とんでもないお茶会
「……どういう意味です」
「そのままの意味さ。
お前がリーチェ嬢と結婚したくなかった事が一番の理由だろう?」
「そんな事は……」
「無いのか? お前の普段の態度で分かるだろう。隠しきれてないぞ」
「……」
「まあ、理由は色々あるだろう。優秀な彼女の側に居ると劣等感が刺激されるか?
それか王太子を追い落として王座に就けとでも誰かに吹き込まれたか?
それとも、もう一人の聖女候補に入れ込んだからか?」
「兄上!」
「クラウス! 弟の名誉を傷つけて楽しいのですか!」
これまで黙っていた王妃殿下がいきなり激高をして私が驚く。
「……失礼。可能性を言っていただけなのですが。
私なりに色々と婚約破棄についての事後調査したら不審な点が出てきましたので」
クラウス殿下はあくまで平然とそう答えた。
「不愉快です。私は失礼します」
「私もです。兄上は変だ。妄言を聞くのはうんざりだ」
王妃殿下とエゴン殿下が席を立ちかけた時、クラウス殿下の一言が放たれる。
「逃げるのか? 父王陛下の前で図星を突かれたか?」
「っ……」
「疚しくないなら私の話を一通り聞いてみてもいいんじゃないか? 義母上もです」
逡巡した後、不機嫌な顔で二人は嫌々座り直した。
「そもそもこの件はありえない事が起こっている」
「……」
「王家の人間には常に影が付いている。学園でも側近以外の生徒に紛れた影がな。
一族となる筈のリーチェ嬢にも付いていた。よく知っているだろう?」
(私は知らなかった。そう云うのは聞いた事があるけど……都市伝説だとばかり。
殿下だけじゃなくて私にも居たの?)
何で教えてくれないのか。
でも少し考えたらその理由が分かった。王家としては私に教えない方がいい。
多分私についていた影は対象を守るだけではないのだろう。
私という婚約者が王子妃に相応しくない振る舞いをしていないかなどもチェックしているに違いない。
誰が影かを私が知っていたらいくらでも騙せるし繕う事も出来るからだ。
婚約者は婚約者であってまだ王族ではない。
「それなのに、リーチェ嬢が階段で落ちた瞬間は誰も見ていない。
我々もその瞬間については知りえなかった。なぜか」
「……」
「原因は単純だ。影がその時リーチェ嬢から目を離していたからだ。お前の手でな」
「何を言うんですか! 兄上!」
「正確に云えばお前は手を下していない。でもお前の側近はどうかな」
「……」
「あの時、お前は生徒会室に居た。お前は側近に命じてリーチェ嬢の影を外させた。
そしてもう一人の側近が彼女を突き落とした」
「馬鹿馬鹿しい。兄上は私がそんな凶行に側近二人を巻き込んだと云うんですか?」
「二人じゃない。多分一人だけだ」
「……」
「お前の側近二人のうち、ロータルは何も知らないだろうな。
知っているのはもう一人、お前の乳兄弟のゲルトの方だと思っている。
疚しい事に巻き込む人数は少ない方がいい」
「……」
「ロータルはお前に言われたので一人の生徒を何らかの用事で呼びつけただけだ。
ただ、ロータルはその生徒がリーチェ嬢の影だとは知らなかった。
知らずに外した。第二王子側近の権限でな。時間はほんの少しあればいい」
「……」
「一方、ゲルトはその時生徒会室から席を外していたと他の役員から聞いた。
彼がひと気が無いのを確認してリーチェ嬢を階段から落としたのではないかと思う」
「全て空想じゃないですか」
「違う。重大な事実があるだろう」
「は?」
「お前に命令された人物が影を外したほんの僅かの間にリーチェ嬢が階段を落ちた事だ。
お前が何をどう言い訳しようとこの事実は変えられない」
「偶然です。それに私がリーチェ嬢の影が誰か知っている訳が無いでしょう」
「確か王宮警備部門の隊長は第二王子派閥だったな」
「馬鹿な。そんな事くらいで」
「クラウス! いい加減にしなさい!」
王妃様の叱責もクラウス殿下には通じていなかった。
殿下は表情を変えずに続ける。
「実行の機会などは毎日観察していればいいだけだ。
リーチェ嬢はいつも図書室で自習した後で規則正しく帰宅していたからな。
機会があった時に実行しただけだ」
「そんな事……」
「お前は焦っていた。このまま卒業してリーチェ嬢と結婚する事に」
そのクラウス殿下の言葉に私は動揺した。
お互いに感情は無かったとしてもはっきり言葉として聞くとやはりきつい。
何故だか知らないけどそこまで嫌われていたのか。
「もう沢山です!
