ショートカットアイコンによる無詠唱魔法
マードックとも話が付いて、診療室にある薬や薬材に治癒効果を付与して、やっと私は診療室を後にした。
地下訓練場へ戻っても誰も居なかったので…
受付のあるロビーへ行ってみると、【風神の千本槍】メンバーが軽食・酒の出るコーナーでエールを飲んでくつろいでいた。
テレンスが私を見つけて
「よぉ!やっと来たな!」
と声をかけてきた。
私は
(結局、ポーターの話はどうなったんだろう?)
と思いながらも…
下手に何か尋ねる事で藪蛇になる気がして
自分の方からは特に何も言わずにおこうと決め
「お待たせしました」
とだけ返事をした。
「指名依頼書だ。この条件で受けてくれる気があるならサインしてくれ」
「では目を通させていただきますね」
書類に記載された条件は特におかしな所はない。
「お受けさせていただきます」
と返事をしてサインした。
あくまでも冒険者ギルドを通した依頼なので長期間契約はできない。
1ヶ月間の契約期間で、毎月更新するスタイル。
条件が合わなくなれば次からは契約更新しない事もできる。
住み込み使用人の給金は当初の話通りお小遣い程度だが、ポーターの給金は思ったよりも多かった。
「…ランドンが突っかかって悪かったな。マリーも聞いた事くらいはあるかも知れないが、冒険者のような危険の多い仕事では『寄生』という手口もあって、低ランク冒険者が高ランクに喰らい込んでくる事もある。
性的サービスの提供を対価に高ランクパーティーに寄生して、金を得るのみならずランクをも上げていく。
その手のヤツは面の綺麗な少年少女に多いからな。
マリーは実力もあって、その手の輩とは全く違うと思うんだが…ランドンは疑り深い性格なんで実際に自分の目で確かめないと気が済まなかったんだろうさ」
テレンスがそう言うと
「お陰でトウニーに大怪我させちまったし、今回はランドンのやらかしだな…」
とチェスターも軽くランドンを責めた。
「模擬戦させた代金は怪我の慰謝料も含めてタップリ払ってやるつもりだよ。俺の貯金をはたいてな…」
ランドンは仏頂面だ。
私は思わず
「トウニーさんを見かけませんでしたか?」
と訊いてしまった。
トウニーは怪我も綺麗に治って、妹の病気用の万能薬を握りしめて診療室から出て行ったので、一階ロビーを抜けて外へ出たと思ったのだが…。
「ん?トウニーは診療室じゃないのか?もう帰ったのか?」
とランドンが目を丸くした。
私が肯定の意を込めて頷くと
「変なヤツだな…。カネも受け取らずに帰ったのかよ…」
とランドンが首を傾げた。
クラークは多少トウニーの事情を知っていたらしくて
「妹さんに何かあって、お金の事すら忘れて帰ったのかも知れないよ。ランドンは責任持って家までお金を届けてあげようね」
とランドンに説教がましく告げた。
「…そうだな…」
ランドンがしゅんとなった所で
「それじゃ俺達のむさ苦しい拠点にマリーを案内してやるとするか」
と言ってテレンスがジョッキのエールを飲み干した…。
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冒険者達の拠点ーー。
いわゆるパーティーメンバー達のシェアハウス。
庭付き、厩付きの一軒家で、建物自体は比較的新しかった。
なので外観は綺麗だったのだが…
一歩屋敷の中に入ると異臭がしていて
(今まで一度も掃除とかしてないんじゃ…)
と疑いたくなる程に埃が積もって散らかっていた…。
「掃除は週に二回、トイレや風呂場などの水回りを短時間するだけで良い」
という契約だったが…
そんな簡単な掃除では一切綺麗にならない気がする…。
(うん。決めた。自分も住むからには徹底的に綺麗にする。誰か見てる時には手動で綺麗にするけど、誰も見てない時には魔法を駆使して綺麗にしてやる。自室用に使わせてもらえるという屋根裏は特に念入りに綺麗にしよう)
私の内心の思惑など知らずに男どもは
「晩飯の時間まで一眠りしたいな」
「楽な服に着替えたい」
「腹減った〜」
「トウニーの家へ行く前に風呂に入ってサッパリしておくとするか」
と思い思い好き勝手なことを言って、望む通りの行動へ移った。
ランドンはトウニーの家に金を届けに行く前に風呂で戦闘汚れを落としていくつもりのようだ。
ゴブリンの血の匂いが染み付いた身体で病人のいる家へ向かうのは気が引けたのだろう。
「あ、ランドンさん。お風呂はどういう形式ですか?浴室とトイレが同じ一室にある作りとかですか?」
と私が尋ねると
「いや、一応浴室とトイレは別になってる。と言っても薄い壁を隔てた隣だから、一方に誰か入ってたら、もう一方にも分かるようになってる」
との事。
「それじゃ、ランドンさんがお風呂に入ってる間にトイレ掃除しても問題無さそうですね?」
(ユニットバスだと誰かが入浴してたらトイレにも行けない。アレは本当に欠陥のある構造だと思う…)
