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住み込み使用人

挿絵(By みてみん)


ツッコんで話をよく聞いてみるとーー


「住み込み使用人の仕事を依頼してる」

という雇い主はテレンス自身だったようだ。


しかも、ギルドには

「これから依頼を出そう」

としていたタイミングなのだとか…。


テレンスを見る受付嬢の視線が異様に冷たい…。


「…そういう子がお好みだったんですね?田舎から出てきた家出少女を住み込み使用人という名目で家に引き込んで同棲に持ち込もうとか、どんだけ鬼畜なんですか?正直、軽蔑しますよ」

とズケズケ言われても


テレンスは芝居掛かった様子で

「…う〜ん。別に性的搾取を企んで家に引き込むとかじゃなくて、本当に家事をしてくれる人を募集しようって話が出てたんだけどなぁ…。俺って本当に信用がないんだな」

と肩をすくめた。


「…子育ての終わった熟年未亡人のオバサンとかを雇えば良いじゃないですか。何故わざわざ家事が未熟な若くて可愛い子を雇おうとするんですか?『ちゃんと仕事ができるかどうか』を基準にして人を探すべきでしょう?」

受付嬢の言い分は尤もなのだが


「…それはやっぱり『華が欲しい』だろ?美味いオバチャン飯より、微妙な味の美少女飯の方が飽きが来ない。

そもそも美味いものなら飯屋で食えば良い。生活に華が無いと働く気さえ失せるのが男ってものさ」

とテレンスが欲望丸出しの自論を述べると、受付嬢は諦めたようにガックリ肩を落とした。


アイリス嬢の時と違って、この受付嬢の場合は誰も名前を呼んでくれないので名前が分からない。


私は受付嬢に興味が出てきた事もあり

小声で「鑑定」を起動して鑑定結果を見てみるとーー


「ヘンルーダ:22歳:エクストラスキル【一部能力向上(小)】:コモンスキル【計算】」

と出た。


名前はヘンルーダ嬢。姓が無いので平民なのだろう。

計算が得意な器量自慢のお姉さんのようだ。


(ヘンルーダはテレンスが好きなのかな?)

という気がしないでもない。


ヘンルーダ嬢とテレンスが軽口の応酬を繰り返してる間に、チェスターとランドンが報告を終えて戻ってきた。


「お前、まさかとは思うが、例の依頼、その子に指名依頼出してたりとかしないよな?…」

とランドンが探るような目でテレンスを見遣ると


「そのまさかだけど?」

とテレンスが首を傾げた。


ランドンがハァァーッと溜息をつく傍らで

「…人買いに売られそうになって逃げて来た孤児だってんだろ?…まぁ誰かが面倒見て匿ってやる必要はあるんだろうが、野郎ばっかの臭え家に女の子に来てもらうのは流石に気が引けるんだが?」

とチェスターが宣うた。


「雇うとしたら『行き場所のない男か、中年以上のオバサン』って決めてた筈だよな?…勝手な事しやがって…」

ランドンが仏頂面でテレンスを睨む。


「いや、でもな。こういう子が人買いに捕まって、何処かの変態の貴族の嗜虐趣味で切り刻まれたり、性病になって死ぬまで娼館で身売りさせられたりするのって、俺としては簡単に予想がつく分、見捨てるとか絶対寝覚めが悪いんだけど?」


「だが保護するつもりで手を出しちまう可能性もあるだろうが。自分自身の理性に絶大な自信があるとかじゃない限り、タガが外れる可能性はあるんだ。

俺は自慢じゃないが、美味しそうな仔兎が同じ家の中に居たら喰わずにいられる自信はないね」


「そういうトラブルは俺が絶対阻止するから」


「勝手なヤツだな。というか、一番女にだらしないお前が真っ先に手を出す可能性が高いんじゃないか?いつも女に付き纏われてるし。アレもやる事やったから付き纏われてるんだろ?」


「んな訳あるか!やる事やってないのに『結婚して』って付き纏うのが婚期逃しかけの女達のやり口なんだよ。俺はそういうのが面倒だから素人女とは付き合わない主義だ」


「ともかく、もう指名依頼をテレンスが出しちまった以上、見境なく襲いかかるような真似をせずに済むように、溜め込む前にプロのお姉さんに解消してもらうように気をつけるしかないだろ。

