独り旅
目を覚ますと予定通りに屋敷を抜け出す事にした。
「夜目」
で視界を確保。
犬小屋の餌皿に干し肉を入れてやると
早速匂いを嗅ぎつけて犬達が集まってきた。
声を掛けてあげたいが物音を立てたくないので小声で
「さよなら」
と告げると、そのまま敷地の外へ向かった…。
地理を習った訳ではないので、コレまで生きてきた中で耳にした噂話やらで地理を大まかに把握しているのみ。
この町の南側を流れる川ーー
エアリー川という名前。
それを延々下って行くとエアリーマスという港町に出るらしい。
ウィングフィールド公爵家は東部貴族の筆頭。
ホワイト国東部全域に影響力を及ぼせるようだが…
エアリーマスは南部領の最東。東部ではない。
エアリーマスへ行って冒険者登録するのが今の目標。
ただ登録するにあたって名前をどうしようか?という点では少し悩んだ。
ゲーム内ではローズマリーはローズマリー・ウィングフィールドだったが、現状、私はウィングフィールド家で認知されていない。
なので今のところ姓はない。
「ローズマリー」と、そのまま登録すると
捜索された場合に簡単に見つかってしまう気がする。
かと言って出鱈目の偽名で登録すると登録抹消される事もあると聞く。
(それなら…)
「マリー」で良いんじゃないかと思った。
マリーという名はローズマリーの略称。
略称を本名として登録してはいけないという法律は知らないし
それで文句を言われても
「いけない事だとは知らなかった」
で済ませられる。
(…私はウィングフィールド公爵邸を出た瞬間から「ローズマリー」ではなく「マリー」だ)
と思う事にして、意気揚々と夜の川岸を歩いていった。
町の門を抜けて街道を行くのが普通の旅人の通り道なのだろうが…
私のような家出少女の場合
門番に目撃されるような事態を避けたい。
そもそも身分証のない人間は通行料を払わなければならないが…
私は無一文。
だがーー川岸を行くにも問題点がある。
誰もが通行料をケチって川岸を歩いて町の出入りをしようと目論むのが定番なので、町を囲う境界が川に掛かる部分は川のヘリも石を積み重ねた石壁のようになっていて、川岸の歩くスペースが(土手が)無い。
つまりは
「境界部分では川の中に入って境界を越えるしかない」
のである。
季節的には初夏だが
夜の川の水は冷たい。
魔物の嫌がる木や草が川岸に植えられ水棲魔物の繁殖は抑制されているが
「一切、水棲魔物がいない」
という訳でもないらしい。
もっとも普通の人間は水棲魔物に怯えながら冷たい水に入って通行料をケチろうとはしない。
お陰で誰にも見咎められずにスンナリと町を抜け出る事ができた。
ちゃっかり覚えたてのバリアー作成でバリアーを張ってたので、魔物に怯える必要も無かった。
ちゃんと防御面は考えている。
決して無謀ではない。
無事に難所も越えた事もあり
「有って良かったメイクバリアー…」
と独り言を呟いて、ホッと息を吐いた。
あとは淡々と川岸の獣道を歩き続けた…。
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魔力も案外足りるものである。
「結界生成」
「筋力増強」
を使いっぱなしにして歩き続け、ヘルスケア管理で栄養補給して、寝る時もバリアーを張りっぱなしにして寝る。
バリアーは一定時間で切れる仕様と、魔法解除するまで張りっぱなしになる仕様とを選択できたので当然解除するまで持続する方を選んでいる。
(魔力が足りなくなるかも知れない…)
と心配していたのだが…
私の魔力が潤沢なのか、単に【魔法】スキルが優秀でエネルギー消費が上手く抑えられているのか分からないながら…
問題なくバリアー張りっぱなしの旅を送れている。
バリアーと言えば強化ガラスのドーム型障壁のようなイメージが浮かびそうになるが、私の魔法で出現するバリアーは物理的な壁ではなかった。
自分の周り半径3メートル圏内に脅威になるものが入れば
「自動で電撃による迎撃をしてくれる」
タイプのもの。
ちょっというなら自動迎撃スタンガンだ。
なので私が動いて魔物を攻撃する妨げにはならない。
その代わり
「敵の侵入頻度が上がり脅威度も上がれば上がる程、魔力が急激に消費された」