第一、国王陛下もこの件に関して何も言っておられないではないですか。
そうでしょう、父上!?」
「……」
エゴン殿下の訴えに対して国王陛下は沈黙していた。
つまり、クラウス殿下にそのまま話し続ける事を許可したらしい。
沈黙する陛下の代わりにクラウス殿下が口を開いた。
「それは父王陛下は息子のお前を信じたかったからだ」
「?」
「息子を信じる父としてはそもそも息子が嘘をついていると考えたくない。
その息子の手の者がその婚約者を突き落としたなんて事は、更に考えたくもない」
「……」
「疑義を抱きつつも父上はお前の望み通りに婚約破棄を了承した。
お前が仕組んだ明確な証拠も無いし、何よりリーチェ嬢は婚約者の条件たらしめる神聖魔力を失っていたからな。
父は影を叱責し解任した。この件はそこで終わりになった」
「……」
「リーチェ嬢がたまたま神聖魔力を失ったのはお前にとって僥倖だったな」
「兄上ご自身が今云われた通り、私がそう行動した明確な証拠なんて無いでしょう」
「そう。状況証拠だけだ。だが些細な証拠も積みあがれば確実な証拠になる。
お前の命令の結果、リーチェ嬢から影の監視が少しの間外れた事。
何故かよりにもよってその瞬間にリーチェ嬢が転落した事。
リーチェ嬢との婚約解除を父に後押ししたのが第一王子ではなく第二王子派閥の貴族だった事。
現聖女候補にしてお前の婚約者たるあの平民女が、貴族籍を得る為に養子に入った先が義母上のご実家である事」
「……」
「ああ、もう一つ重大な理由があったな。
その聖女候補の平民女とお前が肉体関係にある事が」
「!」
エゴン殿下・王妃殿下・私が同時に驚いた。
その心の中の驚きがどういう方向性かは三者三様だと思うけれど。
「聖女なのだからイメージは大切にしないとな。
明確に決まりはないが聖女候補には結婚するまで当然処女性が求められる。
この事実を大教会が知ったら、あのあばずれが聖女認定されるかどうか見ものだな」
「っ……!」
「リーチェ嬢と同じく聖女候補から転落する可能性は高いだろうな。
次の機会がもしあれば今度は身持ちの堅い貴族女性から気に入った女性を選ぶのだな」
するとここで今まで黙っていた王妃殿下が口を開いた。
「クラウス! エゴンが云った通り、明確に証拠がある訳ではありませんよ。
貴方の只の言いがかりにすぎません」
「おや、まるで疚しい所がある様な口ぶりですね」
「何を云うのです!」
「失礼。それにしても明敏な義母上らしくもない」
「何ですって……」
「この国は王国ですよ?」
クラウス殿下は涼しい顔で続ける。
「この国は明確な証拠により法律が裁く民主共和国ではない。
言い方を変えれば法律より国王陛下の判断の方が常に全て優先される。
つまりはこの私の話を聞いた上で父王陛下が判断なさる事です。
貴方も王族ならその事をよく御存じの筈でしょう?」
「ち、父上?」
「陛下……」
エゴン殿下と王妃殿下、二人から縋る様な感じの声が漏れる。
私の話題なのに完全に私自身は空気だ。
でもそれでいい。
こういう現場にはなるべく居たくない。
(とんでもないお茶会になったわ……)
呼べば来る位置にはいるものの侍女達は下がらせたままだから紅茶の入れ替えはされていない。
こんな話を聞かせる訳にもいかない。
私は少し震える手で気持ちを落ち着ける為に冷めた紅茶に口を付けた。




