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なる様になるでしょう

「信じられません! 奥様がこんな扱いをされるなんて!」



 二人の姿が消えた途端、耐えかねた様に侍女のレーナが怒りに震えた声を上げた。

男爵家に嫁いだ私にとって、侯爵家からついてきてくれた唯一の味方だ。

一応この屋敷を維持している他の使用人も皆侯爵家の屋敷から来た者達ではあるがあくまで一時的な措置である。



「しょうがないわね……。それが今の私の立場なのだから」


「いくら侯爵様のご命令でも、あの様な不誠実な御方にお嬢様が嫁ぐなど……」


「レーナ」



 興奮したレーナの私に対する呼び方が元に戻っていた。 

私の静かな一言でレーナの表情が冷静さを取り戻す。



「……申し訳ございません、奥様」


「ううん。心配かけて済まないわね。私は大丈夫だから」



 私の為に怒ってくれたのだからそれ以上は責めない。

父にしても小さい頃から私の面倒を見てくれた専属侍女のレーナをそのまま嫁ぎ先に寄越してくれたのだから私に対しての愛情が枯れたとは思わない。

レーナのお給金はそのまま侯爵家から支払われている訳だし。


 レーナに男爵領へ移住の荷造りをする様に指示して私も私室へ行く。

まだここへ来て日は浅いからそう手間取らない筈だった。

室内に入るなりぐるりと室内を見渡した。

全ての不具合箇所は修理されて隅々に至るまで綺麗に清掃がされている。

それだけでなく足りない調度品や壁飾りなども全て揃えられていた。

しかしこの部屋はこれからイザベラの為に使われることになるのだろう。


 そっけなく籍を入れただけの結婚の後、この屋敷に来た。

しかし私がここに滞在したのは一週間も無かった。

王都の男爵邸が綺麗に整備された今、私は一刻も早く追い払いたい存在らしい。



「はぁ……やれやれね、全く」



 溜息をついてソファに深く体を沈めた。そして改めて状況を整理する。

そもそもなぜ私は今こういう立場に置かれているのか。

きっかけは神聖魔力を失ったからだった。


 私が殿下の婚約者になった理由は幼い頃に出現した神聖魔力のおかげだった。

身体強化など自らに帰結する魔力と別に他者を癒す魔力をそう呼ぶ。

神から送られた尊い力という意味で省略されて神力とも云うけど。


 聖女という肩書が持つイメージと実利は軽んじられるものでは無い。

慈愛の象徴たる聖女を王家の身内にする事は民衆の支配者として極めて重要だ。

だからこそ聖女候補となった女性は歴史上例外なく王家の一員への道が開かれた。


 神力が出現するのは世界中を探しても滅多にいない。

この国には私と平民女性の同年齢二人に神聖魔力が出現した。

そして二人の内、家格から私が王家入りの対象になるのは自然な流れだった。


 しかし、王太子殿下には生まれた時点で定められた婚約者が居る。

だから私は王立学園に入学すると同時に正式に第二王子の婚約者になった。

将来王室の一員になる自覚を持って学生生活を送る為という事になっていたが……。



(要するに変な虫が付かない様に王室が私を囲い込んだって事よね)



 一応在学中は特に大過なく過ぎた。

私達の心は近づくどころかますます離れていった気がするけど。 


 卒業まで遠くないある日、私は図書室からの帰りに階段から落ちて気を失った。

偶々人気の無かった階段で何が起こったのか?

誰かに背中を押された感覚だけは覚えている。


 事故から三日間、私は眠り続けた。

幸い体に大きな怪我は無かったが目覚めた時には何故か神力を失っていた。

それどころか魔力と呼ばれるものの欠片も私には残ってはいなかった。



「無事でよかった……しかし、まさかこんな事になるとはな」



 父はそう言って気遣ってくれたけど落胆しているのはわかった。

自分の娘が聖女になるという貴族間の争いを利する重要なコマを失ったのだ。

その事をお父様は口にしなかったけれど。


 後日、誰かに背中を押されたという私の言葉を基に学園内で調査が行われたが

結局怪しい者も突き落とされた証拠も見つからないという事で調査は打ち切られた。


 全てが私にとっては災難といえる状況だったけど実は全く違う。

信じてもらえないので黙っていた事があったからだ。

確かに私は神力を失った。

しかしそれと引き換えにとんでもない力を得ていた。

『前世の記憶』である。


 日本で社会人をやっていた私の記憶。

魔法と云えるくらいに発達した科学の力。遥かに進んだ学問や知識。

私にとっては下手な神力などと比べ物にならないくらいの価値がある。

人生の可能性が広がっていくのを感じた。


 でも、それはあくまで私の内面の話だ。

魔力を全て失った私は表面的には王族にふさわしくない『能無し』に成り下がった。

そしてわざわざ卒業パーティの席で衆目の中で婚約破棄を賜った訳だ。

あっさり話が通ったのは私が王家に益をもたらさない存在になったからだろう。

 

 個人的にはそれで構わない。

お父様には悪いけど私自身は王子妃になりたいという積極的な気持ちは無かった。

なんとなく外堀が埋められていたからそうなるのかと思っていたくらいだ。

王家に憧れも第二王子に思慕の情も無かった。



(それどころか殿下にも疎まれていたしね。……不徳の致すところだけど)



 成績で私に及ばず何かと比較された第二王子は私を出来る限り避けていた。

控えめに支えてきたつもりだが彼のコンプレックスを刺激し続けただけらしい。

婚約破棄宣言された時の光景を思い出す。

嬉々とした顔で婚約破棄を宣言した殿下の傍には新たな婚約者が寄り添っていた。

今や唯一の聖女候補になった平民の彼女の勝ち誇った顔はよく覚えている。



「そして今や私は世間から腫れ物扱いで夫にも軽んじられる男爵夫人、か」



 私は皮肉っぽく一人呟いて笑みを浮かべた。



(前の私のままだったら立ち直れないわね。今の私は違うけど)



 極端な言い方をすると聖女の力とは他者を利する力であり、利用される力。

それに対して『前世の記憶』は私個人を利する力。

博愛精神が必要以上に豊かではない私にはこちらの方がありがたい。

何かと不自由な聖女などまっぴらごめんだ。


 さて、これから向かうダルセン男爵領では人々にどの様な扱いをされるのか。

身分など弁えず、アントンと同じく私にマウントを取る輩が居るだろうか。

それとも遠巻きに嘲られながら腫れ物を扱う様な痛々しい扱いをされるのだろうか。



「ま、いいわ。なる様になるでしょう」



 私は高い天井を見上げて再び独り言を漏らした。

転生していたという事を理解してから私の性格は変わった。

お淑やかでか弱い18歳の貴族令嬢の体に社会ズレしつつあった27歳の女の心。

精神年齢が底上げされた今の私の人格の主導権は今や前世の自分の方にあった。

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