間話
冒険者ギルドの執務室ーー。
朝っぱらからギルドマスターのラッセル・サックウェルはリーヴァイから昨日中に起きた出来事の報告を受けていた。
一昨日に受付嬢のリンジーに解雇通知書を渡した。
次の就職に役立つようにといった「紹介状」も勿論書いてない。
納得していない様子だったので、リンジーがラッセル不在時を狙って手下を使い、騒ぎを起こす可能性は高かった。
事実、昨日はリンジーを慕う受付嬢達はストライキを起こして職務放棄したため、事務方の者達が代わりに受付に立って仕事を回した有り様だった。
「…これで受付嬢の一斉入れ替えを行う大義名分が出来たな。花形職だから募集すればすぐに新しい人材は見つかるだろう。
しばらくは忙しい時期が続くだろうが、元々受付嬢の仕事は大した事はさせてないからな。何とかなる」
ラッセルが言うと
「ラッセルおじさんも人が悪い。事務方の人間の数がいつの間にか2人増えてたし。受付嬢がストライキで職務放棄する事態は元々織り込み済みだったんでしょう?」
とリーヴァイが呆れたように訊いた。
「別に俺は悪人でも善人でもないさ。俺は組織運営で一番大事なのは『裏切る人間が出てくる』という状況を想定したリスク管理だと常々思っている。
結局のところ裏切る人間は裏切るんだ。誠実さというものは人間にとって上面の才能や有益さよりもずっと大切な判定要素なんだが…。
それを理解できていない人間は『美人で仕事ができる私は引く手数多である筈だ』と錯覚し、ワガママを押し通そうとして不実に堕ちる。
有益な人間が皆誠実であってくれれば問題ないが、そうとも限らないのが世の中だ。
不実な人間が裏切って足を引っ張る行動を起こした時に生じる事態に対処するには『そうした事態が生じる可能性』を先に勘定に入れておく必要がある」
「…人間不信になりそうですよ。管理職の心得を学ぶという事は」
「そうだな。人員を管理して組織運営していくには人間を美化せずありのままに見ていく必要があるから、ある意味で相手に感情を向ける事が難しくなる。
他人を見る視線が『裏切る可能性が何%』とか『組織貢献度が組織全体の何%』とか『代理が利かない可能性が何%』とかにすり替わるから、『使うのにコストの掛かる便利な魔道具』でも値踏みする感覚になる。
それこそ自分自身に対してですら例外を設ける事ができないから、人生そのものが無味乾燥なものになっていく。
だが、その反面、自分自身の精神的掌握に関してはアドバンテージを持てるといった所か。
自分自身をすら客観的に値踏みするという精神面の機械化があってこそ、盤上ゲームで駒を動かす感覚で恣意的に『人生創造』『社会創造』ができるようになる感じだな。
俺としてはこういった感覚の分からない奴は能力的にどんなに優れて見えても管理職になど就くべきではないと思うし、もしも貴族がこの感覚を理解できないというのなら今すぐ爵位を返上して平民になれと言いたい」
「政略結婚が当たり前だと割り切ってる貴族なら自分自身をも客観的に俯瞰できているんじゃないでしょうか?」
「必ずしもそうとは限らない。俺は昨日ダンジョンの中でヒューバート・ウィングフィールドに遭遇したんだ。
そのお陰で『人間は客観的に俯瞰できているように擬態できる』という事を理解した」
「…ヒューバート・ウィングフィールド…。マリーの異母兄の、ですか?」
「ああ」
「えっ?何でそんな奴が【イングリス・ダンジョン】に来てたんですか?!意味分からないんですけど?!」
「俺に言われてもな。俺も意味が分からんよ」
「…マリーはどうでした?出入り口で待機してたなら姿を見るくらいの事はしてるんでしょう?なんかリアクション有りましたか?」
「それはヤーノルドが昨夜のうちにでも探りを入れてギデオン様に報告しているだろう」
「でも、そもそもマリーは異母兄の顔を知ってるんでしょうか?同じ屋敷で暮らしていてもウィングフィールド公爵家は下級使用人は主人とその家族に接する機会は無い訳でしょう?
