取るという事だし、大丈夫だろ。セルデンは元々はハートフィールド公爵家の暗部出身という噂だし」
計画を詰めるとの事で、冒険者ギルドエアリーマス支部のBランクパーティーのうち【風神の千本槍】と【狂戦士の蛇比礼】の面々がギルドマスターの執務室へ集められているのだが…
(…今回、ポーターって要らなくない?…私、この場に居ない方が良いんじゃない?)
と思ってしまった。
その空気を察知でもしたのか、診療室付き職員のマードックが縋るような目で私を見てくる。
(…そこはかとなく不安では有るんだよね…。マードック先生、表情からして怪我人・病人が出ても対処できませんて不安感を漂わせてるし…)
不安感漂う空気の中、ギルマスが執務室に入ってきた。
ギルマスはランドン以上に顔が怖い…。
許可なく言葉を発する者に殺気を飛ばしかねないような不機嫌な雰囲気を纏っている。
「…揃ったか?」
とギルマスが職員のセルデンに声を掛けると、セルデンが無言で頷いた。
「狭い所に集まってもらってすまんな。ここの支部に限らずだが、ギルマスの執務室の執務机は【盗聴】スキルや魔道具の効果を阻害する魔道具となっている。
間諜が何処に紛れ込んでるか分からないもんでな。大事な話はこの部屋で済まさせてもらう」
ギルマスが何気なく間諜の存在を匂わせたので
(…そういう物騒な話に私を巻き込まないで欲しい…)
と私は痛切に思った。
「本来なら盗賊団の殲滅は騎士団が動くべき案件だが、こと盗賊団メンバーが民間人のゴロツキのフリをした異邦の非正規兵である場合に騎士団を動かすとアングラで国際問題になりかねない。
敵が外国人民間人のフリをしている以上、我が国でも軍の介入は控えて、民間の悪党狩りで処罰していかなければならない。
これまでにも一癖ある盗賊団の討伐に関わった者達なら、こういった事情にも詳しいだろうが、今回初めて知る者もいる事だろう。
詳しい話はお前達の指揮を取ってもらうセルデンから聞いてくれ」
ギルマスは職員のセルデンに説明を任せるようだ。
「今回討伐しなければならない盗賊団の情報について先ず説明させていただきます。
今回討伐しなければならない盗賊団のメンバーは全員外国人、具体的にはマルセル人です。
彼らの国、マルセル王国は表向きは我が国とは友好国です。
ですがそれはバールス王国を牽制するための見せ掛けの意味合いも強く、実際にはマルセル王国の非正規兵は我が国の裏社会に喰らい込もうと暗躍を繰り返しています。
今回討伐しなければならない盗賊団も、その口です。
ここで注意しなければならない点は、我々が彼らをマルセル王国の非正規兵だと知っていて屠れば、マルセル軍へ露骨に喧嘩を売る事になってしまう点です。
なので表向きは何も知らない風を装い『ただの悪党を狩ったらたまたま全員が外国人だった』という事にしなければなりません。
そして『1人残らず殺して、生き残りを絶対に誰一人として出さない』という事を徹底する必要があります。
盗賊などする連中は卑怯な人種です。不利になると『自分達の後ろ盾はマルセル王国軍だ』と明かし、捕虜として生き残ろうとしてくるでしょう。
その際には我々は同盟国であるマルセル王国の信義を信じているフリをして、盗賊達の話を『デタラメだ』と一蹴する必要があります。その上で全員を殲滅。
『マルセル王国が非正規兵を我が国に送り付けている』ような仄めかしがあった事すら、マルセル側へは知られないように全員を口封じします。
全面戦争を避けるためにはそういった『民間人のフリをした先兵を根絶やしにしながら兵隊だとは気付いてないフリをする』配慮が要ります。
我が国とマルセル王国の屋台骨である『圧倒的多数の民間人の命と生活と財産を守るべく全面戦争を避ける』には、平和状態維持の生贄としてマルセル王国の非正規兵を、それと気付かないフリをしつつ殲滅し続けなければなりません」
セルデンが物騒な話をすると…
私の知らない冒険者の1人が
「マルセル人というのはバカなのか?バールスを牽制するために我が国と友好を結んでいるのだろう?
それなのに非正規兵をゴロツキ民間人に見せかけて我が国の裏社会を仕切らせようと送り込んできてるのか?」
と目を丸くして聞いた。
それは私も思ったことだ。
(…ホント、バカなのか?マルセル人…)
「…基本的にマルセル人という人種は倒錯しています。我々ホワイト人からすれば狂ってるようにすら見えます。
バールス王国は他国への侵略・略奪を国ぐるみで正当化・推奨している国であり、そういった価値観は文化や宗教で後押しされているため、略奪で富を得ようとする欲望が根深くて執拗です。
マルセル王国は険しい山谷に隔てられているとは言え、バールス王国と陸で隣接していて、攻め入れられては度々亡国の憂き目に遭ってきた歴史を有しています。
ナタを持ったキチガイがすぐ隣に住んでいて、いつ襲いかかって来るか分からない。そういうストレスを感じ続けると、いつしか人は倒錯して支離滅裂になり目先の欲だけで生きるようになるものです。
マルセル王国は今でこそ王国制に戻ってますが一時期は地方領主達が独立していたり、或いは王政を廃して共和国を称していたりした事もあります。
多くのマルセル人は移り気で言う事が二転三転します。自己中心的で自惚れ傾向のある人種だという性質だけは変わりません」
セルデンがそう言い切ると
その場に居る全員がハァァァーッと溜息をついた…。
対バールスで共闘しなければならないのに…
「あわよくばホワイト王国を内部から乗っ取り搾取したい」
などという欲で不誠実極まる動向へ流れているのだろう…。
マルセル人という生き物に対して私はしみじみ
(人間の邪まさを満載したような難儀な人種だな…)
と思った…。




