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聖女候補の転生令嬢はいきなり子持ちの未亡人になりましたがとても幸せです  作者: 富士山のぼり


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奇跡の音色

 片田舎の辺境ダルセンの大通りが沢山の人達で賑わっていた。

この街では今後二度と無い様なイベントが続いていたからだ。

王太子と聖女の結婚式である。


 二人が滞在する一週間に渡ってダルセンではお祭りの様な日々が続く。

そのおめでたい所を見ようと王国全土から大量の人が集まってきていた訳であった。


 尤も、結婚式と云っても式自体はダルセン領都の教会で行う訳では無い。

実際の式を行うのはダルセン領の中でも更に奥地の鉱山町の森の教会だった。

そこに至る街道にも何処から出てきたのか訝しむ様な出店がちらほら出されていたりと普段のひと気からは想像も出来ない状態になっている。

こんな様相になった訳は長年独身を貫いて来た王太子がついに結婚したという話題性に加えて王太子自身の余計な一言が原因だった。



『私と聖女の結婚式は聖女の実家のダルセン領で行う』



 その一言は王国全土をしたたかに揺らした。

王都の大教会を袖にして次期国王が何故わざわざ辺境で結婚式を行うのか。



『それほど尊重している所を見ると王太子殿下は本当に聖女様を愛しているんだな』


『いやいや、何でも聖女様が王太子殿下にベタぼれらしいぞ』


『それは王太子殿下の方だろう? 何せ聖女様が成人して王立学園を卒業するまで待たれていたんだから』


『何でも7年越しの恋らしいからなあ』


 

 話題が話題を呼びこの様相となった訳だ。

殿下に王家の伝統をあっさり覆された王都の大教会としては面目丸つぶれである。

この式の為に大司教までわざわざダルセンに来る羽目になっていた。


 ダルセン領の領主である私達も無論ハチの巣をつついた大騒ぎとなった。

私はアーサーやハンスと共に連日関係各所に駆けずり回ってようやく当日に至った訳であった。

王都の警備隊が臨時で編成されなければ多分参列する事も叶わなかっただろう。



「いやぁそれにしても早いねえ。あのユリアがもう結婚とは。ようやくというべきかな」


「他人事の様に言っているけどね、貴方こそいい加減に結婚する必要があるのよ? パスカル」


「そんな急かさないでよ。僕には僕のペースがあるんだから」


「待たされる方の気持ちにもなるべきね」



 私はパスカルの近くに居た栗色の髪の女性を見てそう言った。

彼女は一緒に来たらしい同年代の友人達と談笑をしていた。

確か王立学園時代のパスカルの後輩の公爵令嬢だ。

この惚けた弟が何気に家格が上の女性を捕まえている所がわからない。



「しかたないだろ。領内の事で手一杯なのに国の仕事も振られて来るんだから」



 国の要職にいずれ据えられる可能性が高い有望な若手はしばしばいろいろな部署から声がかかる。

知識も知性も品性も知見も劣る者が比例代表でいきなり国民の代表になってしまう私の祖国よりマシかもしれない。


 その元凶である父は私の横で目頭を赤く腫らしていた。私の時に続いて2回目だ。

父にとっても今やユリアは大事な孫になっている証拠だろう。

母としては非常に嬉しい。

そういう私も『創世の二神』の前でユリアと殿下が誓いの言葉を述べる所であっさり涙腺が崩壊した。


 式が終わったタイミングで何処からか綺麗な音楽が流れてきた。

誰の姿も見えない。でも、知っている者は知っている。

それがハイエルフ達からの贈り物だという事を。 


 森の近くの小さな教会を中心に響き渡るその音色は『奇跡の音色』と呼ばれて王国の人々の間で長く語り継がれる事になった。





 クラウス王太子とユリア王太子妃が王都に帰る前日、二人には領都の男爵邸に逗留してもらった。

仲睦まじい二人を見て笑みを浮かべる私を見てアーサーがやさしく聞いて来る。



「何を考えているんだい?」


「いえ、収まる処に収まると思って」


「そうだね」


「私達もそうだったでしょう?」


「ああ」



 寄り添う夫に私は笑いかけた。



「では、そろそろ準備をしましょう」


「わかった」



 アーサーはこの男爵邸に働く使用人を集めに部屋を出て行った。

二人とも父との会話に気を取られて気が付いていない。

その間に私もピアノに移動する。

この為に事前にわざわざ広い居間にピアノを移していたのだ。


 屋敷の使用人全員が集まった所で私はピアノに腰を掛けた。

この時の為にレーナ・マーサ・ハンス以下他の使用人達と練習してきている。

二人に屋敷の使用人達からのサプライズを贈る準備は整った。

アーサーが二人に声を掛けた。



「クラウス王太子殿下、ユリア王太子妃殿下。この度はご成婚おめでとうございます。

つきましてはダルセン男爵邸の全員より贈り物をさせていただきたいと思います」


「え? 何かな?」


「お義母様?」



 不意を突かれた二人の前で私はピアノを弾き始めた。

アップテンポの明るい私の前の世界で定番のあの曲だ。

私のピアノに合わせて使用人達全員が歌い出す。

いつしか歌は無限ループの場所に来た。


 一瞬、ユリアは戸惑う様な真っ赤な顔をした。

そして私はその後、最愛の娘が殿下と口づけを交わすのを見届けた。



(終)


番外編があります。

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