フィランダー視点:2
この国の東部はかなり大変な事になっている。
俺は王立学院の卒業を控え、騎士団を統括する立場に今のうちから慣れておこうと我が国の現状が記された資料を読み漁っているのだが…
正直、気分が悪くなる。
東部と一口に言っても、搾取の旨味が少ない貧しい農村などは手付かずのままだ。
だがそれ以外の、主な港町や領都と周辺の栄えた町は実質、ほぼ異邦勢力に乗っ取られている…。
東部騎士団が機能していないのだ。
東部騎士団、南部騎士団、西部騎士団、北部騎士団。
四大騎士団の団長と側近は各方面の土着権力からではなく中央から輩出する事になっている。
騎士団長と側近のみは王家の息が掛かった者達だが…
それ以外の東部騎士達は皆地元東部の者達。
数人でできる事などたかが知れている。
せいぜい
「東部がどういう状態にあるのか」
情報収集して中央へ通達するくらいしかできない。
(それが今俺が手にしている資料だ)
ただ、中央からの騎士達には地元騎士と違い強みがある。
「単身赴任だと家族や恋人を安全な王都に残しておける」
という点だ。
一方で東部騎士達は地元民であるが故に、家族や友人も身近にいる。
「当人にとっての大切な人を敵に突き止められやすい」…。
10年ほど前まではーー
東部騎士達もバールス系移民やシーデーン人を警戒して、海賊・盗賊・強盗などをガサ入れしては、ホワイト王国の裏社会を乗っ取ろうとする異邦権力を牽制しようとする気概を持ち合わせていたらしいが…
その後、卑劣な知恵を付けた敵によって…
「騎士本人や騎士の家族・恋人の行方不明、惨殺死体の発見」
といった事態が多発した。
その頃に東部騎士を統括する筈のウィングフィールド公爵にも脅迫がされていて、ウィングフィールド公爵は結果、テロリズムに屈した。
ウィングフィールド公爵とそれに従順な一派は
「バールス系移民やシーデーン人への不当処分を禁じる」
と言い出したのだ。
「何が不当処分に該当するのか」
という所が勝手に決められるのだから…
それは
「実質的に東部騎士の迎撃権を封じた」
決定的な出来事となった。
後は坂を転がり落ちるように東部はおかしくなった。
単なる
「外国人犯罪者から身を守る正当防衛」
でさえ
「外国人を差別するヘイトクライムだ」
と歪曲されるようになり…
東部国民は反差別を掲げる外国人犯罪者達から一方的に因縁を付けられて金や尊厳や命を奪われるようになっていったのだった…。
ウィングフィールド公爵は
「負ける前から傘下の者達を切り捨てて異邦権力へのゴマスリを行った」
のだと言える。
その結果が東部全体の悲劇へと繋がった…。
そういった経緯もあり今や東部騎士達は
「愛国心を持てば味方である筈の上司から売られて敵へ引き渡される」
と誰もが悟ってしまっている。
愛国心を出して
「敵を排除するべきだ」
と行動を起こせば…
拷問の末の虐殺を自分のみならず家族や恋人までやられる…。
騎士団上層もこの国も助けてはくれない…。
誰も彼もが
「訓練だけして決まった給金をもらうサラリーマン生活」
に流れて国防に対して無責任になっても仕方ないと言えば仕方ない。
しかも冒険者ギルドでさえも騎士団と似たような状態になっている。
つまり、東部には
「侵略者を撃退しようとする男はただの一人もいない(存在できない)」
状態になっている。
「異邦勢力に裏社会を乗っ取られて国防が機能していない」
のだから…
民間人の平民達はただただ大人しく搾取されるしかない。
「護ってくれていないのに当たり前のように税を徴収し続ける東部貴族達」
に対して東部平民達はとっくに
「共に侵略者に対して抗おう」
などといった共闘意識を持てなくなっていた。
ーー東部の現状が纏められた報告書を読むと絶望しそうになる。
今はまだ王都は安全だが…
東部の現状を放置しておくと、危機はここまで侵食してくるであろう事は予想できる。
だがこうした自国の危機は大衆には周知されていない。
無駄にパニックになったり
無駄に異邦人を虐殺する者達が出てくる事が危惧されるが故の情報隠蔽だ。
「人々に危機を告知していない以上、危機を知る者達だけで(少数精鋭で)事態を纏めなければならない」
という責任も我々の身の上には降りかかる。
第二王子である次兄のファーディナンド兄上は王家の暗部を使って王都と王都近郊の町の裏社会を監視させている。
フェザーストンのスラムには異邦人が増えつつあるとの報告も上がっている。
如何にウィングフィールド公爵が「東部の守護」という四大公爵家の義務を放棄しているかが判ろうものだ…。
敵による虐殺・略奪に抗うのは元より
敵による植民地化に抗うのも領主の務め。
公爵という大領主ともなれば
「一族郎党の生命を掛けて民の生活と富と生命を護る」
必要があるだろうに…
ウィングフィールド公爵は公爵位がもたらす恩恵のみ受け取って
「外敵に対して抑止・撃退する」
という必要な責務を放棄してきた…。
積極的に国を裏切って敵を招き入れた訳ではないのは判るのだが…
「闘うべき時に闘うべき者達が闘わない」
「護るべき時に護るべき者達が護らない」
事で
「国がどうなるのか」
は予想できた筈だ…。
あと数年のうちにもこの国はウィングフィールド公爵家を断罪・処刑する事になるだろう。
(ヒューバート…。アイツは悪いヤツではない)
と、かりそめの友の顔が脳裏に浮かぶ。
ヒューバート・ウィングフィールドは個人として見れば善人だ。
だが、「闘わない」「護らない」というウィングフィールドの方針を踏襲している。
そうした卑怯さが消極的悪であれ悪である事実を高位貴族は神妙に受け入れなければならない…。
色々割り切った筈の俺でも、かりそめの友の事を思うと
「平民なら有事を有事ともとらえず闘わない護らない生き方をしても問題にならないのに…」
と王侯貴族の生き辛さにウンザリしそうになる。
「闘わない」「護らない」へと流れる事なく、国を、民を護るという事は大変な事なのだと改めて思う…。




