夢見がち
「それにしても随分と身なりの良い人達でしたね。他領の騎士か何かでしょうかね?」
とソーンヒルがフィランダー達のことを評した。
「ん?どうして金持ってそうなAランク冒険者がいたら他領の騎士という事になるんですか?」
「基本的に騎士団が管理する高ランクダンジョンは自領の高ランクダンジョンのみです。
騎士が他領の高ランクダンジョンに潜って腕試ししたいと思ったら騎士としてではなく冒険者として出向く事になります。
なので南部騎士も『他領の高ランクダンジョンに挑戦したいから』という理由で冒険者登録する自由が与えられてますし、他所の騎士達も同様です」
「うわぁ〜。自領の高ランクダンジョンもろくに管理できないのに、他所のダンジョンにまで出向くって余程の戦闘狂かと思いますよ」
「いえ、AランクダンジョンやSランクダンジョンがあるのは南部と西部のみなので、北部・東部・中央の騎士達は冒険者登録しないとAランクダンジョン・Sランクダンジョンでの戦闘は体験できないんですよ」
「…それって不平等ですよね。ダンジョン管理の難易度が南部と西部だけ高いって事ですよね?」
「あと、盗賊が多いのは東部と南部なので、東西南北中央の五つの騎士団の中で必然的に南部騎士の負担が大きく、これでも騎士団中では南部が最強なんですよ…」
「…南部は踏んだり蹴ったりなんですね…」
「ホワイト王国の国土の中で最も気候が温暖で農作物が実りやすい豊穣の地ですからね。
その分、盗賊や魔物も真冬以外は野宿しても死なないものですから、郊外を散策して盗賊や魔物と出くわす可能性も南部が最も高いです」
「土地が良いと敵が湧きやすいという事ですか?」
「そう、それです」
「北部が盗賊や魔物の被害が少ないのは逆に言えば作物も実らない不毛の地だから誰も欲しがらない、という事ですね」
「『木の根を掘って食べて冬を越すような生活をすれば盗賊にも魔物にも襲われない』と言われたとして、実践したいと思う人は少ないでしょうね。
ある意味で北部は悲惨ですよ。強い敵も出ない分、人間も強くなれない。
体質に耐寒性と飢餓耐性が付いてる人が多いようですが、それだけです。
多くの民がガリガリに痩せてて、それでいて麻薬で寒さや空腹を紛らわそうとする人も多く、皆、夢見がちらしいです」
(…ヒロインのアンゼリカ。北部貴族の令嬢で夢見がちな平和ボケ。まさしく北部気質だったのか…)
「私、南部に来て良かった!」
「ですね」
「そういう社会事情があってソーンヒルさんはさっきの冒険者達が他所の騎士団の人達だと思ったという事ですね?」
「ええ。それも自馬騎士。家は大貴族とかだと思いますよ。スキルに恵まれてるから、あの若さでAランクなんでしょうからね」
(王家、高位貴族家のボンボン達だからね。ソーンヒルさん、当たってるよ…)
「大貴族なら、色々情報も得られて、じきに戦争が起こると見越しているでしょうし。だから実力を上げようと鍛えに来てるという事でしょうか?」
「だと思いますよ」
(…あのクズ達もクズなりにバールス軍の侵攻を気にしているという事か…)
「…あの人達も無事に戻って来れると良いですね…」
「…マリーさん。もしかして本当はさっきの人に『一目惚れ』してたんじゃ…」
「ないです」
「…ですよね」
ゴブリンの魔石を抜き取る作業をしながら私が「一目惚れ」云々を否定すると、微妙な殺気に気圧されたのか、ソーンヒルがビクッと肩を震わせたのだった…。
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昼食後にダンジョンに潜ってから2時間半くらい経った頃ーー
やっとギルマス達がダンジョンから戻ってきた。
(無事に戻って来てくれてよかった…)
とホッとしたものの、装備を見るとアチコチが破れて血が付いている…。
「もしかして、調子に乗って、そのせいで死にかけるような目に遭ってたりとか、しないですよね?」
と私が怒りの目を向けて睨みつけると、テレンスとランドンがスーッと目を逸らした。
嘘が苦手な男達である…。
「…ランクアップよりお金より何より命が大事なんですよ…」
ジーッと責めるような目を向けられて
圧に負けたドウェインが
「スミマセンでした…」
と頭を下げた…。
怪我は御守りの効果でしていなかったものの
皆ボロボロの格好になっていたので
私がカツカレーを振る舞うのは
「明日」
という事になった。
ギルマスが
「マリーの部屋に男3人引き込ませる訳にもいかないので、うちの台所と食堂を貸してやるから、明日俺の屋敷に集まるように」
と言い出したのだ。
ギルマスは単に
「未婚の若い娘の部屋に男を入室させるのは怪しからん」
といった意向を述べたかっただけのようなのだが
【千本槍】メンバー以外の全員から
(((((((グッジョブ!)))))))
と感謝されていた。
私は
「【千本槍】の3人にカツカレーを振る舞う」
という約束をしていた筈なのに…
何故か
「騎士達も含めてその場の全員にカツカレーを振る舞う」
という話にすり替わっていた…。
ふとギルマスとヤーノルドの胸元を見遣ると御守りが無い…。
「…御守りは何処にやったんですか?…まさか落としたとか?」
私がヤーノルドへ不信の目を向けると
「途中で会った冒険者達が死ぬんじゃないかと心配になったんで、ついあげてしまったんだ。こっちは10人も居たし、大丈夫だろうと思って」
とヤーノルドが言い訳した。
「…見ず知らずの冒険者を助けなきゃならない義務はないですよ」
「…本当に『見ず知らず』なら良かったんだがな。下手に面識があると、命綱を譲らなければならない義理が生じたりもするものだ」
ギルマスが疲れたようにそう言ったことで
「やっぱりあの人達、何処かの上位貴族だったんですね…」
とソーンヒルが呟いた。
「サックウェル家の人間がホームグラウンドで命綱を譲らなきゃならない相手って…」
とドウェインが顔を青ざめさせたが
「見ず知らずの冒険者への詮索はここまでだ」
とギルマスが話を打ち切る事で、その日はそのままハートリーまで戻る事になった。
自分の部屋に戻ってから私は
(今日こそは)
と亜空間収納から肉じゃがと豚汁とを出し、食べる事にした。
毎度邪魔が入るのでさっさと食べるに限る。
「いただきます」
と手を合わせ、いざ食べようとした時に
嫌な予感通りにドアのノック音が聞こえてしまい
(…やっぱり邪魔が入るのか…)
とガックリ肩を落とした。
ドアを開けたら開けたでーー
そこに居たヤーノルドから遠慮なしに
「…あの冒険者のうちの1人はマリーの血縁者だったけど、マリーの方では気付いてたんだよね?」
と訊かれたので
思わずドッと疲れを感じてハァァーッと溜息を吐き
「…今から食事にする所だったんですが、ご一緒しますか?」
と訊き返したのだった…。




