本気なの?
国王一家とのお茶会の内容は殿下からお父様にお話しして頂けるとの事だった。
多忙なお父様には私よりも殿下の方が会う機会があるのでお言葉に甘えさせて頂く。
(まあ、後で私からも改めて話しておきましょう)
王城を後にした私とユリアは現在、王都の侯爵邸に居た。
お父様は仕事で頻繁に王都に滞在するのでここの侯爵邸も領地の屋敷と同じく多くの使用人達によって維持管理されている。
王都へ滞在中はちゃっかり宿替わりとして使わせてもらっているのだった。
娘の特権である。
王都に来た時はその帰りにすぐ侯爵領に立ち寄る事もあるが今回は違う。
お父様もパスカルも今は王都に居るので領地の侯爵邸に行っても誰も居ない。
あちらの使用人達に顔を見せに帰るのもいいけれど今回も王都から直接ダルセンに帰るつもりだ。
夕食時に私はユリアと今日の事について話していた。
「どうだった、ユリア? お城のピアノは凄かったでしょう」
「はい。でも少し緊張しました……」
「そうよね。とても豪華だものね」
私達を待っている時に王城でユリアが弾かせてもらっていたピアノは見た目からしていかにも豪奢なものだったらしい。
王城での催しに使われるものだろうから当然だろう。
私が国王一家のお茶会に呼ばれる前に殿下から『ピアノでも弾いてみるかい?』と提案されたのだった。
何かの機会に私も見た気がするけれど以前の私はピアノにそれほど興味がなかったので正確に覚えていない。
(多分、この世界のスタインウェイみたいな物なんでしょうね)
とりあえず今回の王都訪問は、婚約破棄という私の人生に重大な影響を与えた出来事に付いて一区切りをつける機会となった。
王都に初めてやって来たユリアにとっても貴重な経験だろう。
いずれ王立学園に入学する時に再訪する事になるだろうけど。
(あっという間なのかしら)
子供を産んだ事が無いけど母親の気持ちになって私はそう考えた。
翌日、私はユリアを伴って昨日の友人達と旧交を温めた。
私に会う為に自領から来てくれた友人もいたから帰る前に会えて良かったと思う。
楽しい時間が過ぎるのは早い。
王都訪問時にまとめて所用を片付けたいというせいもあった。
滞在予定日はあっという間に過ぎた。
そしてダルセンに帰る前日の夕方になってパスカルとアーサーがやって来た。
「姉さん!」
「やあ、リーチェ」
「パスカル。アーサーもどうしたの?」
「どうしたも何もないだろ。学園祭の時のままで別れるのは無いじゃないか。
またしばらく会えないんだし」
「大げさねえ」
ダルセンの道路整備も大分捗ったとはいえ王都と往来するにはやはりそれなりの日数は掛かる。
私が帰る前にわざわざ学園の貴族寮から抜けて来てくれた弟達の気遣いが嬉しい。
「アーサーもわざわざありがとう」
「いや、学園祭の時はあまり話できなかったからね」
「それでさ、アーサーが姉さんに話があるんだって」
「え?」
アーサーの方を見ると少し緊張している様な感じがした。
今更緊張する様な仲でもないだろう。
(改まって何なのかしら)
「リーチェに話、というか、お願いがあるんだ」
「ええ。何?」
「ダルセンに同行させて欲しいんだ。私も」
「え!?」
予想も出来ない言葉がアーサーの口から出てきて驚く。
「ど、どうしたの急に?」
「急じゃないよ」
「?」
「君が言ったんじゃないか、王立学園を卒業したらダルセンに来ないかって」
確かに前に侯爵邸で言った事である。
しかしそれはダルセンへの人材募集に絡んだ半ば冗談みたいに言った事であって、まさかアーサーが本気で考えてくれていたとは思わなかった。
「確かに言ったけど、それは……」
「冗談だったとか言わないよな」
(うっ……)
言葉が詰まる。本気で考えてくれていたのは嬉しい。嬉しいけど。
「正直、貴方みたいな前途有望な若者が来てくれるのは有難いわよ。
でも、よりによってダルセンは無いのじゃない? 私が云うのはなんだけど」
「本当にその通りだよ、姉さん」
「パスカルは黙ってて」
突っ込む弟をいなして改めてアーサーに向き直る。
「アーサー、大体あなた程優秀なら就けない職業は無いでしょう。
生徒会長を務めるくらいなんだから王宮官吏も王国騎士団も選び放題じゃない。
栄えある王立学園の首席生徒が辺境の男爵領に来るなんて前代未聞よ?」
代替わりする生徒会長は成績優秀な事が暗黙の了解となっている。
選挙の形を取ってはいるが普通は立候補一人に生徒が賛成票を投じるだけだ。
つまり、王立学園で生徒会長になるという事は必然的にその時点でその学年の首席であるという証明であった。
学業・剣術共に優秀な成績を収めている筈の存在だから実際卒業後の進路には困らない。
「前に言っただろ。役に立つ人材を求めてるって」
「それはそうだけど、まだ卒業前じゃない」
「卒業単位はとっくに取得している。
正直今は生徒会の仕事をしにだけ行っている様な物だ。
パスカルがそのまま引き継いでくれるし卒業式の時にだけこちらに戻ればいいよ」
「で、でも」
「姉さん、アーサーも折角こう云ってくれているんだからさ」
「私なりによく考えた結論だ。
国の役に立つより君の役に立ちたいと思ったんだ」
「それって……」
優しい微笑みを浮かべてアーサーが頷いた。
(確かアーサーは実家の伯爵家で病弱の長男と共に領地経営も学んでいるはずだわ)
アーサーは領地運営に関しても様々な場面で有為な人材であることは間違いない。
王立学園の生徒会長まで務めた彼程の人材がダルセン領に新卒で来てくれる。
わざわざあんな辺境に。
新米領主として悪戦苦闘している幼馴染の私の事を心配してくれて。
感激で涙が湧いてくる。
「ありがとう、アーサー! 頼るべきは頼もしき幼馴染ね! 本当に助かるわ!」
私はアーサーの右手を取って両手で握り、心からお礼を述べた。
「え?」
「ん?」
「……いや、何でもない」
「……やっぱり、迷ったの?」
「いや、そうじゃない! そうじゃないんだけど……はぁ」
何でか知らないけどアーサーは左手で顔を覆って天を仰いでいた。
パスカルは両手を広げて首を振っている。
(何のパフォーマンスだろう、二人共)
「……まあ、今はいいか。とにかく、これから宜しく頼むよ、リーチェ」
「こちらこそ。こき使うわよ?」
「望む所だ」
そして翌日、突然の申し出に感激した私はアーサーと共にダルセン領に帰る事となった。
「じゃあ、帰りましょうか。ダルセンへ」
『行く』から『帰る』。
いつの間にか使う言葉も変わった。
約一年前は内心不安に思う事もあったが今は違う。
(私の今の居場所はダルセンにあるのね)
空を見上げると青空ではあるが、帰る頃には分からない。
この世界は季節と違って天気は普通に何故か雨季がある。
今の天気は変わりやすい。
(ダルセンに着く頃も晴れているといいけれど)
私はユリアとアーサーと共に馬車に揺られながらそんな事を考えていた。




