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理想のポーター

挿絵(By みてみん)


「ポーターに求められるのは体力だ。重い荷物を普段から担いで運ぶのみならず、逃げるべき時には荷物を担いだままある程度以上の距離を全力疾走でき、更には自分で自分の身を守れる程度の戦闘も行えるのが望ましい」


ランドンが雇う側にとってのポーターの理想を述べるが…


(…でも、そんなに体力があるなら冒険者のポーターなんて危険な仕事はせずに、商会に属して荷積み作業を行う倉庫内従業員とかになるものなんじゃないのかな?)

と私は思った。


そうーー

体力があり戦闘力もあって、それでいて性格面で戦闘が苦手な人というのは世の中にはそこそこいそうだが…

そういう人達はそもそも冒険者にはならない。


ランドンがポーターに望むのは

「冒険者にならず倉庫内での重労働に従事する」

タイプの人材だ。


(高望みだよね…)

と内心で呆れる。


基本的にポーターは戦闘力の低い低ランク冒険者の仕事。


弱いから戦闘に参加せずに荷物を運ぶものなのに…

いざという時のためにと戦闘力を求められるのだとしたら

「給金と見合わないリスク」

という事で成り手が居なくなってしまう。


「自分がどこまでやれるのか知りたい」

という気持ちがあるから、ランドンに言われるがままに大荷物を背負って地下訓練場までやって来たが

(出来ないなら出来ないで問題ない筈…)

と思う事にして、少し肩の力を抜く。


「訓練場の隅を全力疾走で10周してからFランク冒険者と模擬戦をして見せてくれ」


そう指示されるがままに私は訓練場の隅を走り出した。


最初の3周くらいまでは余裕だったが、4周目くらいから呼吸が乱れ出して

(…キツいな…)

と感じ出した。


普通の15歳の少女なら大荷物を背負って走るという事自体出来ないのだが…私は不遇な環境で暮らしていたようなので「普通」という平均に関して何も知らない。


ランドンがかなり条件を吹っかけて突き付けてる事に気付かず、愚直に訓練場の隅を全力疾走で10周した…。


(『軽量化ウェイトセービング』でも使えば良かったかな…。すごくキツいしダルいんだけど。…本当にこの状態で模擬戦なんかしなきゃならないの?)


「思わぬ強敵が現れて逃げ切った後でまた別の敵に遭遇して戦闘になる事もある。死にたくなければ、そういう疲れ切った状態でこそ戦闘できるようにならないと冒険者なんてやってられないんだ」

ランドンの発言はおそらく正論なのだろう。


チェスター達も誰も反論しない。

(か弱そうな美少女にそこまで要求するのか?!)

と不満を感じるのは私のみのようだった…。


「トウニー。この子の模擬戦の相手をしてやってくれ。今すぐに」

ランドンに頼まれた冒険者が

「報酬は出る頼み事なんだよな?」

と訊き


「勿論だ」

と返事をもらうと

「了承した」

と笑顔になった。


そして

「悪いな嬢ちゃん。俺は弱いものイジメは好きじゃないんだが、なにぶん金が必要なんでな。ちょっと痛い思いをさせるだろうが恨まないでくれよ」

と言い放ってくれたので


私の方でも思わずムッとして

「スミマセン。私のスキルは標的の身体に穴を空ける殺傷力の高いスキルなんです。殺さないように気を付けますが、恨まないでくださいね」

と言ってのけた。


「…気が強いな…。生意気だが嫌いじゃないぜ。んじゃ、スタートは審判が指示してくれ」

そう要求する冒険者の言葉にはランドンが応えて


「ーーそれじゃぁ、位置に着いて!始め!」

とスタートを切った。


(…利き手で投げると殺してしまうだろうな…)

と思ったので、私はポケットから取り出した小石を左手で持った。


小声でフォローを発動させ、投擲したが、当然、足を狙った。

胴体や頭を狙うと利かず手で投げても殺してしまう可能性があるからだ。


男は

「避けるに決まってるだろ!」

と言いながら回避したが


フォロー魔法の醍醐味は威力補正と共に的中率補正にある。

増えた石が避けた所にまで飛んで1発が足に命中。


走ってた途中だったのでトンデモナイ勢いで転んだ。

転んだ時に受け身を取れなかったせいで、転んだ時にも怪我をしたようだ。

出血も酷い。


ランドンの顔色が青くなっている。

私の攻撃が殺傷力が強いのを知ってて対人戦を嗾けたので、ある意味でこの冒険者の大怪我はランドンのせいだ。


「…それで?どうすれば良いんでしょう?『参った』と相手が言ってくれないと私の勝ちにはならないとか?」

と私が眉間に皺を寄せて凄む事でようやく


「…勝者、マリー!」

と明言してくれた。


「…ポーターの仕事は怪我人を運ぶ事も含まれる。…診療室は2階だ」

とランドンが更に要求してきたので、内心でイラッとしながらも


(私が怪我させちゃったんだよな…)

