バックオーダー
この世界ーー
パンは日持ちさせるために敢えて水分を抜いてカチカチに作る事もあるが、そういったパン作りは流通網が未発達で物自体が不足している土地特有の文化ではある。
ウィングフィールド公爵邸の下級使用人達がパサパサの固い黒パンを食べていたのは、それこそ「数日分をまとめて焼いておく」手抜きゆえだ。
ここで私がそれを真似る必要はない。
ただドライフルーツで天然酵母を発酵させるのも直ぐにとはいかないので、しばらくは酵母菌無しのパンを焼く事になる。
(…そういえば「取り寄せ」魔法が使えるようになってるんだよな…)
と変わり種魔法について考えた。
「引き寄せ…手元にある物と同じ物を増やせる」
と同じような変わり種魔法…。
「取り寄せ…過去に直に目にしたものを出現させる」
…一度使ってみたい…。
地球世界の調味料を出現させられるなら、この世界で超高値の香辛料をこの世界でわざわざ買わずにその風味を味わえる。
ドライイーストもゲットできる。
…私は夕食作りを始める前に屋根裏部屋に駆け込んで
「取り寄せ」
で調味料を始めとする入手困難な食材をアレコレ出してみようと思った…。
思わず調子に乗ってしまったのだろう…。
取り寄せ先が地球世界だからなのか…
「引き寄せ」と違って
「取り寄せ」はてきめんに魔力を食う…。
(妙に頭がクラクラするな…)
と思いきや、いつの間にかバッテリー残量ゲージが20%を切っていた。
私が魔力をここまで消費したのは今まででも初めてだった。
だが成果は大きい。
大量の食材、調味料・香辛料を地球世界からバックオーダーでゲットした。
亜空間収納で保管しておけば誰も見てない時にサッと出してサッと使う事ができる。
これで調理のレベルも格段に上がる。
ランドンが買い置きしていた魚を捌いてフライにする。
油は贅沢品だが、揚げ物で油を贅沢に使った後は石鹸にして再利用できる。
石鹸がこれまた贅沢品なのを考えると、揚げ物で油を消費しても、そう無駄使いだとは言えないだろう。
買ったその日のうちに調理するのならどんな風に調理しても美味しいが、即日消費ではないのなら魚はしっかり味付けして火を通すなりフライにするのが良い。
バックオーダー品のポテトも揚げる。
魚とポテトの揚げ物の相性は良い。
スープはあっさりとコンソメ味にする。
付け合わせの野菜は茹でてマヨネーズで和える。
パンの発酵にはドライイーストを使用。
(うん。美味しくできた…)
と自分でも満足して食卓に食事を並べた。
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「…そうか【清掃】スキルと【調理】スキル持ちか…。やっぱりスキルの有る無しでは雲泥の差が有るんだな…。もっと早く気づいていれば…」
とランドンは私の手料理を食べながら、肩を落とした。
これまでの自分達の苦労が完全に無駄であった事を悟ったようだ…。
「それにしても嬉しい誤算だったな。人買いから逃げて来た子に住まいを提供して人助けしたつもりが、本当にこっちの方が世話になりまくった。
すまないな。契約更新時に給金をアップするから1ヶ月は我慢してくれ」
チェスターも私の清掃と調理の腕に満足してる様子。
「そう言えば契約内容の家事に洗濯が含まれてませんでしたが、洗濯物はどうしてるんですか?」
「週に2回業者に依頼してるんだ。マリーも一緒に出すか?」
「いえ、私は自分で洗濯できます。そもそも毎日やってましたから洗濯も得意です。【洗濯】スキルは有りませんが」
「…どんだけこき使われてたんだよ…」
テレンスが哀れみの目を向ける一方で
「それにしても、皆、よく食べるなぁ…。この調子じゃ明日の朝食用の分が無くなるんじゃないか?」
とクラークが心配そうに指摘。
勿論、私はその点も抜かりはない。
「朝食用は朝食用で食材購入しておきました。寝る前に仕込みをして、ちゃんと朝から作りますよ?何時に食べるんでしょうか?7時頃に出来るように作るので大丈夫ですか?」
「それで頼む」
