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ユリアと私のお願い

 教会学校から帰って来たユリアと一緒に夕食を摂った後の事である。

私は真剣な表情をしたユリアにお願いをされた。



「え? 教えてほしいの? ピアノを?」


「はい」


「急にどうしたの?」


「この間、奥様が弾いてくださった曲がとても心に残って……。

私もあんな風にピアノを弾いてみたいと思ったんです」



 先日私がピアノを弾いて以来、ユリアが教会に長く籠る事は無くなっていた。

私が思う以上にユリアの心の中で区切りをつけるきっかけになったのかもしれない。

でもそこまで興味を引いたとは思わなかった。



「それは構わないけど、他にも学ぶ事があるでしょう?」


「今まで通りきちんとやります! ……駄目でしょうか?」


「そういう訳じゃないけれど……」



 私が煮え切らない返事をしたのはこの世界ではピアノなんて大した武器にならないと思ったからだ。

この世界で女性の幸せといえば将来有望な貴族男子に見初められる事だ。

それだけでなく貴族社会を生き抜いていく為にも学ぶべき事は他に沢山ある。

貴族女子は現代日本の平民と違って日銭を稼ぐ為に手に職つける必要はない。

嫁いだ先がここと同じく貧乏貴族だったとしても食べる事くらいは出来るだろう。



(でも、玉の輿に乗るっていうのがこの子の幸せというのも決めつけか。う~ん、でもなぁ……)



 一芸に特化した前世の自分自身が好きではないという個人的感情が邪魔をする。

加えてこの屋敷にピアノは置いていないという現実的な問題もある。

教えるとしたら一々二人で教会に通わなければならない。



「あの時の曲のどれかが弾けるようになりたいの?」


「いえ……お恥ずかしい話ですが私、ピアノを弾いた事が無いんです」


「あ、このお屋敷には無いものね」



 恥ずかしそうに頷くユリアを見て納得した。



(そうよね……無いのを知っててなんでそこに気が付かなかったんだろ。

普通に弾けるのが当然の様に思っていたわ)



 貴族子女は教育の一環として幼少期から自宅で家庭教師からピアノを教わっている事が珍しくない。

屋敷にピアノが無いユリアはそういう意味でも他の子と比べて遅れている。

ユリアはダルセン男爵の遺児であり、将来は王立学院に入学する事になる。

貴族籍を持つ者は必ず入学するからこれは確定事項である。



(寧ろ、遅いくらいだわ。後々ユリアに恥をかかせたくないし……。

上手とまではいかなくとも普通に弾けるくらいにはなった方がいいわね)



 私は王立学園に在籍していた頃の記憶を思い出した。

貴族の在校生ではピアノが弾けても格別上手いと呼べる人はいなかったと思う。

以前の私を含めて皆、何とか普通もしくは少し出来る程度のレベルである。

素人には判別がつかないだろうけど。


 しかしそれは仕方がない事とも云える。

なぜならピアノなんてものは貴族子女の嗜みの一部に過ぎないからだ。

幼少期からピアノにオールインして教育している貴族なんてまずいない。

玉の輿を狙う貴族令嬢は一芸馬鹿として育つ訳にはいかないのだ。



(逆に言えばそういう専門教育はそんな私にしかできないかもしれないわね。

別にピアニストを目指したい訳では無いでしょうけど)



 この世界の音楽は正直、陳腐だ。

ジャンルもレパートリーも少ないし単調な曲ばかりだし。



(よし、時間を見つけて教えてあげよう。何より本人がやる気だし)

 


 脳内で色々と考えた結果そういう結論に至る。



「……うん。いいわ、じゃあ教えてあげる」


「本当ですかっ!」


「え、ええ」(そんなに習いたかったの?)



 食い気味に目を輝かせて返事をするユリアに若干後ずさる。

動いた振動で食器が揺れる。



「宜しくお願いします、奥様!」



 喜んでいるユリアを見ていると私も嬉しくなった。

この子の為に出来る事があって良かった。

前に思った通り、自分に出来る事ならなるべくしてあげたいと思う。

そして私もユリアに対してお願いしたい事を思いついた。



「ユリア」


「はい?」


「その、私も一つお願いがあるんだけど……いいかしら?」


「はい。何でしょうか」



 私達は出会ってから日は浅いものの家族としての絆を深めてきていると思う。

そこに最後の一押しをさせてもらう事にした。

交換条件みたいでかなりどさくさ紛れだけど。



「私の事を義母と呼んでくれる?」


「……え?」


「変じゃないでしょう? 義理とはいえ形式上はあなたの母なのだから。

亡き旦那様もそう言ったのだからおかしくは無いわ。

……まぁ、年齢に関しては若すぎるから変かもしれないけどね」



 アントンは母の様にユリアの面倒を見ろと言った。ならそうしようと思う。

私自身もいつまでもユリアと他人行儀なままなのは何か嫌な気がしたのだ。

そういう感情が18歳で義母と呼ばれることへの抵抗感に勝った。



「……良いのですか?」


「ええ、勿論。あなたの事をこれからはちゃんと義母として接したいの。どうかしら」


「は、はいっ、宜しくお願いします」



 私はユリアに向かって手を広げた。

素直に私の胸に収まりに来たユリアを抱きしめて頭を撫でる。



「貴方には私が居るからね。これからは何も心配しないでいいから」


「はい。……お義母様」

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