申告漏れスキル
台所へ行ってみると、思った通り異臭の発生源だった…。
「生ゴミを捨てる」
という習慣が無いのか…
生ゴミが積み上げられて内部で腐敗してるようだった。
(こ、コレは…)
と流石に怯んでしまい
「台所のような内側から鍵をかけられない場所は全て手動で対処する!」
と決めていた自分ルールを早速破ってピュリフィケーションした…。
ピュリフィケーションで殺菌できるのみならず排泄物や腐敗物が堆肥化するのだから…
ピュリフィケーションには殺す菌と活かす菌とを区別して人間の生活に貢献する機能が備わっているのだと思ってしまう。
換気扇のようなものがないのも台所の生ゴミが家全体の異臭の発生源になりやすい原因なのだろう。
(まぁ、今は台所も私1人きりだけど、そのうち誰か来るだろうから「普通に手で掃除してる様子を目撃者に目撃してもらう」のも可能だろう。頑張って手動お掃除スタート)
布巾と雑巾を探すが、使い込まれた布しかない…。
「ここにある布を雑巾として使って、木箱にあったリネン類から布巾に使えそうなサイズの布を布巾として使う事にしようかな…」
とりあえず、台所にある布を使って台所の掃除を始める事にした。
そこでふと
「洗剤はないのかな?」
と気になった。
公爵邸での掃除では洗剤代わりにアルカリ成分が染み出す鉱石を沈めた水を使うやり方だったが、それは此処では当てはまらないようだ。
此処にはそれらしき洗剤代わりの水の汲み置きがない。
だが固形石鹸が置いてある。
公爵邸では洗濯には液状の石鹸を使っていた。
植物を燃やした灰から出た灰汁と廃油で作る液体石鹸…。
燃やす植物が海藻などだと石鹸が固形になるらしく、公爵邸の使用人の中には領都にある公爵城から来た者達もいて
「海辺近くの公爵城では石鹸は固形だ」
と言っていたのだとか。
それを思い出して
(石鹸を手洗い兼掃除にも使うのがエアリーマス仕様なのかもね…)
と思った。
(だけど、この世界…。石鹸とかも高価な筈…)
思わず「ケチらずふんだんに使いたいから」という理由で石鹸を増やしておこうと思いついた。
誰の気配も周りにないのを確かめてから
「引き寄せ」
で石鹸を増やした。
立て続けに
「引き寄せ」
「引き寄せ」
「引き寄せ」
と更に石鹸を増やして三つは亜空間収納で収納。
最初に増やした複製品を使い、バケツの水に石鹸を沈めて成分を溶かした。
…魔法を使わずに普通に掃除するのは公爵邸を出て以来だが、10数年の掃除歴がある。
魔法と違い体力は使ったが、ちゃんと水拭きで出来る範囲で綺麗にできた。
(「見違えた」と思うくらいには綺麗になったけど、別に「異常に」綺麗になった訳じゃないし、別にコレはコレで良いか…)
私が満足して台所を見返しているとドアが開いて
「なんかトイレが別次元レベルで綺麗になってて驚いたんだけど?」
とクラークが入って来た。
「ええ、そうでしょうね。お掃除は得意ですから」
私がニッコリ微笑むと
「…いや、…掃除が得意とかそういうレベルじゃないというか…。以前【清掃】スキルを持ったプロの掃除人の仕事を見た事があるけど、それくらいのレベルだったよ?」
と顔を引き攣らせながらクラークが苦笑した。
(冒険者ギルドに自己申告してなかったスキルに関しても言っておくチャンスだよね…)
「はい。冒険者登録に関係ないだろうと思って登録時に自己申告するスキルの欄には記入してませんでしたが、私、【清掃】と【調理】のスキルも持ってます」
私が今更になって所持スキルをカミングアウトすると
「「えっ?」」
と、クラークの背後にいたテレンスも一緒になって驚きの声を上げた。
「ーーというか、台所も台所でメチャクチャ綺麗になってるんですけど?…業者雇ってここまで綺麗にしてもらうとすると、それだけでマリーさんにお支払いするひと月分の給金の3倍くらいの料金が一日分で求められるんですけど?」
と何故かテレンスが敬語になってツッコミを入れた。
「そうなんですね?…私の場合、どんなに働いても給金が出ない環境でしたから、どのくらいのレベルの掃除でどのくらいの報酬が支払われているのかなんて何も知らないんですよ…」
「「………」」
「でも、良いことを聞きました」
「…俺はマリーを安くこき使ってしまったと罪悪感を持つべきなのか、或いはマリーを無賃で働かせてた連中から匿う手助けをしてあげてると善良さを誇るべきなのか、ちょっと正直分からなくなったよ…」
テレンスが頭痛がしてるような仕草で掌で額を抑えた。
「別にこの程度でこき使われてるとは思いませんよ?私が暮らしてた場所では朝の5時半から夜の8時半まで15時間働いて、休日も無しで無賃なのが小さい頃からの日常だったんで…。
この程度でこき使われてると感じる人達がいたら逆に『お前何言ってんの?』と心底から不思議がると思いますよ?」
「…それはまた…」
「…お前、ホント人買いから逃げて出奔して正解だったな…」
クラークとテレンスが微妙な表情になってるのを尻目に
「…掃除に使った水を捨てて来ますね?浴室の外に出てある排水溝が排水路に繋がってるんですよね?
ここの排水溝は屋敷と近くて良いですね。下水道施工にはお金が掛かるから領主がケチだと汚水を捨てるのにも1キロ近く離れた所まで運ばなきゃなりませんからね…」
と言うと
「苦労したんだね…」
とクラークが少し涙目になって私の頭を撫でた…。
「あと、ちょっと気になったんですけど。魔道具らしき道具…。コレって水出す魔道具とか、火を出す魔道具とか、そういうのですか?」
「うん。それは水を出す魔道具。井戸の水も使うけど、基本的に掃除や入浴には井戸の水を甕に汲み置いたものを使って、飲み水とかは魔道具で出す水を使う事になってる。
井戸水を飲料用に使う場合は沸騰させて飲む。コレは南部では常識だから覚えてて。
あと、そっちのは火を出す魔道具。焜炉やオーブンに火を入れる際の火種用」
「便利ですね」
「そう。一応交代で夕食を作ってたんだけど皆面倒くさがりだから手を抜ける所は徹底して手を抜こうって事で、道具だけは便利なものが揃ってる。調理の腕は誰一人いっこうに上達しなかったんだけど…」
「何故なのか…。チェスターが作ると中が生焼けで外側は焦げてて、ランドンが焼いたものを食わされるともう殆ど炭を食べてる感じだな。
腕が上達しないとかいうレベルじゃなくて、そもそも人間が食える物を作れないんだな。
でも味とかろくに分からない胃腸の異様に丈夫なヤツらだから、その状態でも死なずに普通に生きてしまえるからな。
だから俺が家事をさせる使用人を雇う案を出した時も連中は乗り気じゃなかったよ」
「…ん、ああ…。俺は最初からテレンスに賛成してたよ。やっぱり食事はちゃんとしたものを作れる人に作ってもらう方が良いって」
「お前の言い方は気を使って婉曲過ぎて、アイツらには通じないんだ。お陰でこの拠点に越してきて以来アイツらの作ったものを食い続ける羽目になったんだ…」
「そうだったんですね…」
「以前は馴染みの宿屋を定宿として利用し続けていた。この屋敷は元は豪商の別荘の一つだったみたいで長い間空き家だったらしい」
「なるほど…」
私は屋根裏部屋の木箱を思い浮かべながら深々と頷いて相槌を打った…。




