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聖女候補の転生令嬢はいきなり子持ちの未亡人になりましたがとても幸せです  作者: 富士山のぼり


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親馬鹿になりそう

「はい、じゃあもう一度。一と、二と、三と」



 パンパンパンパン。

私は手を叩いてリズムを取りながらユリアにピアノの指導をしていた。

10歳で始めたのでまだまだ小学生向けの初心者レベルだけれど。



(呑み込みはいい方ね。間違いなく)



 二人でお互いのお願いを聞いた日から教会に通うのが私達の日課だ。

ただ、私は領主代行として何かと忙しい。

もう少し落ち着くまで日中に顔を出せるのは遅めのお昼休みくらいだ。

しかしそれを補う様にユリアのモチベーションは高い。


 私の指導は少し特殊なものになった。

屋敷にピアノは無いので紙鍵盤で指の動きをトレーニングするしかない。

そして翌日、私が屋敷で出した課題を持ってユリアは教会に通う。

教会は礼拝や決まった集会が無い日にピアノを使わせてもらっていた。

家で座学と指練習。そして実践の場は教会でという事だ。

本当はずっと実践させたいけど教会に泊まり込む訳にはいかない。



(儚げな美少女がピアノに取り組む姿は尊いわ)



 ユリアは指先に完全集中して課題に取り組んでいる。 

私は領主代行関係で若干曇っていた気分をユリアに浄化されていた。


 気分を害していた原因は午前中に訪問してきた商人のせいだった。

フンベルトというその男は亡くなったイザベラの兄である。

つまり一応ユリアの伯父にあたる人物だ。

葬儀の時に挨拶を受けたのでよく覚えていた。


 フンベルトがなぜ葬儀も終わって落ち着いたタイミングで訪問したか。

その意図は透けて見える。

彼はこのダルセンでは大手の商会の主だ。

妹が領主の愛人だったおかげで彼の商会は同業の中で急激に台頭したらしい。


 しかしその領主も妹も亡き者となった今、潮目は変わった。

察する所、今回の訪問で領主代行になった18の小娘に過去の友誼とユリアの血筋を強調したいのだろう。

今まで通り何かとダルセンの便宜を図ってもらいたいという意図が透けて見える。

商人としては当然なのだろうが私の頭の中で警報音が鳴っていた。



(要するに、妹の死で焦っているみたいね)



 領主としての立場からすればフンベルト商会を優先的に便宜を図る義務はない。

周囲の噂や自分で調査した結果でもあまり近づきたくない男だと認識した私は、自分を手なずけようとするフンベルトをやんわりと突き放した。



「そうですか……後悔する事が無ければ宜しいですが。

まぁ、何か御用がございましたら何時でも云って下さい」


「ありがとうございます。その時は宜しくお願い致します」



 多分その時が来る日は無い気がする。

脅す様な言葉を吐いて去っていく男に私は軽く頭を下げて心で舌を出した。

こちらが頭を下げる必要は無いかもしれないが年長者に対する礼とでも思えばいい。

頭はいくら下げようが無料だと社会人経験で痛いほど思い知っている。

気軽に乱発したら価値が無くなるが今後を気にしないでいい事もあるのだ。


 ……そんなもやもやする気分を忘れるのに音楽はとても有効だ。

聴く事でなく指導しているだけでも俗世のごたごたを忘れられる気がする。



(こういう時間、前に戻ったみたいで何か落ち着くわ)



 教え子となったユリアを見て私はそんな事を想った。

音大時代から恩師の教え子の指導を手伝っていた私は年の割に指導経験が豊富だ。



(ま、元音大生なら特に珍しくはないんだけど)



