大当たりだわ!
「もう終わりか? もっと弾いてくれないか?」
「申し訳ありませんが今日はとりあえずこのへんでご勘弁ください。
いきなりの事でしたので娘も皆も心配していると思いますので」
「そ、そうか……そうだな……」
イケオジのハイエルフが落ち込む様は王族でもなかなか見られないはずだ。
そういう意味では私も感激すべきなのかもしれない。
しかし、時間は貴重だ。
申し訳ないがいつまでもユリア達を心配させておくわけにはいかない。
さて、どう話を交渉事に持っていくべきか。
そう考えている所で思わぬ助けが入った。
「長、彼女はここに来た対価を求めている。願いを聞いてやってくれないか?」
(ナイスフォローよ、エドゥアル!)
ぶっきら棒な男から藪から棒に助けが入る。
話を強引にぶった切って方向転換させる所が頼もしい。
言ってる言葉が露骨すぎるのが気になるけど。
もう少しオブラートに包んで欲しかったとこの男に望むのは贅沢かもしれない。
しかし私の言いたい事を端的に述べてくれた事には感謝したい。
「願い? ……まあ、良かろう。まだ満足はしていないが……」
未練たらたらのパシュケに私から提案する。
「また別の機会にでも違う曲を弾かせていただきますわ」
「おぉ! 本当か? まだ他にも色々あるのか!」
嘘ではない。
ショパン・モーツァルト・ベートーヴェンその他大勢の偉大な地球の作曲家達がこの世界には存在しない。まだまだ演奏できる曲はある。
そして歌謡曲やアニメの曲も原曲完コピじゃなければいくらでも弾ける。
それこそ、私が知っている限りこの世界の人が知らない曲を沢山。
まぁ弾き慣れたクラシック以外は人に聞かせる様になるまで多少練習が必要だけれども。
「ええ。ただし伺うとしたら、もっと時間に余裕のある時にですけど」
「よし、わかった。我々に協力できる事なら聞いてやろう」
「ありがとうございます。では……」
私はこの前侯爵家に帰った時、アーサーの話を聞いて妄想した事をお願いした。
『幻の民ハイエルフの音楽はとても素晴らしいそうだから、ぜひダルセンに来た人達の前で演奏して欲しい』……それがあの時に考えた事だ。
要するに特に何の産業もないダルセン領へ人とお金を集める手助けをして欲しいという非常に身勝手な要求である。
「それは出来ない」
もちろんあっさりと断られてしまう。
パシュケから返ってきた答えは予想通りのものだった。
「お前の様な者を除いて我々は短命種と交わる事はない。昔も、今も、これからもだ」
「そうですか……」
やはり直接的協力は駄目だった。しかしこれは駄目元の要求だ。
より良い代案を思いついていたから問題ない。
始めにハードルが高い要求をしておいて次に少し下げた要求をする。
話し方次第では要求が通りやすくなる事がある。
要するにこちらの方が本命だ。
「では、あなた方の知識を分けてもらう事は出来ませんか?」
「知識?」
「はい。ある道具に興味があるのです」
「お前が興味を持つ様な特別な道具は無いと思うが。何だ? 我々の楽器か?」
「違います」
「ではなんだ」
「侵入者除けの道具です。魔獣の声が出る道具です」
パシュケは眉をひそめて私を見た。私達の会話を聞いているハイエルフ達もだ。
何故そんなものを、と皆の顔が語っている。
でも私にはこの村に来た時の出来事から閃いた事があったのだ。
「侵入者除けは魔道具なのですよね」
「そうだ。魔石に特殊な加工を施したものだ」
(魔石!? ありふれた魔石!?)