「おお〜っ!なんか食事をするのが楽しみになってきたな!」
「食い過ぎてデブりそうな人が一名…」
「朝は食欲が無いんだが、このレベルの食事なら普通に入りそうだな」
皆が楽しみにしているようなので
(作り甲斐があるよなぁ)
と微笑ましく感じた。
食後の後片付けを終えて屋根裏部屋へ戻ると魔力量を確認。
あまり回復してない。
(今またバックオーダーしたら、また魔力が20%とかになって頭がクラクラするな…)
と不安を感じたので、バックオーダーは就寝前に使うつもりだ。
寝てる間の魔力回復ペースは起きてる時よりずっと早い。
私としては地球世界の物を取り寄せ出来るなら
(生理用品や下着、靴下や靴は絶対地球世界のを使いたい)
と思ったのだ。
屋根裏部屋で着る部屋着も地球世界の製品を使えそうだが、外で着る服を地球製品にすると「素材が違う」と気がつく人達も居そうだ。
なので目立たない物を地球製品にすり替えていくに限る。
アクセサリー類に魔法を付与しておくと、魔力を大量に使って余力の無い時に助かるかも知れないし、色々試してみたい。
(寝れば魔力も回復するし。寝る前の慣例行事として「毎晩地球製品を少しずつバックオーダーでゲットしていく」ようにしても良いかも)
(まぁ早急に必要なのは靴下と靴か…。旅の間で、元々ボロだったのが益々消耗して穴が空いてるし…。洗い替えとかも持ってないし…)
(…にしても、この身体の足のサイズが分からないから、一番先に必要なのは物差しかな?)
バックオーダーするべき物の順番を考えながら、この世界の文字の練習をと思い、水で濡らした指で床に字を書いていたら…
(あ、そうだ。この部屋にはどうせ誰も来ないんだから地球製品の紙とペンが沢山あっても誰も不審がらないし、練習し放題なんだ…)
と気が付いた。
物差し定規、靴下、靴、ノート、ペン。
今夜バックオーダーする物は決まった。
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つつがなく就寝前にバックオーダーで目当ての物をゲットして、そのまま寝て翌朝。
(朝は軽めの動物性タンパク質が良さそうだし。卵料理とドライフルーツを使いたい所だね)
魔力は回復が済んでてバッテリー残量ゲージは100%。
昨日もらったエプロンを
「引き寄せ」
で複製して洗い替え用に保管。
早速、朝の支度に取り掛かる。
公爵邸の時も真っ先に井戸の水汲みをやっていた。
野菜を洗うにも掃除をするのにも水が要る。
汲み置いて不純物を沈殿させて上澄みを飲食用に利用していた。
この家の場合は魔道具で出す水を飲食用に使うので上澄み利用は考えなくても良さそうだが、魔道具は魔石で動いていて、魔石は度々交換が必要。
誰もいない時には
「顕現」
の練習も兼ねて、火や水は魔法で出した方が良さそうだ。
早朝の掃除も
(誰も起きて来ない間に「清掃」で綺麗にしておくか)
と思い、魔法で済ませた。
一度魔法で綺麗にして「衛生保持」しておくと、次から手動の掃除で手抜きしても綺麗さを保てる。
チェスター達の寝てる各部屋の掃除は出来ないものの、廊下の掃除は早朝なら魔法で一瞬だ。
手動で掃除したように見せかけるべく、雑巾用の布を水で濡らして洗濯室に干しておく事も忘れてはいけない。
そこまで済ませてから
「自分自身の入浴」
をする事にした。
ピュリフィケーションで殺菌してたから変な雑菌の匂いなどは無いにしても…
肌から出る油分が蓄積して髪はしっとりを通り越してベタついて感じられる。
気にせずに済むように細布で縛ってまとめているが、それでも気になる事は気になる。
(石鹸で洗うと絶対ギシギシになるだろうな…)
と簡単に予想がつくので、またもやバックオーダーの出番だ。
幾つも出すと魔力もその分消耗するのでリンスインシャンプーを取り寄せ。
この世界にはない製品によって浴室内が良い香りで満たされた。
(そう言えば、この世界の石鹸、香りとか付いてなかったよな…)
と思い出し、身体を拭いて服を着た後で浴室の窓を開けて換気する事にした。




