乗馬訓練
王都行きが決まって、私は改めて乗馬訓練をする事になった。
ファイアストンに詰める騎士の入れ替えに際して、移動時の馬車の使用は副騎士団長の妻子とお付きの侍女達に限定されていた。
なので私は騎士達同様騎馬でファイアストンへ向かう事になる。
厩番のトーマに協力してもらい、新しく馬を仕入れてもらった。
と言ってもわざわざ購入してもらったという事ではない。
使用人部屋に近い厩の馬は城の敷地内で刈った草や果樹園の果物を運んだりする荷車牽引用の馬達だ。
年老いていて閉鎖的な性質。
牽引用の馬達は人間を背に乗せるのに抵抗を示したので、乗馬訓練には元々向いていなかった。
そんな事もありーー
公爵家の人達が乗る馬車を引いていた馬達の中から性質の良い馬が私の騎馬用に選ばれて使用人部屋近くの厩へと回された。
「ブラン」と呼ばれるメス馬。気質が穏やかで人間に対して好き嫌いもしない。
初心者に打ってつけの馬だ。
「傍らに立っても足を踏みつけられない」
という本来なら当たり前の事が私には有り難かった。
「馬には長時間歩いてもらう事になるから緊急事態以外では走らせる事はほぼない。なので先ずはただ乗って歩かせるだけでOKだ」
ヤーノルドにそう言ってもらえて、安心してブランで騎馬訓練した。
「大人しい子ですね。性格が良いんでしょうか?」
「そうだね。人間同様に性格も個体差があるから相性が良いと性格も良く思えるだろうね」
私はヤーノルドの言葉に頷きながらブランを撫でた。
「…4週間程の間の付き合いになるけどヨロシクね」
馬は人間よりも歩幅も広いし普通に歩いても早足だ。
魔物や盗賊の襲撃の際には駆け足で襲撃者を振り切ってくれる。
旅の頼もしい友だと言える。
「マリーも馬車に乗車して移動させてやれたら良かったんだが、レヴィン副団長の妻子も侍女達も人見知りするタチらしく、よく知らない人間を長旅の馬車に同乗させたくないとの申し入れがあった。
マリー1人のためにもう一台馬車を融通するべきかとも思ったんだが、それに関しても『特別扱いするな』と副団長の細君から直々にお達しがあった。
…マリーは以前、副団長の自宅の家事支援を指名依頼で受けてたんだったよな?余程、その際に『気に食わない』と思われたようだ。
なので彼女達と同乗せずに済むのは逆に良かったかも知れないな」
(…何がそんなに気に入らなかったのか、本気で分からないんだけど…)
私は思わず頭を抱えた。
馬に乗れないより乗れた方が良いので、この際
「同乗拒否されたお陰で周りが乗馬訓練に協力的になった」
と好意的な見方をする事にしようと思うが…
「よく知らない相手から一方的に嫌われて拒絶された」
という事実がある事に変わりはない。
ともかく周りの協力が本格的になった事もあり、1週間の乗馬訓練は順調に進んで私はつつがなく馬に乗れるようになった。
(自動車の運転とは本当に違うんだな…)
と、しみじみ思った。
機械と生き物は違う。
機械は「誰が」乗るのかでは差別せず
生き物は「誰が」乗るのかで差別する。
イジメなどもそうだが
「大切にされてる者を他の者達も大切にして、粗末にされている者を他の者達も粗末にする」
という周りに倣え心理が生き物の間では蔓延する。
人間同士の関係の中でナメられれば、ペットや家畜にさえナメられる。
そんな無意識の模倣の厄介さを理解しているのか…
ヤーノルドは人前でも動物の前でも私を尊重する。
馬の方でも私に対して尊重して対応すると態度を決めてくれたらしく、大人しく私を乗せてくれた。
私の方で馬を酷使するつもりはなく、鞍を取り付けるのも出来るだけ丁寧に行う。
相手が自分を認めてくれて尊重してくれるのなら虐待するべきではないと思うからだ。
ヤーノルドいわく
「馬は恩を仇で返すような事はしない。その点において馬は人間よりも遥かに優れている」
との事。
ブランを見ていると
「そうなのかも」
と納得しそうになるが…
トーマが世話をしていた老馬達に対しては
(…いや、アイツら、私が世話しても絶対懐かずに私の足をワザと踏み続けてた筈だ…。絶対そういう性格だ…)
と思った。
馬だろうが
人間だろうが
性格には個人差がある。
(馬の場合は物の見方や価値観などの主観の面で自立性が低そうだ…。飼い主の思い通りの性質を持ちやすいんじゃないかな?)
つまり
「動物は人間よりもピグマリオン効果やゴーレム効果の影響を受けやすい」
と私は思っている。
「自分自身がどう在りたいか」
ではなく
「周りからどんな存在だと見做されているか」
によって自分という存在が作られる。
知性が有る人間だとピグマリオン効果やゴーレム効果が降りかかった時にその事に気付くから、それらの効果をレジストする事もできる。
そして
「自分自身がどう在りたいか」
を実践・実現しようとしていく。
知性無き人間未満の動物はピグマリオン効果やゴーレム効果の存在に気付かないから、それらの効果をレジストできず
「周りからどんな存在だと見做されているか」
を実践・実現して視線の効果を有効化してしまう。
従順に自分を乗せてくれるブランを軽蔑する訳ではないが…
(馬は所詮は馬だ…)
と割り切りながら
私は
「良い子だね」
とブランの背中を優しく撫でた…。