トイレのドアは内側から鍵が掛けられるので魔法を使ってもバレない。
(というか、先に、よく使う魔法を「使用可能魔法一覧」からコピーしてホーム画面に貼り付け、ショートカットアイコンにしておきたい…)
と思ったので早速実行。
「傷治癒」
「浄化」
「衛生保持」
「清掃」
「付与」
「結界生成」
「後追い」
「傷病回復」
「状態異常回復」
「解毒」
をホーム画面に貼り付けたので
「仮想ホームボタンを押す→魔法のショートカットアイコンを押す」
という二つの手順だけで無言で魔法が使えるようになった。
半透明タブレットが自分以外の人間には見えないからこそ取れる方法だ。
家事では
「浄化」
「衛生保持」
「清掃」
は頻繁に使いそうなので…
いちいち言葉で言わずに、杖マークのアプリケーションを開かずに、ホーム画面のショートカットアイコンを押すだけで魔法執行できるようになるのは有り難い。
(こうしてる間にも誰か大小便したくなるかも知れないし…サッサと片付けますか…)
とにかく汚くて匂いが酷い。
当然ながら水洗トイレではない。
汲み取り式のボットン式トイレだ。
臭気が目に染みる気さえするので真っ先にピュリフィケーションを使った。
すると、便槽の排泄物までも堆肥化が進んだのか…排泄物特有の匂いが消えた。
次いでクリーンアップで綺麗にして、キープハイジェニックで清潔維持。
…使用魔力も思ったよりも大した事はない。
ごく短時間で劇的に綺麗になってしまったが…
実は【清掃】スキルも持っているのだから、不審がられたら
「冒険者ギルドの登録では書きませんでしたが実は【清掃】スキルも【調理】スキルも持ってます」
と自己申告しても良いかも知れない。
ここでは給金をもらえるのだ。
便利だと思われたらこき使われるのだとしても、それはタダ働きではない。
頑張っても良い。
トイレから出ると屋根裏部屋へ向かった。
屋根裏部屋へのぼる梯子は確かに細い。
筋肉ゴリラ揃いの男どもが足を掛けるとポキッと折れそうだ。
誰も屋根裏部屋へは上がらないという言葉に嘘はなさそうだ。
(ネズミとかいて糞だらけなんだろうなぁ…)
と思い、少し遠い目になりそうになったが、どうせ魔法で一瞬で綺麗になるのだ。
初見でトイレと同じくらいの不潔さを目にする事になっても、直ぐに気を取り直せる筈。
梯子を登って屋根裏部屋の入り口の押し戸を押すと…
ブワァーッと埃が降ってきた。
本当に誰も登った事がないのが証明された。
凄まじい埃にも負けずに屋根裏部屋へ上がるとーー
綿埃が積もり過ぎて原型がよく分からない状態の物が置かれてあった。
家具類のような大きな重い物は流石に置かれて居ないようだが、木箱らしき四角の物体が多数ある。
掃除してみないと四角の物体が木箱だとは断定できない。
ピュリフィケーション、クリーンアップ、キープハイジェニックの3点セットで綺麗にしてみるとーー
木箱らしき物はやっぱり木箱だった。
(魔法の効果は木箱の中までは及んでない筈だから、全ての木箱を開けてから、もう一度魔法で綺麗にしよう…)
そう思って木箱の蓋を開けていく…。
古いカーテンやらテーブルクロスなどの布類。
干し藁と共に詰められた壺や食器などの割れ物。
綿入りの布団、寝具類。
シーツやタオルなどのリネン類。
折りたたみ式の小さなテーブルと椅子。
絵を飾る額縁と絵の描かれた布。
木製の玩具類とぬいぐるみ。
時代遅れの服やドレス。
靴やバッグに日傘・扇子。
アクセサリーに毛皮。
そういった物が入っていて
(布団やシーツは使える!ベッドは無いけど、木箱を寄せて上に布団を敷けばベッド代わりになる!)
と一気にヤル気が出た。
木箱の中の物を全部出して広げる場所はないので…
布団やシーツなどのような「使う物」を木箱から出して広げて、ピュリフィケーション、クリーンアップ、キープハイジェニックの3点セットで綺麗にした…。
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屋根裏部屋から降りて浴室へ行くとランドンは既に入浴を終えていた。
脱衣所には大量の汚れた衣服類…。
(そう言えば、「洗濯」は契約の家事に含まれて居なかったけど…。洗濯業者にまとめて依頼してるとか、そういう事なのかな?)
と思い当たり
(洗うのは自分の服だけにしておこう)
と思った。
浴室は水垢が酷い。
トイレ程に不潔ではないものの…全身を洗う場所だ。
その割りには「洗った筈が、何故か逆にバイ菌が付いてきた」という事になりかねない程度には汚い…。
ここもまたピュリフィケーション、クリーンアップ、キープハイジェニックの3点セットで綺麗にした。
(ホント、一瞬で劇的に綺麗になるんで【清掃】スキル持ちじゃないと説明がつかないよな…)
と自分で綺麗にしておいて、自分で怖くなった…。