と思ったのでーー


自分よりの身体の大きい冒険者を背中に担いで、急いで階段を上っていった。


診療室はドアに「診療室」と明記された札が付けられていたので、直ぐにそれと判った。


ドアを内側から開けてもらうために

「スミマセン!怪我人です!ドアを開けていただけませんか?」

と声を掛けたところ


「だ、大丈夫ですか?!」

と太った男が血相を変えてドアを開けてくれて


トウニーと呼ばれていた怪我人のほうは

「マードック先生、ゴメンな。また来ちまった…」

と弱々しく呟いて頭を下げた…。


怪我人に常連がある、という事なのか…

トウニーとマードックは顔見知りのようだ。


「まさか、また鎮痛薬をもらおうと、わざと怪我したとかじゃないでしょうね…」

とマードックが悲しそうな顔で尋ねたが…

トウニーはゆっくりと首を振った。


「模擬戦です。わざと怪我をしようとかすると下手したら死にます。私のスキルは殺傷力の高いスキルなので」

と私がわざとではないだろうという意向を述べると


「そうなんですね」

とマードックが頷いた。


「今回はわざとではなく不可抗力だったのかも知れませんが、この人は薬欲しさにわざと怪我をこさえる事もあるので貴女も気を付けてあげてください。トウニーさんのお友達なんですよね?」


「あ、いえ、今日初めて会いました。初対面で模擬戦する羽目になったので、私も驚きました」


「…ええ〜っ…。災難でしたね。…冒険者って喧嘩っ早いし、煽るし、暴力に巻き込まれないように生きるのが難しい職業でしょう…」


「それにしても何故トウニーさんはわざと怪我をするんですか?実はそれで快感を得ていたりとか、特殊な趣味が?」


「んな訳ねーだろ…」


「そういう事ではなくて…。この町に限らずですが、どこの町でも医術師の診察を受けたり、薬術師に薬を処方してもらうのに掛かる費用は高額です。

冒険者登録して、冒険者ギルドの診療室で薬をもらうのが尤も薬を安価に入手しやすい手段となってしまってるのが社会の現状なんです」


「国や地方権力が医術師ギルドや薬術師ギルドへ値下げするように圧力を掛けたりとか、そういう政治上の配慮は行われていないんですか?」


「ないですね。貴族の方々はお金のない庶民の健康事情にも寿命にも無関心です。どんなに虐げて搾取してもしぶとく繁殖し続ける雑草か何かと庶民を混同してる節があります。

診療や薬の処方が高額でも自分達がそれを支払えて、その恩恵にあずかれるなら、それを特に問題視する事はないようです。

なのでここでも病気の人が冒険者登録して冒険者ギルドの診療室で薬をもらう、もしくは病気の人の家族が冒険者登録して冒険者ギルドの診療室で薬をもらう、といった事態が横行してます。

私の方でもギルドにバレない範囲の配慮をした対応をとってますが…できる事には限りがあります。

トウニーさんの場合も妹さんがご病気なんで、トウニーさん自身怪我をしたり体調を崩して、何度もこの診療室を訪ねて来てます。自分にもらった薬を妹さんに回すために」


お金がないとーー

そうやって正攻法ではない邪道で望むものを得ようとしてしまうものなのだろう。


「うわぁ〜…。自分用にもらった薬はちゃんと自分で使いましょうよ。…自分の薬を他の人に回してたら治りが遅くなるでしょう?」


「…そうも言ってられないんだよ。…ジェナは日に日に衰えてる。…治らないにしても、せめて痛み・苦しみが和らぐようにしてあげたい。そう思う事の何がいけないんだ…」


(…底辺の人間は、そうなってしまうんだよな…)

と私も切なく感じる。


治癒系魔法は

傷治癒ヒール

だけでなく

傷病回復リカバリー

状態異常回復キュア

解毒ディトクシフィケーション

も使えるようになっている。


怪我ならヒールで良いし

病気もリカバリーで治療できる。


だけど治癒系スキルは稀少でーー

スキルで治療できるような便利人間が居れば、それこそ人攫いに攫われて一生監禁されかねない。

ひたすら病人を治療して稼ぐように命令され延々と搾取され続ける事になる…。


社会的に身分も立場も低く、庇護者も居ない者は下手に稀少な能力を持っていたりすると、必ず搾取され不幸にされてしまう。


(…考えてみれば…。私は自分の魔法を「他人のために使う」という発想が無かったよな…)

と思い当たる。


(例えば、「【投擲】スキルで攻撃もできますけど【治癒】スキルで怪我や病気の治療もできます」と言ってしまったり、「実は【魔法】スキル持ちだ」と知られたりして、その結果、この地方の領主に拉致監禁されたとして…。そうなった時に貧乏人や平民を治療してあげられるのだろうか?)


(保身のために自分のできる事をせずに済ますとか…そういう事を延々とずっと一生繰り返したとして…それで私は幸せなんだろうか?)


自問自答してみるとーー

私の選択肢は絞られる…。


「マードック先生、トウニーさん、今から目にする事は他言無用に願いますね」


私はそう告げるとトウニーの足に手を当てて

傷治癒ヒール

で癒した…。


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