予定は未定
「皆様、こんにちは。リーチェ・フォン・ダルセンと申します。
この度は学園祭にお招きいただきありがとうございます」
私は大講堂の壇上に立って椅子に座っている在校生徒達に語り掛けた。
この世界は前世でいう所のマイクはない。
どうやって語り掛けるかというと風魔法を使った声の増幅装置が壇上に付いているのだ。
演説は苦手なので早々に私は話を切り上げる事を念頭に喋る。
「……そういう事で、今後は音楽を一つの産業と位置付けてまいりたいと考えております。
まだまだ我がダルセン領はこれからでございます。
お力添え下さる方がいればぜひダルセンへおいでいただきたく存じます」
最前列に座るエゴン殿下の方は見ないで私は話し続けた。
見なくても苦い顔をしているのはわかるから。
「私達は様々な方のご協力を頂いてこれからも慢心せず良い製品を送り出し、皆様の元に気軽に聞ける音楽を提供して参る所存でございます。どうぞ宜しくお願い致します。
では、どのような音楽かはこれより実際にお聞き下さいませ」
学生達の為になる様な感じの話を偉そうに若輩者の私には出来ない。
結局、内容的にはダルセン領のプレゼンに偏ってしまうので早々にピアノの演奏に移る。
演説の代わりにインパクトを残す為に私はここでは『前世の曲』を弾いた。
コンサートでは無いので多くは弾かない。
1曲目に戸惑う様な感じの生徒達の空気が2曲弾いた後では変わっていた。
最後の3曲目の時に私の傍にユリアがやって来る。
私がユリアを連れてきた意味はもう一つあった。
ピアノの長椅子に私とユリアが並んで二人座る。連弾である。
一つのピアノを一緒に弾くこの演奏方法はユリアと一度人前でしたかった。
いくら呑み込みが驚異的に早い天才とはいえユリアは経験が乏しいのでまだ私ほどの技量はない。
でも、曲を絞って練習すればついては来れる。
私は最後の曲をユリアと連弾した。
弾き終わった瞬間、私達は万雷の拍手を頂いた。
かつてここで味わった屈辱の記憶が塗り替えられた様な気がした。
(来て良かったわ。曲も気に入ってもらえたみたい)
二人で礼をして舞台袖に降りた所にアーサーが待っていた。
「素晴らしい演奏だったよ、リーチェ」
「何か心の区切りがついたみたい。この機会をくれてありがとう、アーサー」
アーサーにお礼を言っていると見覚え有る人物が近づいて来た。
一応私を招待したアーサーの面目も保てそうでホッとした。
私にしても今後ダルセンの為になるかどうかはともかく精神的に救われた。
本当に来てよかった。
そんな感慨にふけっている私に近づいてくる集団が居た。
「……えっ? もしかして……」
「リーチェ! 久しぶりね」
「カトリナ!? 何であなたがここに!?」
カトリナ伯爵令嬢は王立学園在籍時に私の親しかった友人の一人である。
弟同士と姉同士で仲が良い。
「弟に聞いたの。貴方が今日学園に来るって。私だけじゃないわよ」
そう言ってカトリナが指をさす先を見ると親しかった友人達が居た。
皆の顔が見えた途端に一年前に戻った感じがした。
「リーチェ!」
「元気そうね! ずっと気にしてたんだから!」
「心配してたのよ!」
「あぁ、皆……久しぶり!」
私は暫しかつての友人達との再会を喜んだ。
ここに居るのは婚約破棄をされた時、私を気遣ってくれた人たちばかりだ。
『侯爵家の御令嬢が悲惨な事だ』
『聖女と王子妃候補から見事に転落なされたわね』
エゴン殿下が私に対して風当たりが強かった事もあって王子側に立つ方達からは結構陰口を叩かれた。
勿論私自身の至らなさもあったのかもしれないけれど。
何も語らず逃げる様に王都から姿を消した私をかつての友人達は皆心配してくれていた。