 何せ周囲皆、幼少の頃から他の子が遊んでいる時に練習に明け暮れていた者達だ。

天才だろうが凡才だろうがまず大半がそうだし人間的につぶしが利かない。

学生時代のバイト先は大抵恩師の手伝いかピアノ教室になるのもお約束である。

私は大学時代にピアノ科の中から選抜された特別クラスに在籍していた。

周囲から専門馬鹿と見られたくなかったので全く別の職種のバイトもしていたのだが、今考えると自意識過剰過ぎてそれこそ馬鹿らしい話だ。


 社会人になってからも週に1回、恩師の教え子を3~4人指導。

週に4回、都内のピアノ教室で20人程の指導。

それと別に週に1回、知り合いの伝手で始めた高額な個人指導。

お金はそこそこ稼げるけどハッキリ言って多忙だった。

更に加えてスポット的に自分自身が応援出演する様な演奏会もある。

その場合は演奏会に向けて連日何時間も自主練が必要になるので軽く地獄だ。

それに比べて今の私の環境、そして教え子は……。


 まず、教え子がたった一人なので集中して指導できるところがいい。

一々生徒ごとに進捗度合いや教育方針を考慮しないでいいから余裕がある。

発表会なんていう事も一々やらなくていい。


 次に生徒の学ぶ意欲が旺盛な所も非常に好ましい。

何より熱心で覚えも早い。ユリアは私にとって理想的な教え子だ。



(こんな事になるなら楽譜も全部一緒に転生?して欲しかったわ。

それにしても、こんなに熱心ならもうちょっと早く始めさせたかったなぁ……)



 ついつい前世の記憶に当てはめて考えてしまう。私は4歳からピアノを始めた。

ユリアは既に10歳だがこの熱心さが続けばいずれ私レベルは軽く超えるだろう。

どうせなら王立学園入学までに年齢にそぐわないくらいの腕にしてあげたい。


 ユリアは15歳になれば王立学院に通う事になる。

しかし彼女は貴族とはいえ最下級の男爵とその愛人の子供である。

貴族の中ではおそらくもっとも身分が低い位置と見られる。

 

 自信のない子、引っ込み思案な子供に特徴という名の武器を与える事は重要だ。

これだけは周りの子よりも秀でているという物を持たせてあげれば、その子にとってそれが長い人生の中で極めて重要な心の拠り所になる。


 貴族と平民。上級貴族と下級貴族。

差別云々ではなくこの世界全体がそうして区別されてしまう社会だから仕方がない。

それなら一つでも他の令嬢には無い飛び抜けた武器を持たせてやりたい。

指導を始めた時は普通でいいと思っていた私の考えが最近少し変わってきていた。



(丁度出した課題のキリのいい所まで終わらせたいわね。王都に行く前に)



 そう思って指導にも熱が入る。

私は近日中に王都に発たなければならなかったからだ。

アントンの死に伴って王宮で正式に行わなければならない手続きがあるのだ。

そして、あっという間に日にちは過ぎて私が王都に出立する日になった。



「お義母様、お帰りはいつごろになりそうですか?」


「う~ん、そうね……」



 単純に王都へ行くのに2週間。そして手続きに数日。そして……。



(どうせ王都に行くのだし、帰りに侯爵領にも寄ってアレを貰ってくるか……)



 お父様は多分嫌と言わないはずだ。

なんだかんだ云っても嫁いでも、子供には甘い所があると信じよう。

それに実の娘が領主代行をする男爵領は飛び地で領地が増えた様なものだと思ってくれるかもしれない。

まぁ、財政難の辺境では寧ろお荷物と思うかもしれないけど。



「なんだかんだでひと月半、という所かしら」


「……そうですか……」



 そう言って露骨に気を落とすユリアの頭を優しく撫でる。



「ごめんなさいね。でもこれは必要な事だから」


「はい。わかっています」


「今やっている課題、あれは私が居なくても出来る事だから。

丁度いい機会だから徹底的に反復練習して身に着けておいてね。

帰ってきたら確認させてもらうから」


「はい! 完全に出来る様にしておきます!」



 顔を紅潮させて私を見つめるユリアは最高に可愛い。

愛らしい容姿とプラチナブロンドの髪が相まって正に天使か妖精だ。



(本当に可愛いわ。親馬鹿になりそう……)



 既になっている気もするが心の中は出さずに威厳を持って義母の顔をする。



「いい返事よ。一人だけど集中して頑張ってね?

帰ってきたらとっておきのおやつも用意するから」


「わあ、楽しみ! 頑張ります!」

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