異例の出世?
レーナと私のお尻がいい加減悲鳴を上げた頃、懐かしい景色が目に入る。
馬車は王都を囲む川を跨ぐ橋に差し掛かっていた所だった。
「訂正。別に懐かしむほどでもないわね」
「ですね。お尻の痛さから解放される喜びしかありません」
結局私がダルセン男爵領に居たのはかれこれ約3カ月くらいだった。
そして片道2週間超で往復に約1月。
結局半年も経たずに王都に戻ってきた事になる。
私が今回わざわざ王都に戻って来た理由は少し特殊だ。
王国法では貴族の継承順位というものが明確に定められている。
当主が亡くなった場合、実子が居ればその子が爵位の継承順位一位となるのだが名目上はともかく年少の子供が爵位を継ぐ事はやはり無理がある。
私の形式上の亡き夫・アントンの両親は既に他界していたし彼に兄弟は居ない。
そして唯一の正式な後継者はユリアだけで年齢はまだ10歳。
子供が成人前の場合は成人するまでの間、伴侶が領主を代行する事になる。
ならば今回も私が肩書上の代行となって終わりの筈だ。
しかし王国法には例外があった。
それは『伴侶の出自が貴族の場合、正式に爵位を継承する』との一文だ。
私の実家は侯爵家なので私自身が爵位を正式に継承する事になってしまった。
つまり領主代行ではなく領主だ。
一応成人はしていても若干18の女男爵の誕生である。
でも貴族の血が重視されるこの国では別におかしくない。
年若く至らない部分があるとしても側近が埋めればいいという事らしい。
要するに私が遥々ダルセンから王都に戻って来たのは男爵位の叙爵の為であった。
急な引き継ぎという事で猶予を戴いていたが何時までも放ってはおけない。
「半年前には晒し物の侯爵令嬢だったのに、今度は晒し物の男爵か……」
まさに異例の出世(?)である。枕詞が余計だが。
一領一屋敷の主と考えればそう言えなくもないのだろうけど、こんな状況は予想も
していなかったので別に嬉しくない。
(寧ろ落ち着かないわね。
何か自分ではどうにもできない変な流れに巻き込まれている感じ……)
そうは云っても今更籍を外す訳にもいかないし私の評判もどうせ変わらない。
ダルセンで女領主として生きていくしかないのだ。
一応成人年齢だし、実際前世でも成人ではあったが18の小娘には荷が重い。
こんな異世界転生は嫌だしもっと気楽に生きたい。ただしユリアだけは伴って。
そんな事をボケっと考えていると馬車は王城に到着した。
城は王族の住まいの王宮だけではなく国の中枢機関のある場所でもある。
馬車を降りた私は最近悲惨な思いをしているお尻を気遣いながら歩き出した。
城に私の到着が伝わった時点で待合室が用意されている。
しかしそこに到着する前に会いたくない人物と鉢合わせした。
私を今の境遇に追いやった元凶である。
「おや? これはこれは。元・我が婚約者殿じゃあないか」
「!? ……殿下」
「ほう、田舎暮らしをしていると礼儀を忘れるのかな?
私達は既に王立学園を卒業したと思っていたが」
「……大変申し訳ございませんでした。お久しぶりでございます、エゴン殿下」
この国の第二王子に苦い気分で頭を下げて謝罪する。
あまりに意外な再会だったので脳が拒否反応を起こしていたらしい。
「今日はわざわざ王城へ何の用なのかな?」
「それは……(知らない訳ないでしょうに)」
「ん?」
「……恐れ多くも、叙爵を賜る為でございます」
「そういえばそんな奇妙な話を聞いた気がするね。
何か功績をあげたわけでもないのに妻と云うだけで叙爵される者がいるとか」
「……」
「我が国の法律も往々にして不具合が目立つ。必要に応じて改正する必要があるな。
それにしても哀れな侯爵令嬢からいきなり男爵閣下とは何とも出世したものだ」
(哀れ!? 好きでなった訳じゃない! あなたが元凶でしょうが!)
表情を変えなかったはずだが青筋が浮かんでいたかもしれない。
私は心の中で殿下に抗議の声を上げた。
確かに私が神聖魔力を失った事が破棄の理由の大半になった事は間違いないが、衆目の前で私に面目を失わせた本人に言われる筋合いは無い。
そもそも今回の事を出世の一言で片付けられるのか。
普通の貴族令嬢はそんな事は望まない。
「こうもうまく君に都合よく事が進むのは変じゃないかな?
案外、誰かの息が掛かった結果ではないのか?」
そんな事は私自身が意外に思っている事だ。
やたら絡んできてウザいことこの上ないけどわざわざ嫌味を言いに来たのだろうか。
第二王子と云うのは案外暇な存在らしい。
(……そうか、成程ね)
思い当たる事があった。風の噂で聞いた話だ。
聖女候補にして殿下の現婚約者である元平民嬢は王子妃教育が芳しくないらしい。
何故かこういう噂話は距離に関係なく、はるか遠くにまで伝わる。
事実この噂は遠く離れたダルセン領で交易商人から聞いたのだ。
新婚約者は前婚約者の私と比べて様々な面で劣る。
殿下はその事が腹立たしく心苦しいに違いない。
なのにその一方で捨てた女が叙爵されると聞いて嫌味の一つも言いたくなったか。
呆れる程心が狭くて小さい男だ。
(本当に『顔だけが取り柄』の方ね)
誰かに突き落とされた事にも感謝したくなってくる。
つくづくこんな婚約ご破算になって良かった。
そう思って黙っていると反論が出来ないと解釈したのか殿下が更に詰め寄って来る。
「どうした? 図星か?」
「それは王家の公式な見解と受け取って宜しいのでしょうか」
「何?」
「我が実家と私自身を一方的に貶められる理由はございません。
私はこれから陛下に拝謁致します。丁度いいので殿下の発言の真意を陛下に確かめさせて戴きたく存じます」
普通に返しただけだが案外効果があったらしい。
私達の婚約破棄について国王陛下がどの様なお気持ちで了承したのかは知らないが、エゴン殿下と全てが全く同じ気持ちという訳では無いだろう。
殿下はそれを証明する様に苦々しい顔で吐き捨てた。
「冗談に決まっているだろう! 相変わらず可愛げのない女性だな、君は!」
「……」
「申し訳ありませんな。どうも私に似た様で」
「?」
廊下の端から中年の男性が歩いて来た。
王都に着いた時と比べてその人物に対してはやたらと懐かしく感じる。
「お父様?」
「バルツァー卿……」
「殿下、娘の無作法はお許しを。私から叱っておきますので」
言葉は丁寧だがお父様の口調は有無を言わせないものだった。
慇懃無礼の手本と云っていい。
「……任せる。娘の教育は親の責任だろうしな」
殿下は渋い表情で立ち去った。
既に殿下への興味を失っていた私は『なぜここに?』と思って横の父を見上げる。
「久しぶりだな、リーチェ」
久々に聞く父の声は気のせいか温かく感じた。