婚姻が急な事だったので友人達に説明する時間も別れの時間も取れなかったのだ。
アントンの死・それに伴う領主としての仕事・叙爵・ハイエルフとの邂逅。
それに何といってもユリアの存在。
とにかく目まぐるしい毎日が続いて考える事が沢山あった。
カトリナと友人達の事を思い起こす事はあったがこちらから細かい近況を報告する気分になれなかった。
(今思えば、ずっとこの場での事を忘れていたかったのかも……)
ここへ来てその事に気付き、心配してくれていた友人達に申し訳ない気持ちが湧き上がる。
何せ侯爵家経由で手紙が転送されていたのに返事も出さなかったのだから。
私は改めて音信不通だった事を詫びてユリアの事も紹介した。
皆、私が領主になった事よりも子持ちになった事に驚いていたけれど。
「リーチェ、せっかくだしこれから時間取れない?」
「うん……今日は仕事関係はないから。私も皆に話したい事があるし」
話に夢中になっていた私は更なる影が近づいていた事にも気が付かなかった。
周りのざわめきでようやく気付く。
「やあリーチェ嬢、素晴らしい演奏だったよ」
「殿下!?」
「お、王太子殿下!?」
いきなり現れた殿下に対して私やアーサーを含めカトリナ達周囲の者全員が慌てて礼を取る。
(貴族の体に染みついた習性は恐ろしいわ……)
自分の事を棚に上げて私はそんな事を思った。
頭を上げた後でアーサーが疑問の声を出す。
「殿下、いつお越しになられたのでしょうか?」
「ん? 前から居たよ。あそこに、こっそりね」
そう言って殿下は後ろ上方を指差した。
その先の2階席には上級貴族しか使えない貴賓席がある。
やんごとない家格の方が父兄参観の様な形で学園に来る事も稀にある。
その為だけに設置されているのだった。
貴族が通う王立学園ならではの施設である。
「大変失礼を致しました。
事前にお越しになる事を聞いていればお席をご用意致したのですが……」
恐縮した様にアーサーが口を開く。
「いや、いいんだ。色々気を遣わせたくなくてね」
「それにしてもなぜ今まで誰も気が付かなかったのか……本当にご無礼を致しました」
「おいおい、僕は元生徒会長だよ? 構内全て勝手知ったる場所さ」
「それは……確かに」
仮にも王太子殿下なのだから堂々と来て近くで聴けばいいのに。
私はそう思ったけど、先程言った通り私にも気を遣ってくれたのかもしれない。
自分が来たと知ったら大講堂の中の人達の注目を集めてしまうから。
私ごときの話なんてどうでもよくなりそうだ。
「それでなんだが、リーチェ嬢」
「はい」
「急で済まないのだが、少し君と打ち合わせをする必要が出来てしまってね。
これから王城に付き合って欲しいのだが」
「えっ?」
(蓄音石事業の件で何かあったのかしら……特に思いつく事は無いのだけれど)
「打ち合わせ、ですか」
「そう。待たせている人が居るのでね」
(……待たせている人? 一体誰?)
分からないけど恐らく仕事の事なのだろう。
いずれにしろ王太子殿下に来てくれと云われれば国民は従うしかない。
断る事など論外だ。
「ごめんなさい、皆。また落ち着いたら会いましょう」
「忙しいのね。しょうがないわよね……」
カトリナが残念そうにそう云った。
(私も残念……。せっかくの機会なので皆ともっと色々話したかったのに)
「またね」
「連絡頂戴ね。きっとよ」
「あまり無理しないでね」
「ええ、ありがとう皆。また」
私は友人達と再会の約束をして急いで殿下の元にいく。
殿下を待たせるわけにはいかないし、何よりスポンサーの意向には逆らえない。
(予定は未定とはよくいった物ね)
私はそう思いながら殿下の後についていった。