まぁ、そんな訳でよろしくな、お嬢ちゃん。っと、…マリーだっけ?名前」

チェスターがそう言って手を差し出したので


「はい。マリーです」

と思わず握手したが、私の方では内心少しためらった。


テレンスの話では

「テレンスの家に住み込みで家事をする」

という仕事だった気がするのだが…


ランドンとチェスターの言い分を聞いていると

微妙に私の認識との間に齟齬がある気がしたのだ。


「…一応、シェアハウスは一軒家だから屋根裏部屋もある。屋根裏部屋だと天井も低いし、登り降りする梯子も細いから俺達が屋根裏部屋まで押しかける事はないんで、そこは安心して欲しい」

というテレンスの言葉で


「テレンスの家=パーティーメンバー同士のシェアハウス」

という事実が分かったのだった…。


(反対される訳だ…)


私は公爵邸でもセクハラを受けた事も無いし、自分に魅力があるとも思ってない。

「手を出される云々」の発想が他人事のように思えるのだが…

周りの人達は私の育った環境や事情など知らない。


(だけど、雇い主が男所帯だからといっていちいち住み込みの仕事を警戒するのも自意識過剰だよね…)

と思い、依頼を引き受ける気ではいる。


古巣を捨てて宙ぶらりんになった人間にとって

「住む場所の確保」

は重要な課題だ。

私としては提供してもらえるのなら、ありがたく受けたい。


「よろしくお願いします」

と頭を下げておいた…。



********************



クラークがアイリスの元から戻って来ると、チェスターが

「家事支援の使用人が決まったぞ」

と声を掛けた。


クラークの方は

「…そっかぁ。テレンスが乗り気だったんで、その子で決まりかなぁって思ってはいたけど…引き受けてもらえたんだ?」

と私を見遣り


「…戦闘力があるのはゴブリンとの戦闘で分かったけど、見た目細いし、ポーターとかは無理そうだよね…」

と残念そうな顔をした。


鑑定結果ではクラークはポーターを兼ねてるし、見るからに大荷物を背負ってる。

どうやらクラークはポーター用に人員が欲しかった様子だ。


(…ああ、もしかしてクラークは「男の子に住み込み使用人として来てもらってポーターも兼ねてもらいたかった」のかな?)

と何となくクラークの心理が推測できた。


「どうかな?見た目細いけど筋肉とかはしっかり付いてて無駄な贅肉が一切ないだけに見えるぞ?その子ならポーターもやれるんじゃないのか?」

チェスターの言葉で


((ええ〜っ…?))

と疑わしい視線を向けたランドンとクラークだが


テレンスはニヤリと笑って

「流石チェスター。ちゃんと服の中身まで把握できてる訳だな」

と宣うた。


「脱いでみろ、とは言えないが。俺もマリーはこう見えて結構力持ちだと思ってる。

服の上から見ても細いヒョロガリと無駄な贅肉がない細身との区別は付かないが、双方は姿勢が違う。マリーは後者だろう」

テレンスがそう指摘すると


ランドンが

「…そうは思えないが…」

と私をジロジロ見た。


「マリーちゃん、だっけ?ちょっとこの荷物持ってみてくれるかな?」

とクラークが背負っていた大荷物を私へ差し出したので


「はい」

と素直に手を出した。

重いのは重いが持てない事もない。


「それを担いだ状態で走ったり戦ったりできるか?」

ランドンがジィーッと私の表情を窺いながら尋ねた。


「多分、大丈夫だと思います」

重いものを運ぶのは公爵邸での汚物運びで慣れてはいるが、重いものを持って走ったり戦ったりした事はない。


ただ、体力は急激にアップしている。


ヘルスケア管理のアプリケーションが出してくれる栄養補助食品やサプリメントで万年栄養失調だった状態から抜け出した。

それ以後は肉体も変化したし、1ヶ月程、徒歩だけで旅をして来た結果、足腰が鍛えられた。


「ほおぉ。それじゃ早速、やってみてくれ」

ランドンが意地悪そうにニヤリと笑うのがバカにされてるように感じられて少し悔しい。


地下が訓練場になっていて、そこで戦闘訓練や模擬戦が行えるのだとか。


「何周走れるのかシッカリ確かめさせてもらうとしようか」


(…私も自分がどこまでやれるのか知りたい所だよ…)

内心でそう呟きながら私は地下訓練場へ向かわされる事になった。


挿絵(By みてみん)

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