あの子に似てるわね
庭園の端に控えていた侍女達がテーブルの上の不要になったカップを片付ける。
侍女達は新たに二人分の紅茶を用意し直して、再び壁際に下がって行った。
「さ、ようやくゆっくり出来るね」
「……とてもそんな気分にはなれませんわ」
殿下が云う所の一家団欒という意味をはき違えたお茶会は無事(?)終了した。
表情の乏しい国王陛下が発したのは只一言だけだ。
『エゴン、お前には失望した』
『父上!?』
『陛下!』
国王陛下の一言に驚愕したエゴン殿下と王妃殿下はその後庭園を去った。
但し、監視付きで。
クラウス殿下が手を挙げると王城の衛兵がやってきて二人に退席を促したのだった。
王族二人は拘束などされなかった。
しかし迷いもなくやってきてお二人を連れ出す衛兵達を見るといきなり起こった事に対応しているとも思えない。
プロだとしても自分達の仕える王族相手に一片の感情のゆらぎも見られない。
つまり、始めからこのお茶会の行方は決まっていた訳だろうか。
お二人が去って私達しかいない場で、陛下は私に頭を下げてエゴン殿下の不始末を詫びた。
その後陛下も庭園を去り、残った私はクラウス殿下と今こうして温かい紅茶を飲んでいるという訳であった。
「……王妃殿下とエゴン殿下はこれからどうなるのでしょう」
「決まっている。エゴンは王籍剥奪。王妃殿下は形だけはそのままだが飼い殺しさ。
取りあえず今の所は、だがね。
今後の調査次第では更に重くなる。
不要な争いの元を王室にまき散らしたのだから当然だ」
淡々と殿下はそう云った。
咎あれば身内に対しても厳格に対処するのは当たり前だ。
危害を加えられた私も特にこの件について心情的には異論はない。
しかし、徹底的に公人でいられる殿下には敬意と同時に少しだけ怖さを感じる。
今の私にはとても王族が務まる気がしない。
「殿下」
「ん?」
「始めからこうなる予定だったのですか?」
「勿論だよ。事前に父上には話を通してある。
先程の場では云わなかった様な他の細かい証言や状況証拠も一緒にね。
こういうのは事前の根回しが重要だ」
(パスカルに聞かせてやりたい台詞だわ。
陛下が何も喋らなかったのは既に結論が出ていたからだったのね)
失礼と知りつつ私は深く深く息を吐いた。
いきなり激しい神経の衰弱を強いられたのだ。文句は云わせない。
「何故、私をあの様な場面に同席させたのですか」
「いくら何でも国王陛下が人前で君に頭を下げる訳にはいかなかったのでね。
でも、君の屈辱に釣り合う茶番も必要だと思った。父も同意してくれたよ」
「……」
「どうかな。君の溜飲は下がったかな?」
「何というか……気分も下がりましたわ」
「それは残念だ。大勢の人前で失った君の名誉が戻る訳では無いが、私に出来るのはこのくらいだったのでね……」
そう云うと殿下は紅茶を飲み干した。
すばやいタイミングでまた侍女が壁際からやってきてつぎ直す。
そしてまた視界に収まる壁際に戻った。
側に居させないのは際どい会話がまだ続いているからだろう。
「そもそも父王陛下がもっと強く調査させていれば問題はなかったんだ。
息子に対する情が臣下の娘よりもわずかに上回って判断力を曇らせたらしい。
本人の目の前でこういうのもなんだが改めて許してほしい」
「もう終わった事です。それに今、私は特に不幸だと思っていませんから」
「そうか……強いな、君は」
落ち着く所に落ち着いた今、もう気にする様な過去では無かった。
婚約破棄を申し渡された学園の大講堂と合わせて今日一日で嫌な過去を塗り替えた。
「でも、わからない事があります」
「何だい?」
「今更知る必要もないと思いますが、エゴン殿下の事です。
階段から落ちた後の私が気絶しない場合や命を落とす場合もあったと思うのです。
あの方は一体どの様な未来図を考えておられたのでしょうか」
「……君がどの様な容体であろうと、あいつの目指す未来は決まっていた。
失礼な言い方になるが、父が決めた嫌いな婚約者を排してから別の聖女を妻に迎える。
そして、出来ればいずれは王座を得る。
私をどの様に排するつもりだったかは知らないがね」
「そんな事は出来るのでしょうか」
「少なくとも君に関してはね」
「どういう事でしょう」
「極端な話、その気になれば王族が臣下の娘に対して出来ない事はほぼ無い。
王族としての自分の力を使ってどうとでも辻褄を合わせるさ。
だからこそ王族は常に自分を律する事を忘れてはならない」
「……」
「怪我をした君がへこたれずにまだ奴の婚約者たらんとしていれば、今度はまた別の手を使うまでだ。
君が不幸にも亡くなっていたら嘆き悲しむ婚約者を演じるだけだ。
結果として君は無事で神聖魔法を失ったのだが、それはそれで婚約破棄にまたとない口実になった」
「……そんなに私が嫌なら陛下にお願いは出来なかったのでしょうか」
「したところで意味が無い。
国王としては聖女候補で家格も高く優秀な令嬢を王家からむざむざ逃す事は無い。
息子が嫌がっているとか、そう云う問題じゃない。
エゴンにとって不幸だったのはこの国には王族が愛妾を持つ文化が無い事だな。
第二王子派が君の排除をそそのかしていた事もあるだろうが」
「どういう理由でしょうか」
「君のお父上のバルツァー卿は第二王子派に靡かないからな。
その娘が自分達の駒、つまりエゴンの事だが……その妻では邪魔だったんだろう」
今度は私が紅茶を飲み干した。
頭を整理して最大の謎を口にする。
「あと一つ、わからない事があります」
「それは?」
「なぜクラウス殿下が私の為にここまでの事をしてくれたかです」
「……もう知っての通り、エゴンとその後ろに居る第二王子派はどういう訳かありもしない夢を見ている。
私を追い落として次の王座を狙う、というね」
「派閥争い……」
「私の生みの親は家格が低かったのでね。
ただそれだけで色々と争いが起きる。下らん話だ」
殿下の母親たる前王妃殿下が子爵家の出身だった事を思い出した。
(『聖女』という肩書をそれほど重要視しない殿下の思考はこういう所から来ているのかしら……)
「私は奴らにしてやられるつもりなんて無いし、させない。
でも、私としては奴らがうっとうしい存在な事は変わらない。
奴らの神輿を排除するのに君の件を利用させてもらったまでだ。幻滅するかい?」
「……いいえ」
殿下の言葉にどこか知った様な響きを感じる。
アーサーが照れ隠しに悪ぶったり素っ気ない物言いをする時と同じだ。
(何か、こういう所はあの子に似てるわね)
相手は年上の王太子殿下なのに意外な共通点を見出して少しだけ可笑しくなる。
「だから、君には重ね重ね詫びないといけないかな」
「利用された私は別に恐縮する必要は無いという事ですね」
「……そういう事だ」
そう云うと殿下は再びお茶を飲んだ。
すべる様に静かに来る侍女を今度は追い返さず何かを告げる。
話は終わった様だった。
「君の義娘にもずいぶん待たせてしまったね。今、呼びに行かせるから」
「大丈夫です、聞き分けのいい子ですから。
それに王城にはあの子の興味を引く物がありますから」
私はそう言って耳を澄ませた。
この国で手に入る最高級のピアノの音がどこかから響いてくる。
「気に入ったらぜひいつでも弾きに来てくれ」
「お言葉に甘えさせていただきますわ」
呼びに行った者がユリアの所に着くまで私達は黙ってその音を聴き続けた。