のだった。
バリアー電撃一撃で死んでくれれば良いが…
バリアー電撃一撃で死んでくれるのは弱い魔物だけ。
それでも強い魔物だろうと「気絶」はしてくれるので、テント内にあった杖を振り回して撲殺している。
因みに杖は魔法使いの杖などではなく、普通の歩行補助用の杖である。
この世界の旅人の多くが杖を使うが…
「野生動物や魔物を撲殺する目的も兼ねて使われている」。
野蛮な世の中だ…。
と同時に合理的な世の中でもある。
子供でも大抵の人間が動物の死骸の解体を目にしてきている。
私も動物の死骸の解体を手伝う機会はあったので、解体方法は分かる。
「サバイバルナイフ一本でどこまでやれるか」
実験する意味も込めて、魔石は回収。
食用になる魚型魔物と野ウサギ型魔物の死体は食料として利用。
解体後の死骸片は既に食料として認識されるという事なのか…
鑑定すると食用可のものであれば食材としてのランクまで表示される。
生きてる野ウサギ型魔物は
「ホーン・ヘア:Gランク魔物:スキル【脚力増加】」
と表示され
死んでる野ウサギ型魔物は
「ホーン・ヘアの死骸:Gランク魔石が採れる:食用可」
と表示される。
更には解体後の肉を鑑定すると
「ホーン・ヘアの肉:美味:供給も多いが需要は更に多い:Fランク食材に該当」
と出る。
肉にする事で魔物のランク以上の食材ランクになるのには、希少性や味も関係するようだが、やはり需要が供給を上回る点が大きく関係しているようだ。
野ネズミ型魔物の場合はHランク魔物で魔石もHランクなら肉にしてもHランクのままだ。
スライムは最弱のIランク。
冒険者も魔物も
「S・A・B・C・D・E・F・G・H・I」
の10段階。
冒険者ギルドは12歳から登録可能でIランクスタートだが、15歳を過ぎるまではGランクで打ち止めにされる。
そして15歳以上の人間が冒険者登録すればGランクからのスタートとなる。
冒険者になりたての人間でも
「15歳以上なら野ウサギ型魔物くらい狩れるのが当たり前」
という感覚が冒険者ギルドなのだろう。
私の場合はバリアーもあるお陰で普通に狩れるが…
それまで戦闘と無縁で暮らしていた15歳少女の誰もが手軽に野ウサギ型魔物を狩れるとは思えない。
(ああ、そう言えば…)
と公爵邸の洗濯場で洗濯女達がお喋りしていた話を思い出す。
女は就ける職業が少ない、という話。
冒険者登録も表向きは
「誰でもできる」
事になってはいるが
「女が冒険者登録しようとすると難癖付けられて戦闘力を見る試験を受けさせられて登録拒否される」
のだという…。
(耳にしたのが随分前だったから忘れてたよ…)
洗濯女達の口調では
「女だから差別されている」
という言い方だったが…
彼女達は魔物と戦った経験など無い。
実際に戦ってみると、通常の動物より大きい角のある素早い魔物はパワーこそ体重並みだが、脅威度は遥かに大きいと理解できてしまう。
(「危ないから」というのが女性が冒険者登録を拒否されやすい理由なんだろうなぁ…)
と思った。
(まぁ、普通に危ないもんね…。ホント、バリアー無かったら私も怪我してた筈…)
自分自身を鑑定した時に
「ローズマリー:15歳:ユニークスキル【魔法】:エクストラスキル【病気耐性】【毒耐性】:コモンスキル【清掃】【調理】」
と出てたので病気耐性と毒耐性があるのは分かったが…
魔法が無かったら回復面でつまづいて、ちょっとした怪我でも命取りになる可能性もあった。
(それにしても「一生に一回だけホスチアを食べてスキルを得られる」のだとしたら、私はどうしてスキルが五つも有るんだろう?)
謎である…。
しかもスキルの分類にもユニークスキル・エクストラスキル・コモンスキルと三種類ある。
(考えてみたら、小さい頃から病気になったり食中毒になったりした時に、誰からも看病されず、薬すらもらえず生き延びてきてるんだよな…)
今まで生きてきた中で獲得した免疫や技能もスキルとして反映している?可能性もありそう。
(公爵邸の使用人皆を鑑定しまくっておけば良かったかな?)
とも思ったが今更だ。
(次からは会う人会う人全員を鑑定しまくるつもりで鑑定を多用しよう!)
と決意したものの川辺の獣道で会うのは魔物ばかりだった…。