ますます都合がいい。「大当たり」の予感が出てきた。
「侵入者除けは人間の侵入者がきたら自動的に魔獣の威嚇声を出すと聞きました」
「そうだ。まぁ短命種が森に入ったら迷わせる様にしてあるし、そもそも我らと同じ領域には来れない。
誰が来たところで我々を害することは出来んのだがな」
「なら、なぜあんな仕掛けを?」
「ここの森を少しでも荒らされたくない。
極力面倒を避ける為の軽い脅しとして有効だ」
「成程、そうでしたか。ところで魔石がどうやって魔獣の声を出すのですか?」
「正確に云うと使役した風精霊を魔石に封じて声と同じ音の振動を出させている。
条件付けをしてな」
「どうやって音を覚えさせるのですか?」
「どうもなにも、空っぽの魔石に封じた風精霊に魔獣の声を聴かせるだけだ。
その後で条件付けする。短命種が来たら動け、と」
(凄い! 大当たりだわ!)
私は飛び上がって喜んだ。心の中で。
「ではその知識を下さい。詳しい作り方を。
私達だけで出来ない場合は作成に協力して欲しいのです」
「……構わんが、そんなものをどうするつもりだ。
不審者や盗賊被害にでも悩んでいるのか?」
「違います。別の音を録音したいんです」
「ろくおん? 何だ、それは」
「ええと、音を記録する、という意味です」
「記録してどうする。結局侵入者を脅すくらいしか使い道なかろう」
「音楽も記録できるじゃないですか。私の演奏も」
パシュケは私の言葉に虚を衝かれたらしい。
目を開いたままナイスミドルの端正な表情が固まる。
つたない人間の曲もよく聞いたりしているくらい音楽好きのハイエルフだ。
前向きになってくれると期待する。
「もし出来れば一々外の音をこっそり聞いたりする事も無いでしょう?
それこそ好きな時にいくらでも再生して聞けますよ」
「……」
「問題は録音時間だけど、どれくらいなのでしょうか……。
せめて1曲ぐらい入る余裕が欲しいのですが」
「……」
「パシュケ様?」
「……理屈と工夫では確かに出来なくは無い筈だが、お前は一体それで何をしようというのだ?」
「今言った通りです。
取りあえずは私のピアノの演奏の音を入れて人間の上流階級向けにでも売りだします。
ダルセン男爵領の財政再建の手段にしたいと思いまして」
要するに私が考えついたのは、この世界での再生機能付き携帯音楽の販売だった。
元々今回この地に来たのはユリアの気分転換と廃坑調査だった。
カルラの調査次第だけれど鉱石とは別に魔石も地中からよく掘り出される。
希少金属目当ての鉱山では見向きもされないから廃坑でも大量にある可能性が高い。
魔石は云わば魔力の入れ物になりうるだけの石。
極端な話、魔獣を倒せばどこでも手に入るくらいお気軽なものだ。
だから仮に鉱山跡地が再利用できない場合でも取りあえず困らない。
重要なのものは入れ物でなく中身だ。
魔力をただ込める石と音楽が入った石ではまた別の価値が生まれるはずである。
「成程。確かにこれも一つの財産になりうるな……」
「出来れば教えて頂くだけではなくて、ずっと協力頂けるとありがたいのですが」
どさくさに紛れてちゃっかりと私は要望を上乗せした。
「……」
「長、構わんだろう?」
しばらく黙っていたエドゥアルが口を開いた。
あまり喋らないからかえって重みがある気がする。
会った時に説得に役に立つのかと思ってしまったのは取り消す必要がある。
私は無口な大男に感謝した。
「……うむ。いいだろう。我々にとっては枯れた技術だ。特に損はない。
詳しい作り方は次にここに来る時にでも教えてやろう」
「ありがとうございます!」
私は再びこの地に来る約束をパシュケと交わし、エルフの村を後にした。
エドゥアルも黙って私を人里近くまで送ってくれた。
単純な私の中でこの無骨な男に対する印象は当初とは変わっていた。
何処にも音楽の愛好家は居るし、必ず需要はあるはずだ。
先行き暗い落ちぶれた男爵領の小娘領主に希望の光が差してきた感じがする。
私は手ぶらだが最高のお土産を持って皆の待つ宿に帰っていった。