『下級使用人は姿すら見せてはならない』というしきたりを頑なに守る格差厳守貴族だと、バッタリ遭遇しただけで不敬だの無礼だの言って鞭で打ったりしてるという話ですよね」
「マリーの側がどうかは分からないが、ヒューバートの方はほぼ確実にマリーの存在自体を知らないだろうな。
如何にも道徳的な親切心を持つ若者といった風情の青年だった。もしも異母妹が下級使用人として無賃無休で働かされていると知っていたら何か改善を試みただろう。
その結果、何も改善できず無力さを感じたりした経験を経ているのなら、それが表情に影を落とすなり、苦悶の表情として反映するなりしていた筈だ。
だが彼は凡ゆる後ろ暗さを全く持たないような、社会の汚い部分や人間の汚い部分を全く見る事なく育ったかのような、素直そうな若者だった。
自分達の後ろ暗さや存在自体の悪を何も教えられずに、何の罪悪感も自覚もなく、『有能で質の良い人間として育った』人間とはああいうものなのか、としみじみ世の中の皮肉さを悟らされた。
ヒューバート・ウィングフィールドは政略結婚を親から命じられても一切反発せず粛々と従うだろう。
それでいて彼には組織運営も領地運営もできない。
何というか『現実の土壌となっている真実を知らない者達は苦痛の中に生きている者達と繋がっていけない』のだろうと感じた。
人心掌握にせよ施政にせよ組織運営にせよ『苦痛の中に生きている者達と繋がっていく』という事が人間社会の中で裁量権を持ち、それを揮うための大義名分として必要な免罪符だと思うのだが…。
そういった道理の外に存在している。それが職務放棄と特権享受を繰り返してきた一族の中で大切に確証バイアス環境で育てられる徒花なのかも知れないな」
「『徒花』ですか…。要はヒューバート・ウィングフィールドはイケメンで性格も良くて実に良い青年だった、と?」
「そうだ」
「…育てた人間が悪かったという事なのか…。俺はローズマリーのような奴隷環境の異母妹がいて、その事実を十数年知らずにいて、何の罪悪感も持たずにいた奴を『良い青年』だとは全く思えないんですが?」
「『誰かが教えるべきだった』のだろうな。それはローズマリーの存在に限らずだ。誰かがヒューバートにちゃんと現実を、ウィングフィールド公爵家の後ろ暗さと罪を、東部領民達への搾取とネグレクトを、その罪の重さを教えるべきだったんだよ。
それを誰も行わなかった。だから未だにヒューバートは選べていない。
親が罪とも思わずに重ねてきた罪を自分も踏襲するか否か、何も選んでいないだろうし。
人間を断罪するのは、相手が人間であり、自分も人間であるからには難しい」
「それじゃ、教えてあげれば良いんじゃないですか?そしてどんな方向へ流れるか観察して『罪を踏襲する』向きを見せたら処刑する、という事で良いでしょう」
「…それは俺達が考える問題ではなく、王家と近衛騎士団・中央騎士団の上層が考えるべき事だ」
「ちゃんと考えてくれてるんでしょうかね?」
「さぁな。訊く機会もないし、訊いても答えてもらえないだろうし、本音で語らい合える間柄でもない。
『ちゃんと考えるべき者達がちゃんと考えてくれているのか』を俺達は確認もできない。
そういった不透明さに納得した上で自分にできることをやっていくしかないんじゃないか?」
「…そうですね」
リーヴァイは
(もしもヒューバート・ウィングフィールドがハートリー内で宿をとっているなら、顔だけでも拝んでおきたいな…)
と思いながら顔をしかめた…。
********************
リーヴァイがヒューバート・ウィングフィールドが宿泊している宿屋を突き止めるのは比較的簡単だった。
ハートリーの宿屋の多くがハートフィールド公爵派の家々から支援を受けていたり、経営者自体が分家の者達だったりするのだから…
偽名を使っていたとしても見つけるのは容易いものだった。
「成る程、アイツがヒューバートか…」
リーヴァイは『酔いどれの巨人亭』に宿泊している「冒険者バート」を遠目に見ながら呟いた。
「確かにイケメン君だね。流石マリーのお兄ちゃん…」
(にしても、一緒に居る奴らも顔が良いって、一体どういう事だ…。高位貴族のイケメン率ってそんなに高いのか?)
思わず首を傾げてしまう…。
「ああいう奴らがマリーに近づくとマリーの理想が無駄に高くなる気がするし、もう二度と会う事がないよう願う…」
そう本音を漏らしながらリーヴァイはBランクダンジョンへ向かい、日課の訓練に励む事にした…。




