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こんな人と会った「岩崎さん」

作者: ヌベール

「わりと最近見た映画、ベルリン・天使の詩」

「ああ、すごくいい映画なんですってね」

「そうなんだ。これがすごくいいんだよ」

 とあるホテルの一室で私は岩崎さんに「ベルリン・天使の詩」について語った。

 天井には豪華な照明が下がっていた。

 岩崎さんは、どことなく寂しさを身にまとった人だった。

 私は、そんなところに惹かれたのかもしれない。


 岩崎さんとは、渋谷で行われた、1990年の湾岸戦争に反対するデモで知り合った。

 まだ若かった私は、何となく知的なこの“お姉さん”に惹かれ、デモのあと2人で一緒に飲みに行った。


 岩崎さんは大手の出版社で編集の仕事をしているとのことで、別居中のご主人も、出版社に勤めていた。

「僕の小説、読んでもらえない?」

「もちろん、私でよければ」

 こんな具合に私たちは親しくなり、その後も会うようになった。


 私はそれまでに書いた短編小説をいくつも読んでもらい、岩崎さんは一つひとつ丁寧にアドバイスしてくれた。

 別に文学作品の出版を手がけているわけではない。今担当しているのは日本史の専門書だと言っていた。

 今思うと、大手出版社の、多忙な女性がよく私のような青二才と付き合ってくれたものだと思う。

 しかもさほど経たずに、どちらからともなく求めるようになり、私たちはこうしてよくホテルの一室で夜を過ごした。


 私は少しも背伸びをせずに、自然体で岩崎さんと付き合えたと思う。

 岩崎さんの方は、どうなのか分からない。

 しかし朝渋谷の街を並んで歩き、

「じゃ、この辺で」

と駅の方へ消えていく彼女の後ろ姿には、不自然と感じられる雰囲気はなかった。


 私は若かった。

 彼女が生きてきた道筋も、夫と別居していた理由も、その時は静かな口調で淡々と話してくれたのだが、今となっては全く記憶に残っていない。

 ただ、静かに語ってくれたのだけは覚えている。それが妙に寂しげで、不思議な静謐さがあって、内容は覚えていないのに、その寂しそうな雰囲気だけははっきり覚えているのである。


 その寂しそうな女性は、いつしか私から静かに離れて行った。「じゃあ、この辺で」とでも言うように。

 彼女が持ち出した結婚話に、私が乗らなかったのが原因だと今にしては思う。

 去って行ったその女性の、寂しさだけが、私の心に残った。それは今でもこうして残っている。

 岩崎さん。こんな女性、ちょっといない。

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