嫌な予感はよく当たる
殿下の後ろに続いて歩き始めると人の群れに規律が出来る。
まるでモーゼが歩く為に海が割れた様に人々が左右に分かれるからだ。
嫌でも注目を浴びるので地元や王城の中以外でご一緒すると緊張する。
外へ出た私の元にパスカルが近づいて来た。
殿下が立ち止まってくれたので私も立ち止まり弟に話しかける。
「パスカル、どこに居たの」
「ピアノ演奏とても良かったよ姉さん。それと君がユリアだね?」
「はい。ご挨拶が遅れてすみませんパスカル様。宜しくお願い致します」
「いいのよユリア。すぐ来なかったパスカルが悪いんだから」
殿下が誰にも気が付かれずに貴賓席に居た訳が今分かった。
「酷い言い方だなぁ」
「パスカル、貴方が殿下をこっそり手引きしていたの?」
「まあ、手引きというか、ちょっと人目に付かない様にご案内をね」
「私が頼んだんだよ。すまなかったねパスカル」
「いえ、殿下」
私は一つため息をついた。
「別にいいのだけれど、アーサーにちゃんと細かく報告しておきなさい。全く。
前も言ったでしょうに」
「はいはい。
それより姉さん、何でも殿下が姉さんの溜飲を下げて下さるそうだよ」
(私の溜飲を下げる?)
「……何の事?」
「いや、僕もよくは知らないけどさ」
「殿下?」
「付いてきてくれれば直ぐに分るよ。さ、そろそろ行こうか」
殿下はそう言って歩き出した。
続いて歩き出す私とユリアにパスカルも慌てて校門の近くまで付いて来た。
「あ、そうだ。ユリア」
「はい?」
「僕の事は叔父さんでいいよ。姉さんの子なら君は僕の姪って事だしね」
「若い男性はそう呼ばれるのは嫌なんじゃないの?」
「いいんだよ僕は。いいね、ユリア?」
「はい、叔父様。ありがとうございます」
「……まぁいいわ。あなたがそれでいいのなら」
呼び方を強制するのはいいがもう一言言っておく事がある。
「パスカル」
「何?」
「『はい』の返事は1回にしなさい」
「……はい」
多分あまり心に響いていないパスカルを校門に残して王室御用達の専用馬車で王城に向かう。
馬車を降りて殿下についていくと徐々にどこに向かっているのか分かった。
王宮である。
(私に会わせたい人が居るって言っていたわよね、まさかね……)
何の前フリもなくいくら何でもそれは無いだろう。
しかしその予想は当たった。嫌な予感はよく当たる。
王宮の2階の南側には日当たりのいい空中庭園の様な庭がある。
そこの中央の豪奢な丸テーブルに見慣れた人物が居た。
国王陛下と王妃殿下である。
(一体、どういう事なの……?)
クラウス殿下に勧められるままに陛下と王妃殿下に同席する。
内心焦っている私に殿下はすました顔でこう言った。
「君から頂いた蓄音石が大変素晴らしい品物だったからね。
家族一同から改めてお礼の一席を設けさせてもらった」
(不意打ちなんですけど!)
何でいつもクラウス殿下は不意打ちなのか。
縁遠くなって本心では少しほっとしている方達との一時。そんな物は全く欲しくない。
しかし更に殿下は追い打ちをかけてきた。
先程、学園の大講堂でもお互い目を合わせず、お互い会いたくない人物。
エゴン殿下が遅れてそこへやって来たのだった。
「やあ、エゴン。すまないな」
「いきなり呼び出して、一体何の御用です兄上?」
「御挨拶だなぁ。たまには一家の団欒をしようという事だよ。
興味深い話でもしてね」
(そんな席になぜ私が?)
私に言った理由と全く違う。
勿論私の内心のツッコミは無視されて王家一家のお茶会が突然始まってしまった。
何ら精神的準備を整えていない私にはつらい。
(頼みます、ここの神様。
私の周りの男性に人として事前連絡の重要性を教えてやって下さい)
存在している筈の神様は人間の悲痛な叫びなどもちろん全く聞き入れてくれない。
表面上は蓄音石への賞賛と私のピアノについての当り障りのない会話が続く。
エゴン殿下は終始機嫌が良くないしクラウス王太子殿下の心も全く読めない。
主に陛下とクラウス殿下が話しているのだが王妃殿下に至っては時折頷くくらいだ。
どう考えてもクラウス殿下が無理を言って同席させたとしか思えない。
とうとう耐えかねた様にエゴン殿下が口を開いた。
「……兄上、ところでなぜここにリーチェ嬢が居るのですか?」
当然の疑問をエゴン殿下が口にした。
(私も知りたいわ。珍しく気が合ったわね)
するとクラウス殿下は意外な事を聞かれた様な表情をした。
どうせ演技だろうけど。
「彼女はお前の元婚約者じゃないか」
「今は無関係です」
「そうだったな。お前が婚約破棄をしたからな」
「……そうです」
私は黙ってひたすらこの痛い空気に耐えた。
友人達との楽しい語らいから一転氷の空気が乱れ飛ぶ空間に私は居た。
(何で私、ここに呼ばれたのかしら……)
「そもそも婚約破棄の理由は何だったかな」
「彼女が神聖魔力を失っていたからです」
「違うね。それは2次的理由だ」
「!?」
断言したクラウス殿下にエゴン殿下が絶句する。
私もその言葉に息を飲んで二人を見つめた。
そして私は殿下が云っていた『私の溜飲を下げる』意味にようやく気が付いた。




